シャピュイとアルサス地方のオルガン
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| 大 林 |
大 林 シャピュイが関与したアルサスのオルガンで最も成功したのは、ストラスブールのサン=トマ(St.Thomas)かと思われます。
佐々木 何と、そうでしたか!! 私はこのオルガンが、アルサスの中ではエーベルスミュンスターと並んで好きな楽器なんです。音盤のクレジットには、ケルンの名前はあっても、シャピュイの名前は書かれていませんでした...。
当時シャピュイはアルサス地方における Monuments historiques の委員をしていたので、当然関わっていただろうという推測でして、実際にどの程度関知していたのかは判りません。ひょっとしたら単に書類に目を通した程度かもしれないし。サン=トマは、新造・修復を含めアルフレート・ケルンが手がけたオルガンの中で最も成功したものでしょうね。
オルガン・ビルダの立場で言えば、アドヴァイザが、楽器の最終的結果に及ぼす影響はかなり小さいです。もちろん、このオルガンは、ケルンが本格的に古典的な手法で造った楽器(??)だとすると、その辺でのシャピュイの影響は大きかったかも知れませんね。あるいはサール=ユニオンの成果に刺激されたかもしれません。
しかし、これら3つのジルバーマンの響きが優れている原因の8割は、教会の音響特性とその教会内におけるオルガンの位置や形状寸法だと私は考えます。残りの2割がビルダーの力量でしょうね。同じジルバーマンでも会堂の響きが悪く、まったくつまらぬものもありますね(もちろんオリジナルの状態がどうだったのかは判りませんが。)
従って、室内音響の問題を差し引くと、アルサスのジルバーマンよりは、ゴットフリートの方がより優れたオルガンを製作したと私は見なしています(自己完結的オルガン)。
なお、シャピュイは(サール=ユニオンで例のノエル録音をしたにも拘らず、このオルガンを造った)ケニッグ(註34)のことはあまり高く評価していないような発言を耳にしたことがあります(高音のパイプを整音するのが下手だとか....)。イゾワールがその後、ケニッグのオルガンで沢山録音したので、そのやっかみもあったと私は想像しているのですが....
佐々木 私はマイク特性より、エンジニアが単に録音ポイントを知らないのではないか、という考えに囚われていたのかもしれません。
それもあるかもしれません。シャピュイのデンマーク/北独の録音では、多分プロデューサ(ベルンシュタイン)自身は現地へ行かず、技師のヴィレモースにすべてを任せたのでしょう。支払いが大して良くなかったから、ヴィレモースも大して力を入れて仕事をしたとは思えません。機器を教会においたままで帰ってしまった、ということは恐らくマイクもテレコも予備用(サブ)のものだったかもしれませんね。
彼は、一貫して M.-C.アランの録音を手がけていましたが、最初のバッハの頃が一番バランスの良い音でした。次第にオルガンの中に首を突っ込んでいるような直接音の多い録音になっていったような気がします。
なお、彼はデンマーク製のリュレックのテレコを使っていましたが、硬めの音だったような気がしてなりません。
佐々木 それにしても、彼が再録音したものと言えば、このロベルデとクープランの両ミサ、クレランボーくらいですよね?
クレランボーは2回ありましたか? 最初の方は St-Jean-de-Losne で Orgues historiques の 17cm 盤に一方の組曲を入れたもののことですか? これもお持ちなんですか? これはとてもいいオルガンですが、その他に録音はありませんね??。実は、日本人オルガニストがクレランボーとギランを弾いた録音を私が制作しましたが、本人の希望もあって結局お蔵入りしています。
非常に柔らかい音・響きのオルガンです。録音は深夜(0〜5時)に行い、電動送風機もうるさいので使いませんでした。シャピュイもふいご押しを手伝ってくれました!
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(註34) Jean-George Knig。オルガン・ビルダ。
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サン=トマ教会のオルガン、オルガン録音
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| 佐々木 |
まず、大林さんにお願いがあるのですが、シャピュイの Mundi のロベルデとティトゥルーズのお持ちの LP 番号をお教えいただけませんか?
大 林 当時シャピュイはアルサス地方における Monuments historiques の委員をしていたので当然関わっていただろうという推測でして、実際にどの程度関知していたのかは判りません。ひょっとしたら単に書類に目を通した程度かもしれないし。
なるほど。そうでしたか。

St. Thomas, Strasbourg
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大 林 サン=トマは、新造・修復を含めアルフレート・ケルンが手がけたオルガンの中で最も成功したものでしょうね。
全くそう思います。この楽器を聴いて、平島さんに唆されて(?)、ケルンのところに弟子入りするところでしたもので...(^^)。
大 林 オルガンビルダの立場で言えば、アドヴァイザが、楽器の最終的結果に及ぼす影響はかなり小さいです。
そうなんですか? 私はかなりのレベルで影響が大きいものと捉えていました。ファニチュアに関してはわかりますが、整音あたりまで細かく指示があるかとばかり思っていました...。
大 林 もちろん、このオルガンはケルンが本格的に古典的な手法で造った楽器(??)だとすると、その辺でのシャピュイの影響は大きかったかも知れませんね。
サン=トマの楽器の音のスケール感から推測すると、やや豊満な肉付きの響きに聞こえますので、シャピュイ好みの楽器ではなさそうかなとも思ったのです。
勿論、あのハーモニック・スケールの美しさからすれば、彼に是非弾いてもらいたいとは思うのですけれど...。
大 林 なお、シャピュイは(サール=ユニオンで例のノエル録音をしたにも拘ず、このオルガンを造った)ケニッグのことはあまり高く評価していないような発言を耳にしたことがあります。
(笑)。
私もイゾワールへの僻みであると信じたいところですが、本当はイゾワールにではなく、シャピュイに沢山録音してもらいたかったですね。イゾワールも何故あんなにあの楽器で録音しているのか...。逆にシャピュイへの牽制のつもりなんでしょうか...。(^^;)
大 林 しかし、これら3つのジルバーマンの響きが優れている原因の8割は、教会の音響特性とその教会内におけるオルガンの位置や形状寸法だと私は考えます。残りの2割がビルダーの力量でしょうね。同じジルバーマンでも会堂の響きが悪く、まったくつまらぬものもありますね。
エーベルスミュンスターとマルムーティエは、特にオルガン設置位置の適切な高さにあるものと信じています。その点、マルムーティエの場合が一番よさそうですが、どうも録音では、あの会堂特性の素晴らしさが反映されず残念です。
大 林 従って、室内音響の問題を差し引くと、アルサスのジルバーマンよりは、ゴットフリートの方がより優れたオルガンを製作したと私は見なしています。
ゴットフリートにも素晴らしいオルガンがありますね。確かに、会堂特性に恵まれた楽器はそう多くないように思いますが...。オルガン製作の観点からは詳しく申し上げられないのですが、私自身はアルサスのジルバーマンの方が、フランスものもドイツものも混血的に美しく響くところに軍配を挙げてしまいます。尤も、ドイツのドイツたる音響としては、物足りないと言えばそれまでですが。
大 林 シャピュイのデンマーク/北独の録音では、多分プロデューサ(ベルンシュタイン)自身は現地へ行かず、
オルガンの録音は、意外といい加減に扱われていたんですね...。シャピュイのデンマークの録音は、総じて会堂の響きを拾い過ぎる傾向にあります。彼の演奏が非常に明晰なのに、残響で音の進行が細かく聴き取れない部分があったのが残念です(特にソロ・コンチェルト)。ポイントが後方すぎたのでしょうね。といって、他の録音ではポイントが前過ぎたり...。1台の楽器ではなかったからと諦めはつきますが、決して安定的な録音ではなかったですね。
大 林 彼は、一貫して M.-C.アランの録音を手がけていましたが、最初のバッハの頃が一番バランスの良い音でした。
最初のバッハとは60年代の北欧楽器による全集録音ですか? 演奏や楽器はともかくとしても、音はクリアですね。そもそも70年代以降のアランにはほとんど耐えられないのですが、この全集録音でのバッハは、まだまともでした。それにしても、リュレックのテレコなんて懐かしい名前ですね。知っている人は少ないかもしれませんが。当時でもスチューダとナグラ(あったかな?)でしょうから。
佐々木 それにしても、彼が再録音したものと言えば、このロベルデとクープランの両ミサ、クレランボーくらいですよね?
大 林 クレランボーは2回ありましたか? 最初の方は、St-Jean-de-Losne で Orgues historiques の 17cm 盤に一方の組曲を入れたもののことですか?
すみません。クレランボーは確証がない情報(註35)なのですが...。AMS 30 のギランと混同しているかもしれません。勿論、持っていません。
大 林 実は、日本人オルガニストがクレランボーとギランを弾いた録音を私が制作しましたが、本人の希望もあって結局お蔵入りしています。
勿体ないですね。日本人のオルガニストは詳しく存じませんけれど、St-Jean-de-Losne とシャピュイとから推測すると、多分...。
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(註35) St-Jean-de-Losne でのクレランボーの第2組曲抜粋録音は実在するが、この時点では恐らく AMS 30 のギランと混同している。
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| 大 林 |
佐々木 まず、大林さんにお願いがあるのですが、シャピュイの Mundi のロベルデとティトゥルーズのお持ちの LP 番号をお教えいただけませんか?
- Harmonia Mundi France : HMO(S) 30.570
Jehan Titelouse - Michel Chapuis a l'orgue de St-Severin de Paris
(Ensemble vocal sous la direction de Stephane Caillat)
- Harmonia Mundi France : HMO(S) 30.530 (???)
- Harmonia Mundi Deutsche : HMSO 530 530
Francois Roberday: Fugen & Capricen -
Michel Chapuis an den historischen Orgeln von
l'Isle sur la Sorgue und Manosque
仏盤はユニバーサル(註36)で入手できるチャンスがあったのですが、プレスがあまりにもひどかったので断念しました。独盤は先日述べたように、チャンネル間で位相が逆になっているという珍盤です。一方のスピーカ・ケーブルの極性を入れ換えてやらないとまともに聞こえません。ま、音楽を聴くには差し支えありませんが。
Valois/ASTRÉE 期の録音で、横の広がりが出ていなくてこじんまりと聞こえる、という点に関してもう一度。
実は、私も当初からそういう印象を持っていました。主な原因が、マイクやそのセッティング方法でしょうが、その他に先述のテレコの問題もあるだろうと述べました。
Harmonia Mundi 初期のシャピュイの録音は、全てノイマン U67 を用い、多くの場合双指向性にして互いに 15−17cm 間隔・140−145度の開角、Positiv 風箱の高さ、Positiv 前面から 6m の位置にセットしていたようです。スーヴィニィだけは会堂が大きく響きが多すぎるので、単一指向にしてオルガンから 12.5m 離したとあります(Marcel Fremiot = エンジニア?)。
以上は、Mundi から出ていた「Musique de Tous les Temps (後に Orgues Historiques と改題された)」の解説書より。このシリーズに、例の St-Jean de Losne(クレランボー)や、St-Quirin(即興)があります。St-Quirin での即興はまあまあといったところ。
アランの初回のバッハは、Varde 教会を主に Marcussen のオルガンで録ったもので、私が最初に買ったオルガンの LP がトリオの5番と6番、シュプラー・コラール(そしてエラートのマルシャルのフランク)でした。写真で見るところ、この頃のヴィレモースも、同じ様なマイクとセッティングのようです。シャピュイの録音を手がけた頃は、おそらくマイクがショップスになっていたと記憶しています。小口径のマイクなので単一指向では低域が落ちます。
アランのバッハは、初回が一番良かった筈ですが、私は特にトリオが巧いと思います。70年代に日本やデンマークで聴いた演奏も、トリオ・ソナタだけが印象に残っています。
大 林 サン=トマは、新造・修復を含めアルフレート・ケルンが手がけたオルガンの中で最も成功したものでしょうね。
佐々木 全くそう思います。この楽器を聴いて、平島さんに唆されて(?)、ケルンのところに弟子入りするところでしたもので...(^^)。
ほんとうですか!!
大 林 オルガンビルダの立場で言えば、アドヴァイザが、楽器の最終的結果に及ぼす影響はかなり小さいです。
佐々木 そうなんですか? 私はかなりのレベルで影響が大きいものと捉えていました。ファニチュアに関してはわかりますが、整音あたりまで細かく指示があるかとばかり思っていました...。
実力のあるヴォイサーは自分の手法に自信があるので、中途半端なアドヴァイスはして欲しくないでしょう。また、特定のオルガニストの意見が汎用性を持つとは限りませんから(そのオルガニストがその楽器の主任奏者である場合は、意見を聞き容れることもあるでしょうが)。
大 林 もちろん、このオルガンはケルンが本格的に古典的な手法で造った楽器(??)だとすると、その辺でのシャピュイの影響は大きかったかも知れませんね。
佐々木 サン=トマの楽器の音のスケール感から推測すると、やや豊満な肉付きの響きに聞こえますので、シャピュイ好みの楽器ではなさそうかなとも思ったのです。
私にはよく判りません。でも、シャピュイ好みでなかったとは言い切れないでしょう。
あの音のスケール感の多くは、送風系に起因するところが大きいと思います。フランスのオルガンとしては、例外的にウップマン(風圧の変動〜音の息づき)が大きいです。下手な人が弾くとギクシャクします。
シャピュイが(親しくかつ)高く買っていたビルダは、フィリップ・アルトマンでした。残念ながらアルトマンは、自分の楽器(新造)はあまり造っていません。彼が仕事をしている現場を1、2度訪れたことがあります。即興演奏の巧さ(卓越した和声感覚)が深く印象に残っています。
Andersen にせよ、Frobenius 兄弟にせよ、即興は巧かったですね、しかもそれぞれ個性的。私なんぞは、非常にコンプレックスがあります。彼らの即興は皆、非常に音楽的でしたね。ガルニエだって私は、ビルダーとしてよりもむしろ即興演奏の方を高く評価したいくらいです。
佐々木 オルガン製作の観点からは詳しく申し上げられないのですが、私自身はアルサスのジルバーマンの方が、フランスものもドイツものも混血的に美しく響くところに軍配を挙げてしまいます。
それはおっしゃる通りでしょう。しかしそれは会堂の音響によるものです。アンドレアス・ジルバーマンは、響きの良くない教会のために楽器を造ることは拒否したくらいですから。
私がイギリスのロマン派の楽器に関心を持つようになったのも、建築音響に頼らずに、如何に豊穣で音楽的なオルガンを創るかという解法をそこに見いだしたからです。日本のホールのように響きの足らない空間では、これ以外にオルガンという楽器を満足に鳴らす方法は存在しないはずです。
佐々木 シャピュイのデンマークの録音は、総じて会堂の響きを拾い過ぎる傾向にあります。彼の演奏が非常に明晰なのに、残響で音の進行が細かく聴き取れない部分があったのが残念です(特にソロ・コンチェルト)。ポイントが後方すぎたのでしょうね。
ヴィレモースは(アランと比較して)シャピュイを軽視していたと思います。
だから入念なマイクのセッティングはやっていないかもしれません。しかし、この Ringsted のオルガンは、整音がかなり粗く、マイクを近づけるとアラが目立ったでしょう。非常に響きが豊かな会堂なので、入念過ぎる整音ではかえって迫力のないものになったかもしれません。このようなオルガンで、直接音と間接音をどの程度の割合にして録音するかは難しい問題です。
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(註36) 大手町と神田の間にある、輸入盤業者。音大関係者利用が多い。マイナー・レーベルでもよく取れるが、価格は少々高め。
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オルガン録音と近年のシャピュイ
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| 佐々木 |
大林さん、音盤情報ありがとうございました。
大 林 Valois/ASTRÉE 期の録音で、横の広がりが出ていなくてこじんまりと聞こえる、という点に関してもう一度。(以下、略)
マイク位置をリュックポジティフと同じ高さであるべきか、一度、松蔭で実験したものを聴き比べたことがありますが、「額縁にびっちり入った肖像画」みたいな感覚を受けました。勿論、会堂によって全然違うことは理解していますが、5−8m 前面からの距離をとれれば、ヴォールトからの高さが結構ポイントになるのでは? と素人考えしていました。
大 林 マイクがショップスになっていたと記憶しています。小口径のマイクなので単一指向では低域が落ちます。
でもあの録音では、小口径マイクだからこそ奏効していたのかもしれませんね。
大 林 実力のあるヴォイサーは自分の手法に自信があるので、中途半端なアドヴァイスはして欲しくないでしょう。また、特定のオルガニストの意見が汎用性を持つとは限りません
なるほど。それは盲点でした(笑)。
大 林 シャピュイが(親しくかつ)高く買っていたビルダは、フィリップ・アルトマン
その名前には記憶がないですね。
大 林 この Ringsted のオルガンは、整音がかなり粗く、マイクを近づけるとアラが目立ったでしょう。非常に響きが豊かな会堂なので、入念過ぎる整音ではかえって迫力のないものになったかもしれません。このようなオルガンで、直接音と間接音をどの程度の割合にして録音するかは難しい問題です。
たしかに難しいですね。生で聴くにはあれでもいいのですが...。「非常に響きが豊かな会堂」だと感じましたが、シャピュイの演奏であれば、あれは残響がかかりすぎです。彼のテンポがまた素晴らしく切れるから、なおのこと、そう思うのでしょうね。
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| 大 林 |
私、実は K617 レーベルのアルバムを5種位持っていました(全てオルガンがらみ)。なぜかあまり聴く気にならなかった(オムニバス!?)ので、封を切らずに忘れていました。主にアルサス周辺の私の知らない若手オルガニストを多数起用していますが、皆なかなか健闘しています(このレーベルの演奏家で、中庸以下の人は今のところ聴いていません)。一番つまらないのがシャピュイとシャプレかも...???
シャピュイは、「Orgues de Moselle」(2枚組)に、St-Quirin での即興が合計約18分、また、「L'Orgues en Lorraine」(2枚組)に、同じく St-Quirin でのバルバトルのノエル2曲があります。
後者は大したものではなく、寧ろ他のオルガニストが頑張っています....。
Moselle の方の録音は、彼の即興として最良とは言えませんが、日本で制作された CD よりは遙かに乗ってます。中にはトゥルヌミール風(???)なのもあって、失敗と成功の縁を彷徨っているような(笑)。途中で全く関係ない和音が突如現れるので、私には我慢なりません(!)。やはり、シャピュイの和声感覚はとても優れているか、「変」かどちらかです。というか、巧いとか、スマートな人では決してないのですね。だから、憎めない...。
大 林 Valois/ASTRÉE 期の録音で、横の広がりが出ていなくてこじんまりと聞こえる、という点に関してもう一度。(以下、略)
佐々木 マイク位置をリュックポジティフと同じ高さであるべきか、一度、松蔭で実験したものを聴き比べたことがありますが、「額縁にびっちり入った肖像画」みたいな感覚を受けました。勿論、会堂によって全然違うことは理解していますが、5−8m 前面からの距離をとれれば、ヴォールトからの高さが結構ポイントになるのでは? と素人考えしていました。
録音の問題は別にして、ヴォールトというものは、オルガンの響きにとって重要な働きをしていると思いますね。こういう外側に膨らんだ3次曲面は反射音が焦点を結ぶので、音響設計屋さんは嫌いますが、ヴォールト自身の自重が板振動を押さえるし、第一、石(あるいは煉瓦)でできているわけですから低音をよく受け止めてくれます。勿論、窪んだ曲面は、とても複雑で、現在の音響学では好ましくないとされているような反射音を生み出すでしょうが、これが楽器としてのオルガンの音に何かとても重要な要素を付加するような気がしてなりません。
さて、オルガンの評価と言うのは非常に難しいです。単に即興演奏のための楽器ならば簡単ですが、X氏、Y氏;A時代、B時代;α国、β国の作品を演奏することを考慮しなければならないとなると、果たして汎用的であることがいいことなのか悪いことなのか......?
全く我々(オルガン製作者)は不幸な時代に生きているとしか言いようがありません。「汎用性」については、いずれ近い将来にMLなり自分のページで問題提起したいと思います。
それから、どこまでが楽器の音で、どこからが部屋の響きによるものかも判然としません。また、現在の響きとオリジナル(製作当初)の音とがどこまで近いのか誰にも判らない。マルムーティエとエーベルスミュンスターが良いのは、建物の音響(と楽器との相関関係)によるところが大きいんではないでしょうか。
フランスものもドイツものも....という点では、カール・リープが故郷に製作したオットボイレン修道院の2つのオルガンも検討してみると面白いでしょう。最近のコープマンのテルデック盤の解説書に、いろいろ興味深いことが書いてあります。リープのオルガンをオットボイレンで実際に作っていたのは、ホールツァイなんですね。この CD の解説で初めて知りました。
大 林 マイクがショップスになっていたと記憶しています。小口径のマイクなので単一指向では低域が落ちます。
佐々木 でもあの録音では、小口径マイクだからこそ奏効していたのかもしれませんね。
こじつけるなら、シャピュイの演奏はハーモニー・倍音・スピード感がポイントですから、高音で位相(群遅延)特性が素直になる(はずの)小口径マイクの方が向いているでしょうね。
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シャピュイの即興?
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| 佐々木 |
大林さん、K617 情報ありがとうございました。この辺はまだ手に入れていません。
しかし、今迄のやりとりの中でも触れてきましたが、シャピュイのバッハに感じるのは、無駄な意匠を廃した音楽構造の明晰性にあり、それは彼の卓越したハーモニイ感覚に支えられている、と考えれば、バッハの演奏に、否、ひいてはポリフォニックなオルガン音楽そのものの解釈の根底には何を置かなければならないのかということが明白になりますね。
大 林 St-Quirin(即興)があります。St-Quirin での即興はまあまあといったところ。
CAMERATA 盤も含め、シャピュイにも即興の録音がありますが、どうも食指が動かなかったのですが、一度高見の見物レベルで聴いてみる必要はありそうですね。
大 林 やはり、シャピュイの和声感覚はとても優れているか、「変」かどちらかです。というか、巧いとか、スマートな人では決してないのですね。だから、憎めない...。
シニカルなお茶目なのでもないのでしょうか? (^^)
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| 大 林 |
大 林 St-Quirin(即興)があります。St-Quirin での即興はまあまあといったところ。
佐々木 CAMERATA 盤も含め、シャピュイにも即興の録音がありますが、どうも食指が動かなかったのですが、一度高見の見物レベルで聴いてみる必要はありそうですね。
商業的録音で大したものはありません。K617 レーベルでの即興はましな方でしょう。しかし、サン=セヴランのミサにおける彼の演奏を何度か聴いた者なら、即興の中にこそシャピュイの本来の姿を見いだすと思います。
大 林 やはり、シャピュイの和声感覚はとても優れているか、「変」かどちらかです。というか、巧いとか、スマートな人では決してないのですね。だから、憎めない...。
佐々木 シニカルなお茶目なのでもないのでしょうか? (^^)
多分にそういうところがあります。でも、どこまでマジでどこから冗談なのか、あるいは下手なのか上手いのか、とても判り難い。そういう面は、彼が話をしている時にも感じます。彼は常に真面目な顔で喋っていますが、巧みな話術の中に色々なジョークが隠されているといった感じですね。もっとも私はフランス語があまり判らないので、これらも推測の域を出ません。
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| 佐々木 |
大 林 やはり、シャピュイの和声感覚はとても優れているか、「変」かどちらかです。というか、巧いとか、スマートな人では決してないのですね。だから、憎めない...。
佐々木 シニカルなお茶目なのでもないのでしょうか? (^^)
大 林 多分にそういうところがあります。でも、どこまでマジでどこから冗談なのか、あるいは下手なのか上手いのか、とても判り難い。
これまでのお話とこの話を伺って、やっぱりシャピュイはフランス人なんだなぁ、というのが実感ですね。
... この話、再び続くことになるかも ...
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