Talking About Chapuis [2]





機関車シャピュイの特質

大 林 佐々木 私にとっては、シャピュイの録音の中では、概ねフランス・バロックよりドイツものに彼の素晴らしさを感じることが多いです。
同感。

佐々木 彼のフランス・バロック録音はクープラン以後ばかりなのが気になります。
それは、レコード会社の方針だったでしょうね。売れないといけませんから。或いは彼自身、より古い音楽(ティトゥルーズなど)の価値や満足できる解釈を見出したのが、多分70年頃からだったということもあるでしょう。

佐々木 作品自体が今一つのデュマージュ、クレランボーや M.コレットなど、彼の手になっても、面白くないものはやはり面白くはなりませんから。ルベーグやニヴェールなどの録音があれば、はっきり比較できてよかったのですが...。
クレランボーやミシェル・コレットは確かにつまらないです。また、フランソワ・クープランのミサも、一般に言われているほど優れた音楽だとは思いません。ルイ・クープランのオルガン曲の方が好きです...。
シャピュイのアルヒーフ録音では、楽譜を所有する Oldham が全曲録音をさせなかったようで残念です。最近 Davitt Moroney が行った録音(Harmonia Mundi)はまだ聴いていませんが、シャピュイの演奏を上回ることはないでしょう。
ルベーグも私は好きです。

佐々木 その理由ですが、大林さんもお書きになったように、シャピュイの直線的な音楽性からすれば、彼の妙味は対位法に優れた作品にこそあると感じています。また、動的な線の錯綜を明解に浮き上がらせるのが大変うまい
ここです。これがないとティトゥルーズはちっとも面白くないですね。シャピュイの Mundi 録音では、まだそこまで行っていないのです。後の演奏では、具体的に言うと、同時に3つ以上の手鍵盤で弾いたり、あるいは特定の声部を強調するために譜面にない音を即興的にユニゾン、あるいは和音で加えたり、といったことをやるようになったのではないかと想像されます。ティトゥルーズ自身がそういう奏法を前提としていたかどうかは判りませんが、それはどうでもよいでしょう。問題は譜面を手がかりに生きた音楽を蘇らせることですから。

佐々木 反面、音楽の叙景を立体的に磨き上げるのはあまり得意ではないようですから、単旋律コラールやレシなどはやはり退屈です。
運動性といってもいいでしょうか? それが彼は苦手ですね。レシでは対位法の妙がありませんからね。しかし、バッハや北独のコラールではそのテキストを音楽に反映させるという点において、シャピュイは並々ならぬ才能・直感力を持っていると思います。それが既存の録音に表れているかどうかは判りませんが。

サン=セヴランで弟子に教授している時、ブクステフーデのあるコラールの見事な解釈を聴いたことがあります。その表現方法は専ら音色に頼ったものであり、極めてフランス的です。しかし、ブクステフーデはその和声の意外さ・斬新さが身上ですので(この点、バッハの均衡のとれた和声とは対照的で)、そのような解釈は大いに成り立つと思います。

佐々木 その点も踏まえて、Valoisのバッハ全集は、かなり気に入っています。中でも、カノン風変奏曲をまずイチオシします。これを凌ぐ録音はいまだにお目にかかりません。実にクリアな線の動きとアーチキュレーションの見事さは特筆ものですし、レジストレーションもクリアなことこの上ありません。
そうでしたか、聴き直してみます。

佐々木 音色的な混濁がまるでない点でも、やはり彼のバッハは優れていますが、
これは彼の抜群の音色感、和声感覚の賜ですね。もちろん楽器や録音の採り方にも大きく左右されると思いますが。

音色と和声感とは、基本的に同一のものだと私は考えています。音色とは、瞬間における音のスペクトラムで、これを時間軸方向に展開したものが和声である、と私は認識しています。

オルガンは基本的に同一スペックの楽器は無いので、そのことを熟知していたバッハの作品は、もっと自由なレジストレーションで弾かれるべきだ、と私は常に考えています。バッハ自身、他のオルガニストがあっと驚くようなレジストレーションで弾いてのけ、しかもその合理性を誰も認めざるを得なかった訳ですよ! このことを今日のオルガン演奏家の 99.9 %が無視しているのです。特にドイツのオルガニストは。

シャピュイの演奏の中に、私はある程度、オルガニストとしてのバッハ自身の姿を重ねて見ることができると言ったら大袈裟でしょうか?

佐々木 なぜか C-dur、F-dur の作品が、特に完璧にクリアに聞こえますが
これも楽器や音響のためかもしれませんが、シャピュイは調性に対して極めて敏感な人です。また、「あの教会では何調がよく響く...」とか言っているのをよく耳にしたことがあります。

佐々木 あとは ASTRÉE のロベルデ集とリューベック集でしょうか。ロベルデは、かつてガルニエ夫人の演奏を聴いた時あまりに退屈だったのですが、シャピュイ盤の活き活きとした音楽に蒙を啓かれました―珠玉の演奏です―。
ロベルデは、オルガン ML(註23)で述べたように、Mundi の最初の録音がイチオシです。使用されている楽器に独特の魅力があり、それが作品によくマッチしていて得も言われぬ雰囲気を醸し出していました。でも、比較して聴いたことはありません。アーチキュレーションなどは(これらの曲にとって重要かどうかはわかりませんが)新録音の方がいいかもしれません。

私の持っているのは独 Harmonia Mundi 盤で、これは誤って左右のチャンネルが逆位相にカッティングされている(つまり針が上下に動く)という代物で、オリジナルの仏盤を探していましたが、すでにメーカーでも在庫を切らしていたようです。

佐々木 リューベックは、その馬力の見事さもさることながら、滋味深い味わいすらあります。使っているオルガンの音のため、ブクステフーデほど鋭利にならぬ古風な色合いが、むしろよいのかもしれません。
リューベックは確かによかったです。しかし、ブルーンス(註24)やブクステフーデの多くにもそれに劣らないものがあると思いますが.... 私は多くは聴いていないので彼の ブクステフーデが全般的にどうだとかは言えないのですが、ブクステフーデのオルガン作品の演奏において不可欠な即興性、またハーモニーのユニークさあるいは音色感の表現という点で、やはりシャピュイの演奏に大きく惹かれます。

佐々木 とにかく収集後発組の私としては、収集期が LP 終焉期であったこともあり、シャピュイの初期録音や国内未発売盤の収集はかなり不完全です。割に最近の録音など含め、まだ持っていない録音が数々あり、何とかしたいものです...。
インターネットのおかげで、海外の古書は結構色々なものが見つかるようになりましたね。LP・CD についてもそのようなシステムができればいいのですが、現時点ではヨーロッパの新譜も簡単には入手できないのが残念です。

(註23) 大林氏によるロベルデのオルガンML投稿記事を下記に全文引用します。

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フランソワ・ロベルデ (Francois Roberday, 1624.3.21受洗 - 1680.10.13) は17世紀フランスのオルガニスト・作曲家の中でもきわめてユニークな存在です。同時代のフランスのオルガニスト(例えばニヴェール)が曲の形式と特定のレジストレーションとを結びつけて、その後のフランス古典オルガン音楽の様式を確立していったのとは異なり、彼の作品「4声のフーガとカプリス」(全12曲?)はフランスのオルガンの特色を生かしたというよりも、フローベルガーと同じく、フレスコバルディに代表されるイタリアの様式に依って作曲されています。

ロベルデは、王室御用達の金細工職人だったそうですが、音楽家としての活躍は謎に包まれています。晩年には破産して、失意の中に病死したそうです。彼の作曲は和声感に優れており、やや舌足らずなところはあるものの簡潔で無駄が無く、独特の魅力的な語り口を持っていると思います。その個性的な書法は残された作品(それらは一見習作と言える程のものであるにも拘わらず)をもって十分に窺い知ることができます。疑いなく、ルイ・クープランと並んで当時の最も注目すべきフランスの(オルガン音楽)作曲家であったと言えるのではないでしょうか??(毎度ながらの偏見と独断です)

出版された作品(1660、パリ)のまえがきによると、彼はフーガの主題を(ルイ?)クープラン、また、(ロベルデの義理の兄弟だった)ダングルベール、フローベルガー、などの作品から採ったと述べています。(他にもフレスコバルディなどからの直接、間接の借用は明らかです。 -- しかし当時は、主題の借用などは常套的なことだったでしょうし....)

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私が知る主な録音は以下の通りです:

1) ロベルデの作品の最初の録音は多分、仏 Harmonia Mundi から出たシャピュイの LP (10曲)でしょう。使用オルガンは、l'Isle sur la Sorgue および Manosque の2箇所。これは大変優れた演奏・録音でしたが、あまり知られていないようです。また CD 化もされていないと思います。特に前者のオルガンの甘い響きは、曲の放つ香りと渾然一体となって素晴らしいものでした。

2) シャピュイはその後、Valois/ASTÉE レーベルで再録音しました(全12曲)。使用オルガンはジュリアン作、ロックモールの教会の 14 ストップのものですが、前記の録音よりは香気が後退しているように感じます。CD 化されているかどうかわかりません。

3) イゾワールがカリオペ・レーベルに録音したフランス・オルガン音楽の中にも、数曲含まれていました。CD 化されているかどうかは解りません。

4) 現在入手できる CD は、Eric Brottier というオルガニスト(シャピュイ、ボワイエなどに師事)のものです。 仏 Syrius SYR 141336。全12曲、およびシャルル・ラケのファンタジ1曲が収録されています。使用楽器は、クワランが修復したジュヴィニの歴史的オルガンです: III/P/29。演奏は、師の影響か大きいと言ったら悪いかも知れませんが、なかなか好感の持てるものです。調律法はランベール・ショモン(4個の純正3度)、ピッチは全音(?)低いです。

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なお、ロベルデの曲は技巧的には容易です。ペダルの使用は特に指定されていないようです。ロベルデ自身は、これらを弦楽器(Viole(のアンサンブル))で演奏してもよいと言っているので、オルガンのための作品ではあるが、それ以上に普遍性がある音楽だと思うのですが....

(註24) Nicolaus Bruhns ( 1665 - 1697 )。



シャピュイ的ブクステフーデ

佐々木 大 林 フランソワ・クープランのミサも、一般に言われているほど優れた音楽だとは思いません。ルイ・クープランのオルガン曲の方が好きです...。
吾が意を得たりで安堵しました。フランソワ・クープランの両ミサとも面白いと思ったことはないんです。決定的な名演がないという以上に、面白くないと思っていたのです。

佐々木 シャピュイの直線的な音楽性からすれば、彼の妙味は対位法に優れた作品にこそあると感じています。
大 林 ここです。これがないとティトゥルーズはちっとも面白くないですね。
御意にございます。グリニーは技術的な跳躍や和声進行の妙味でもう少し誤魔化せますが、ティトゥルーズは却ってそうはいきませんよね。

大 林 シャピュイのMundi録音では、まだそこまで行っていないのです。具体的に言うとその後の演奏では、同時に3つ以上の手鍵盤で声部を弾き分けたり、あるいは特定の声部を強調するために譜面にない音を即興的にユニゾンあるいは和音で加えたり、といったことをやるようになったのではないかと想像されます。
なるほど、なるほど!

大 林 バッハや北独のコラールではそのテキストを音楽に反映させるという点において、シャピュイは並々ならぬ才能・直感力を持っていると思います。それが既存の録音に表れているかどうかは判りませんが。
私の場合は、シャピュイの実演に多く接した訳ではありませんので、比較はできませんが、録音にも或る程度はしっかり具現していると思いますよ。

大 林 しかし、ブクステフーデはその和声の意外さ・斬新さが身上ですので(この点、バッハの均衡のとれた和声とは対照的で)、そのような解釈は大いに成り立つと思います。
前箋には書きませんでしたが、言うまでもなく、彼のブクステフーデは大好きです。ただ、自信を持って言えるほど、ブクステフーデはあれこれ聴き込んでいませんので、筆頭とはまだ書けませんでした。勿論、これがベストになるだろう「予感」はありますが。

ブクステフーデの不均衡な運動性と和声(註25)が大胆かつストレートに出ていながらも、微塵の阿漕さも漂わないのは、シャピュイが直「観」的に最もこれがいい音色・弾き方だろう、と何の衒いも迷いもなく断言できているからでしょうね。私が聴いた他演には、そういう要素が薄いんです。結局、大方の演奏が、訓詁に頼るレジストレーションであり、響きでしかないのは、自分の音楽的直観か直感に自信がないからなのでしょう。

大 林 音色と和声感とは基本的に同一のものだと私は考えています。音色とは瞬間における音のスペクトラムで、これを時間軸方向に展開したものが和声であると私は認識しています。
これははっとさせられた表現でした。そうなんですよね! だから、この感覚を持たないオルガニストは、指や足はどんなに回ろうが、どのオルガンを弾いても音が濁るか鈍いんです。

大 林 オルガンは基本的に同一スペックの楽器は無いので、そのことを熟知していたバッハの作品は、もっと自由なレジストレーションで弾かれるべきだと私は常に考えています。
ええ、全くそうですね。特に多くの鍵盤奏者の場合、訓詁学的集成とバッハの中の数秘的拡大解釈に引き摺られるばかりで、そうした発想を見直そうとはしていませんね。

佐々木 なぜか C-dur、F-dur の作品が特に完璧にクリアに聞こえますが
大 林 これも楽器や音響のためかもしれませんが、シャピュイは調性に対して極めて敏感な人です。また、「あの教会では何調がよく響く...」とか言っているのをよく耳にしたことがあります。
それで思い出しましたが、牽強付会かもしれませんけれど、シャピュイによる長調作品での3度和音はほとんど濁りがないみたいなんです。別段、ミーントーン云々するつもりはありませんが、むしろそれが彼の音色的な本能(による楽器選択)なのかもしれませんね。

大 林 ロベルデは(中略)、Mundi の最初の録音がイチオシです。
残念ですが、Mundi 録音はいまだに聴いていません。恐らく、これまでの話を総合すれば、Mundi 録音の方がよさそうですね。ただ、私には、ASTRÉE のロベルデ集も、非常によい出来映えではないかと思いますよ。

大 林 リューベックは確かによかったです。しかし、ブルーンスやブクステフーデの多くにもそれに劣らないものがあると思いますが....
そうですね、特にリューベックだけというものではなく、このあたりの作曲家が全般にいいですね。ブクステフーデも先に述べたとおり、勿論です。ブクステフーデの場合、却って、ほとんどをモダン楽器で演奏したことも却ってよかった(シャピュイの意図が奏効した)のだと思いますが。

(註25) Dietrich Buxtehude ( c.1637 - 1707 )。
     ブクステフーデの奇怪な音楽的断層と和声的斬新さについては、ユニックな議論を別途行った。
     四方さんの高瀬アキサイトの中にある「Writings」「對位法的座談會:高瀬アキジャズ胃酸語る Nov.14,1999」を参照。



ロベルデ録音比較

大 林 佐々木 牽強付会かもしれませんけれど、シャピュイによる長調作品での3度和音はほとんど濁りがないみたいなんです。(中略)、むしろそれが彼の音色的な本能(による楽器選択)なのかもしれませんね。
でしょうね。彼の音色・和声感がもたらすフレージング/アーチキュレーションがそのように感じさせるのではないでしょうか?

大 林 ロベルデは(中略)、Mundi の最初の録音がイチオシです。
佐々木 残念ですが、Mundi 録音はいまだに聴いていません。恐らく、これまでの話を総合すれば、Mundi 録音の方がよさそうですね。ただ、私には、ASTRÉE のロベルデ集も、非常によい出来映えではないかと思いますよ。
比較して聴いてみました。完成度はやはり ASTRÉE の方がずっと高いです。特に三連音符の弾き方(一種のイネガルな)や、アーチキュレーションが自信に満ちています。楽器の音(残響はドライですが)はMundiの「一方の」オルガン(二つの楽器を使い、なぜか一部は同じ曲を両方で弾いている)が私にとっては非常に魅力的で、そのために印象が深いようです。

Claude Duchesneau interroge MICHEL CHAPUIS
Chapuis' interviews

なお、シャピュイに関しては、彼とサン=セヴランの神父の対話をまとめたものが出版されていました。(註26 : 右画像) これはシャピュイの音楽や人となりを知る上では必携の書ですが、ご存じですか?

また余談ですが、Musica Sacra(独 Schwann )から出ていたサン=メリーでの LP が出てきました。やはり全曲ルベーグで、弾いているのはノエリー・ピエロンでした(AMS 1 : mono)。
これは仏 Lumen 録音のようです。ジャケットの解説は独語で、中に仏・英語のシートが挿入されているはずなので、取り出してみたところ、何と 先日述べた AMS 30(シャピュイ)のシートが入っていました(たしか入手したときから)。このピエロンの演奏はそんなに悪くなかったと記憶しています。おそらく50年代の録音です。

間違って入っていた AMS 30のシートによると、そちらは1961年6月2日録音で、先述したようにギラン(註27)、ダンドリュー(註28)、レゾン(註29)です。エンジニアはアンドレ・シャルラン(註30)でなくて、Thomas Gallia(註31)で、10年以上経て、ASTRÉE で再度シャピュイを録ることになります。AMS 30 の LP 本体は相変わらず捜索中です。AMS 1、2 ともにプロデューサは Carl de Nys でした。

Harmonia Mundi の LP は、録音時期についてのデータが記載されていないので、どれがシャピュイの初録音かよくわかりませんが、AMS 30 がそうである可能性は相変わらず高いです。

(註26) Claude Duchesneau interroge MICHEL CHAPUIS "Plein jeu", Editions du Centurion, 1979
(註27) Jean Adam Guilain ( a.1702 - a.1739 ) 。
(註28) Jean François Dandrieu ( c.1682 - 1738 ) 。
(註29) André Raison ( b.1650 - 1719 ) 。
(註30) André Charlin。フランスの有名なレコーディング・エンジニア。レーベルもあり。
(註31) Thomas Gallia。レコーディング・エンジニア。


佐々木 大 林 シャピュイが関与したアルサスのオルガンで最も成功したのは、ストラスブールのサン=トマ(St.Thomas)かと思われます。
何と、そうでしたか!! 私はこのオルガンが、アルサスの中ではエーベルスミュンスターと並んで好きな楽器なんです。音盤のクレジットには、ケルンの名前はあっても、シャピュイの名前は書かれていませんでした...。

大 林 非常に優れた楽器だと思いますが、なぜか録音はありませんね?
私が知る限り、サン=トマには録音が3つあります。

1. ( LP Audivis AV 4816 ) " Boyvin, Bach etc. " André Luy (org)
2. ( CD Intercord INT 830.848) " J.S.Bach " Christoph Bossert (org)
3. ( CD STU 122215 ) " Bach : Art of Fugue" Louis Thiry (org)

ボッサートのバッハ集の1曲目が BWV540 なのですが、天国的ともいえる清澄な音響で、シャピュイと関連あると聞き、納得しました。そして、私がシャピュイと「フーガの技法」を結びつけたがっているのは、このティリー盤に音のイメージを発しているからなんです。是非、シャピュイの録音が欲しい楽器ですね。

大 林 比較して聴いてみました。完成度はやはり ASTRÉE の方がずっと高いです。特に三連音符の弾き方(一種のイネガルな)や、アーチキュレーションが自信に満ちています。楽器の音(残響はドライですが)は Mundi の「一方の」オルガン(二つの楽器を使い、なぜか一部は同じ曲を両方で弾いている)が私にとっては非常に魅力的で、そのために印象が深いようです。
ご報告ありがとうございます。それでも、一度 Mundi 盤をティトゥルーズともども聴いてみたいと切に望んでおります。各々の録音差は、シャピュイ自身の芸術展開の差であることを別としても、私の場合、シャピュイ自身の音楽的本然にフィットする作曲家の一人ではないかと、ロベルデを捉えたということでしょうか。
それにしても、彼が再録音したものと言えば、このロベルデとクープランの両ミサ、クレランボーくらいですよね?

大 林 彼とサン=セヴランの神父の対話をまとめたものが出版されていました。これはシャピュイの音楽や人となりを知る上では必携の書ですが、ご存じですか?
いえ、全然知りませんでした。読んでみたいですね。でも仏語ですよね(苦笑)。いずれ梗概を纏めていただけませんでしょうか?

大 林 どれがシャピュイの初録音かよくわかりませんが、AMS 30 がそうである可能性は相変わらず高いです。
知っているシャピュイの Mundi 録音では、ほかにスーヴィニィのマルシャン(註32)とマルムーティエのダカン(註33)(62年録音)があります。先のロベルデやティトゥルーズが62年以前ではないとすると(他にリリースがあれば別ですが)、やはりAMS 30 が初録音になるのでしょうね。

大 林 間違って入っていた AMS 30 のシートによると、そちらは1961年6月2日録音で、先述したようにギラン、ダンドリュー、レゾンです。
では、録音も61年ですから、これは例の Schwann の10枚組(Schwann [Musica Sacra] "Orgelmusik aus vier Jahrhunderten" AMS 870 : 10LPs)と同じ物のようですね。

(註32) Louis Marchand ( 1669 - 1732 ) 。
(註33) Louis Claude Daquin ( 1694 - 1772 ) 。







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