ダダワ( Dadawa )或いは朱哲琴( Zhu Zhe-qin )は、上海を主に活躍する中国の歌手。やはり現在上海在住の作曲家、何訓田( He Xun-tian )及びその弟である作詞家、何訓友( He Xun-you )との合作により、3 作リリース。尤も、初めの「黄孩子」は本名である朱哲琴の名で、続く 2 作がダダワの名で出された。 一時期は「中国のエンヤ」「中国のビョーク」などと言われたけれど、偶々、活動開始の近接なり、ともにシンセサイザーを駆使したアンビエント・ポップがゆえのことである(アルバム枚数もエンヤとほぼ同じ程度とも言えるが)。精々、音楽的表象性に相通づるところがある程度か。しかし、エンヤと根本的に異なるのは、ダダワの場合、コンセプチュアリズムを貫徹していることにある。特にダダワ名義の 2 作は、チベットをモチーフとした想像力の世界であり、それも中国人のユートピア的憧憬が出自であることだ。文化的背景が汎世界的ではないながらも、実に明快である。 ダダワ自身、表現力は多彩なのだが、一般的な歌唱力の素晴らしさとはてんで違うものである。しかも、ダダワ本人以上に、作曲・作詞の何兄弟の影が非常に大きく、寧ろ彼等の方が音楽ジャンル逸脱の自意識が高いのではないかと思う。それゆえ、良くも悪くも、このコンセプトの波長が合わぬ場合、化学調味料が舌に残留した痺れと同じ感覚に陥るかも。詰まるところ、ダダワが本当に面白くなるには、彼女自身が何兄弟の轍から蝉脱し、真にその才能を開花できるかどうかにある。ここに挙げたのは、その期待値込みということだ。 アルバムとしては、チベット 2 作で十分だろう。 「阿姐鼓」の衝撃は大きかったようだが、彼等の意欲はともかく、コンセプトとしては過渡的で、音に恣意的な匂いが強すぎ、聊か興ざめするところもある。その点「央金瑪」では、「阿姐鼓」より一層チベット風デフォルメも板についてきたと言える。「阿姐鼓」から「央金瑪」に至るうち、歌詞内容が宗教哲学的内省性に横溢してゆく途程も面白いが、「ダライ・ラマ6世の愛の詩」は、詩興に対し必要以上の音がつく。唯一残念。過去の詩才に詩を求むるならば、その詩嚢を音で越えんとすること勿れ、だ。 余談。「央金瑪」訳詞タイトルでは、最後の「Question From The Other Shore」を「答えのない問いかけ」としているが、原題どおり「彼岸からの問い」ではないと意味が違ってしまう。Charles Ives ではないのだ。 ( 2001.02.12 ) 附記:曲のタイトリングは、中国フォント使用に非れば全て表記し得ないので、英語題名を使用した。 Back to singin' ladies Back to regarding onban Back to index.htm |