リゲテイ資料集



作成:野々村 禎彦氏


1.Études pour piano タイトル(和訳)


    • No.01 「無秩序」または「反秩序」
    • No.02 「開放弦」
    • No.03 「阻まれた打鍵」
    • No.04 「ファンファーレ」
    • No.05 「虹」
    • No.06 「ワルシャワの秋」
    • No.07 「ガラン・ボロン(悲しい鳩)」《ハンガリー語の言葉遊び》
    • No.08 「金属」または「メタル」《ハンガリー語》
    • No.09 「眩暈」
    • No.10 「魔法使いの弟子」《ドイツ語、ゲーテのバラードによる》
    • No.11 「宙ぶらりん」または「不安定な」
    • No.12 「入り組み模様」または「組み合わせ飾り」
    • No.13 「悪魔の階段」
    • No.14 「無限柱」《ルーマニア語、ブランクーシの彫刻による》
    • No.15 「白の上の白」《英語、マレーヴィチの絵画による》

 ※大井浩明・高野真理両氏の解説を参考。特に注記のないものはフランス語。




2.ジェルジ・リゲティ(LIGETI, György)について


1923年にハンガリーのルーマニア国境の町ディチェーセントマールトン(現ルーマニアのトゥルナヴェーニ)でハンガリー系ユダヤ人の家庭に生まれた。生後すぐにコロジュヴァール(現クルジーナポカ)に移り、同地で音楽を学び始めた。戦後はブダペスト音楽院でファルカッシュ, ヴェレシュ, ヤールダーニに師事し、1949年に卒業した後は同音楽院で和声・対位法・分析の教鞭を取るかたわら、ルーマニア民族音楽の収集を行った。

戦前・戦中のハンガリーはナチスドイツの同盟国で、新ウィーン楽派などの「退廃音楽」は禁止されていたし、戦後成立したスターリニスト政権も、同時代の西側の音楽はもちろん、新ウィーン楽派やストラヴィンスキーの作品すら聴くことを許さず、コダーイとバルトークが《現代音楽》のすべてだった。30歳過ぎまでの彼にとっての「前衛」は、バルトークの音楽から間接的に聴こえてくるものだけだったわけだが、このような状況下で当局と闘いながら書かれた実験的な作品は、彼の創意のみから生まれてきた音楽であり、現在に至る本質的な部分は、この時期の代表作に内包されている。「ムジカ・リチェルカータ」は、第1曲はオクターブ内の2音のみ・第2曲は3音のみ....で書かれ、最後の第11曲ではじめて12音全てを用いるという、まず最初に状況を設定してから、その可能性を客観的なアプローチで引き出していくという作曲姿勢が、明瞭な形で表れている。

また、非常に限定された素材を組織化する過程で、ミニマル音楽に近い響きが生まれている。一方、「弦楽四重奏曲第1番」には、この編成のポリフォニックな可能性を追求した息の長い持続と、アイロニカルな表現への関心という、彼の音楽の本質的特徴が表れている(これらは、バルトークの音楽の特質でもある)。彼は、30歳を迎えてようやく自らの音楽を見出したわけだが、同世代のブーレーズやシュトックハウゼンが音楽を本格的に学び始めてからわずか数年で指導的立場に立っていたのとは対照的である。十分な時間をかけて新しい様式が血肉化するまではなかなか良い作品が書けないという「不器用さ」は、その後の彼の歩みを眺めていく際のひとつのヒントになるだろう。

1956年のハンガリー動乱に際して西側に亡命した彼は、まずセリー音楽の詳細な分析を行うが、これらの作品の論理構造と実際に認識される音のギャップに矛盾を感じ、別な方向での作曲の可能性を探っていく。テープ音楽「アルティキュラツィオン」・図形楽譜を用いた「ヴォルミナ」など、この時代のヨーロッパ前衛の音楽言語を手中に収めつつ、彼がたどり着いたのは、ポリフォニーの線を半音階的に密集させて音塊のグラデーションを作り出す、《ミクロポリフォニー》と呼ばれる独自の書法であった。この手法による最初の作品「アパリシオン」は1960年のISCM現代音楽祭で初演され、彼は一躍国際的な名声を得た。しかし、この書法が一応の完成を見るのは、後に『2001年宇宙の旅』で《モノリスのテーマ》として用いられた「レクイエム」あたりで、音楽としてのピークは、1960年代後半に書かれた「ロンターノ」や「弦楽四重奏曲第2番」を待たなければならない。このあたりにも、マイペースでじっくりと成熟を待つ彼の創作姿勢が表れている。一方、アイロニカルな表現への関心は、「アヴァンチュール」「新アヴァンチュール」における声やメロディの扱いに、より直接的には、100台のメトロノームのための「ポエム・サンフォニック」のようなコンセプチュアルな作品に表れている。

ミニマル音楽的な要素は彼の中には早くからあったが、実際に音楽の潮流として生じてきたライヒやライリーらの作品に接して、彼の音楽は変化し始めた。「連続体」「流れ」など、『点描的/格子状音楽』と呼ばれる作品群には直接的な影響が見られる。「室内協奏曲」などでも、ポリフォニーの線の堆積は全音階的で見通しのよいものとなり、さらに「メロディエン」からは、調性的な旋律が用いられるようになる。このような傾向の頂点をなす作品が、ライヒとライリーの名を冠した楽章を持つ「記念碑・自画像・運動」である。しかし、この作品でも、クライマックスは2台ピアノが6声ポリフォニーを織りなす終曲にあり、ブダペスト音楽院で対位法の教鞭を取って以来、様式はさまざまに変化しても、彼の音楽の根本は変わらなかったとも言える。その一方で、彼が一貫して持ち続けてきたアイロニカルな視点がポストモダンの時代思潮と結びついて、オペラ「大いなる死者」が生まれた。荒唐無稽なストーリーを言葉遊びにあふれた台詞とスペクタクルの連続で繋いだ舞台は、エンターテインメントとしても楽しめるものだが、彼の意図は、オペラの制度へのアンチテーゼとして1960年代にさかんに作られたアンチ・オペラ(カーゲルの「国立劇場」に代表される、ストーリー性を排除した舞台作品)が新たな制度となってしまった状況を風刺する《アンチ・アンチ・オペラ》の創造にあった。このように、同時代の音楽状況に敏感に反応していこうとする姿勢は、新ロマン主義の風潮を意識して多様式書法で書かン三重奏曲」まで続いている。だが、ミニマル期以降の彼の歩みは、それまでとは違って時代の後追いにすぎないことは否定できず、音楽的密度も1960年代後半の諸作品とは比べるべくもない。もちろん、この問題点は彼自身が最も切実に感じていたはずで、「大いなる死者」以降は作曲のペースが急激に落ちている。

彼がナンカロウの自動ピアノのための作品に出会ったのは、まさにこの時期だった。対位法を創作の基盤に置く彼はたちまちこの音楽に強く惹かれ、「アイヴズとウェーベルン以来の、20世紀の音楽における最大の発見のひとつ」と激賞した。その影響は、異なったリズムを複雑に重ね合わせる試みとして、「ホルン三重奏曲」にすでに表れている。だがこれは、「ムジカ・リチェルカータ」や「連続体」におけるリズムの実験の自然な発展ともみなせるもので、乾いたメロディを超スピードの無理数比で重ね合わせたカノンといった非人間的な音の動きに由来する、ナンカロウの音楽の突き抜けた面白さとは一線を画している。むしろ、直接的な影響としては、同じ時期に出会った中央アフリカの音楽の付加パルスの原理や、マンデルブロウのフラクタル幾何学のイメージの方が大きいかもしれない。ナンカロウの音楽が彼に与えたより本質的な影響は、流行をいたずらに追うよりも、自らの表現したいものを純粋に追求した音楽の方が新鮮に響くという事実を突き付けたことではないだろうか。「マジャール・エチュード」以降の彼は、再び原点に立ち返って、全音階的なテクスチュアにおけるポリフォニーの探究を開始した。もっとも、彼の不器用さは相変わらずで、この方向転換の当初は演奏の困難さばかりが目立ち、「老大家が今度は新ロマン主義から《新しい複雑性》に乗り換えた」というくらいにしか認識されていなかったようだ。彼の目指したものが最初に結実した作品が「ヴァイオリンとオーケストラのための協奏曲」であり、その後も精力的に創作を続けているリゲティは、いまや人生最高の稔りの時期を迎えている。




3.主要作品表


1946無伴奏混声合唱のための「孤独」
1948無伴奏チェロソナタ
1950弦楽四重奏のための「アンダンテとアレグレット」
1952小オーケストラのための「ルーマニア風協奏曲」
1953ピアノ独奏のための「ムジカ・リチェルカータ」
管楽五重奏のための6つのバガテル
無伴奏混声合唱のための「パパイネ」
1954弦楽四重奏曲第1番「夜の変容」
1955無伴奏混声合唱のための「夜・朝」
1957テープ音楽「グリッサンディ」
1958テープ音楽「アルティキュラツィオン」
1959オーケストラのための「アパリシオン」
1961大オーケストラのための「アトモスフェール」
室内オーケストラのための「断章」
1962オルガンのための「ヴォルミナ」
100台のメトロノームのための「ポエム・サンフォニック」
3人の声と7楽器のための「アヴァンチュール」
19653人の声と7楽器のための「新アヴァンチュール」
2人の独唱・混声合唱・大オーケストラのための「レクイエム」
1966無伴奏混声合唱のための「永遠の光」
チェロとオーケストラのための協奏曲
アヴァンチュールと新アヴァンチュール(シアターピース版)
1967大オーケストラのための「ロンターノ」
オルガンのための練習曲第1番「ハーモニー」
1968弦楽四重奏曲第2番
管楽五重奏のための10の小品
チェンバロ独奏のための「連続体」
1969弦楽オーケストラのための「分岐」
オルガンのための練習曲第2番「流れ」
197013楽器のための「室内協奏曲」
1971オーケストラのための「メロディエン」
1972フルート・オーボエとオーケストラのための「二重協奏曲」
1973女声合唱とオーケストラのための「時計と雲」
1974オーケストラのための「サンフランシスコ・ポリフォニー」
19762台ピアノのための「記念碑・自画像・運動」
1人の俳優とテープ音楽のためのモノドラマ「ロンド」
1977オペラ「大いなる死者」
19784人の独唱・混声合唱・オーケストラのための「大いなる死者−情景と間奏曲」(組曲版)
チェンバロ独奏のための「ハンガリー風パッサカリア」
チェンバロ独奏のための「ハンガリアン・ロック」
1982ヴァイオリン・ホルン・ピアノのための三重奏曲
無伴奏混声合唱のための「ヘルダーリンの詩による3つのファンタジー」
1983無伴奏混声合唱のための「マジャール・エチュード」
1985ピアノ独奏のための「練習曲集第1巻」
1988ピアノとオーケストラのための協奏曲
トランペットとピアノのための「死者の謎」(エルガー・ハワース編)
1992ヴァイオリンとオーケストラのための協奏曲
1993男声6重唱のための「ナンセンス・マドリガルズ」
1994無伴奏ヴィオラソナタ
ピアノ独奏のための「練習曲集第2巻」
1995ピアノ独奏のための「白の上の白」(練習曲集第3巻第1曲)






Back to
discussion (2)
Back to discussion (1)
Back to okuzashiki top
Back to index.htm