No. 7 : Wand conducts Brahms #1 - 3



09026 68888/9 Brahms : Symphonies No.1, 2 & 3
(BMG 09026 68888/9)
1. Synfonie Nr.1 c-moll op.68
2. Synfonie Nr.2 D-Dur op.73
3. Synfonie Nr.3 F-Dur op.92

NDR-Sinfonieorchester
Günter Wand (dir)





発言者 : 佐々木(モデレータ)、斉諧生、鈴木、野々村、工藤、山下、浮月斎



佐々木 ヴァントのブラームス、基調報告をいたします。このアルバムはライナーによると、当初は全4曲を収録しブラームスの没後100年にあわせて発売する予定だったのが、ヴァントの健康上の理由から4番の録音が遅れ、とりあえず年内に収録済みの3曲のみ発売となったとのことです。

ヴァントの新盤を聴いてまず印象を受けることは、「アクセントを強調した丁寧なフレージング」「禁欲的な引き締ったテンポ」の2つで、この特徴が、音楽の迫力と、物足りなさとの両面につながっていると思います。

もっとも面白いのは第1番で、まず、序奏のはじまりの速さには驚かされます。(こんなに速いのはトスカニーニくらい)ティンパニが全体を見事に引き締めておりかなり硬派な反面、例えば第1楽章の序奏や第2主題での木管ではさらに潤いが欲しい感じを受けます。とにかく素晴らしいのは第1番の第4楽章序奏が終わり、主部に入ってから俄然活気づき、第1主題の提示後、音楽が熱気をおびていくろころのアッチェランドの迫力、第2主題のVnとObのインテンポの運びも素晴らしいし、再現部でのテンポの落し方といい、コーダに入るところの重厚な表現といい、圧巻。このアルバムはすべてライヴ録音ですがこれを実演で聴いたらさぞかし凄い迫力だったでしょう。

第2番、第3番は私の苦手とするところであまり聴き込めていないのですが、基本ラインは1番と同じ。引き締った意志的な音楽でとても、85歳の老人とは思えません。フレージングはくっきり、テンポの変動はつねに意志的であり、有名な3番のアレグレット楽章など甘すぎず、実に良い雰囲気です。逆に色気が無いなぁという印象を受けるところも散見しますけれどこの辺りは好みの問題かもしれません。欲を言えばBPOとの録音で聴きたかったなあというのが正直なところですが、トータルではたいへん興味深い、魅力あるアルバムと思います。

山下 みなさんが発言された後に、私も発言しようと思っていましたが、御意見が出尽くした後では、言うことがなくなりそうですので(^_^;;。

ヴァントのブラームスは、かなり以前に購入していたため、その時聴いた印象とここ数日聴き直してみた印象がかなり違ったものになりました。普段、あまり耳にしたことがない曲の場合は、とりあえず森を見て木を見るという感じの聴き方をしますが、この曲の場合にはいきなり細部を気にしてしまった感があります。曲に対して持っていた先入観と違う部分が際だってしまった感じです。最初に聴いたときには、第1楽章の出だしの速めのテンポ設定や荒々しい演奏に引きつけられました。また、、第4楽章のだいたい6:00以降の躍動感のある展開が、今まで耳にした演奏と違い、新鮮さを感じました。逆に、ここ数日全体を通して聴いてみると、第2楽章の弦とオーボエの掛け合いの美しさも印象に残りましたが、第3楽章の抑制されすぎた表現が物足りないように感じてきました。うまい言葉が思いつかないのですが、楽章ごとのコントラストを意識しすぎておいしいところ?(第1・4楽章)が目立つように、それ以外を穏やかな表現...というより、平面的?にしすぎたように思えます。木々を見ているうちは良かったが、森を見たら少しがっかりしたという演奏でした。

といったことを感じていましたが、佐々木さんが書かれている『「アクセントを強調した丁寧なフレージング」「禁欲的な引き締ったテンポ」の2つで、この特徴が、音楽の迫力と、物足りなさとの両面につながっていると思います』と同じようなことを感じていました。部分的にはとても魅力的だと思いますが、全体的には少し、もの足りない感じです。

第2番、第3番は第1番ほど際だった特徴を感じませんでした。音量的に、出るところが出ていないのがヴァントの意図なのか録音のためなのかよくわかりませんが、第1番と比較してみるとダイナミクスにかける感じです。重厚なカラヤンの88年の録音と比較して、特にそういった印象を受けました。

野々村 第1番の冒頭を聴いた時から、耳が洗われる思いだった。ブラームスのオーケストラ作品は、本当はこういう響きだったのかと。私がこれまで聴いてきた演奏は、分厚い弦楽合奏に他の楽器がマスクされて、野暮ったい旋律の果てしない繰り返しを聴かされるだけの退屈極まりないものだったが、この録音では、全てがはっきり聴こえる。弦楽合奏が朗々と主題を歌う時のベースラインも、トゥッティでの管の精妙な音色配分も。

このバランスの前提に、北ドイツ放響の薄い響きがあることは確かだが、精緻な対位法的構成がブラームスの音楽の本質だと見抜き、それを強調する解釈を打ち出したヴァントを、まずは称えるべきだろう。これなら、晩年の室内楽やピアノ曲と同じ作曲家の作品だと納得できる。

どの作品の演奏も、従来の録音にありがちな鈍重さのかけらもない溌剌としたものだったが、中でも素晴らしかったのが第1番で、颯爽と駆け抜ける楽章とじっくり歌う楽章の対比をくっきり取ったメリハリのある解釈で、近来ない興奮を味わった。これと比べると、第2番と第3番はさらりと流れてしまったという印象だが、どちらも室内楽的なアンサンブルを聴かせる作品であり、オケの能力とライブ録音という状況の限界が出てしまったのかもしれない。とはいえ、いずれの録音も、私がこれまでブラームスのオーケストラ作品に抱いてきたネガティブなイメージを一掃するもので、今後の第4番と協奏曲の録音が楽しみである。

斉諧生 まず2・3番から聴きました。一言で評価すれば、「モダンで緻密なドイツ風の好演」というところです。

音楽の運びはドイツの伝統に忠実で、いかにも巨匠風のテンポの粘りや金管の強奏は避け、弦の泣き節や木管のメロディの強調を排し、ブラームスの書き込んだ対位法や内声部・低弦の動きをちゃんと鳴らしているところが、いかにもヴァントらしく、好感が持てました。オーケストラにもヴァントの目が行き届いており、気の抜けたような音は、まったく出していないようです。強いて難点を挙げれば、年齢のせいか、少々、リズムが重く感じられることでしょうか。また、これらの曲では、もう少し効果を狙った聴かせる工夫があってもよいのでは、と思います。外連味たっぷりのクナの3番あたりの聴きすぎかもしれませんが。

1番の演奏は、3つの中ではベストだろうと思います。冒頭のテンポが早目で、主部に入って遅くなるくらいに感じられるのは、ヴァントのこれまでの録音(82年の北ドイツ放送響スタジオ録音、89年のシカゴ響ライヴ録音)と同じですが、ティンパニの堂々とした鳴り方は、今回が随一。やや腰の重いリズムが、この曲ではあまり難点に感じられません。ほどほどの粘りと、ほどほどの素っ気なさが心地好く、決め所ではしっかり決めてくれます。2楽章のオーボエや独奏ヴァイオリンの音色も美しく、オーケストラの出来もこの曲が一番かと思います(もちろん各曲ともライヴ的な傷はありますが)。

4楽章のアニマートでテンポを上げるところは好悪が分れるでしょうが、これも前2回の録音で同様の処理をしていたので、予想はしておりました。別なドイツ人指揮者でも聴いたことがあります。誰だったか...?

とはいえ、表情は今回の演奏が最も徹底されており、ティンパニの最強打と頭の音の思い切った粘りは、極めて新鮮な驚きを与えてくれます。最も感銘を受けたのは第1主題が再現するところ(185小節)のテンポの良さです。指揮者ごとにいろんな設定の仕方があるでしょうが、この広々とした足どりを聴くと、これ以外にないような気がしてきます。最後の減速とアッチェランドは無くてもよかったかもしれませんが、大きな満足をもって聴き終えることが出来ました。

浮月斎 実は私はヴァントはまともに初めて聴いた次第。かなり古風でごついどっしりしたブラームスを期待していたのですが、かなり面白い裏切られ方をしました。総じて、実に響きが明快。低弦をベースにしたピラミッド・バランスがしっかりしていますが、さりとて重厚すぎもせず、中声部の扱いが見事で、旋律線の掛け合いのフォーカスが甘くなく、どちらかというと非常にモダーンで精緻な演奏と思いました。全体的にアウフタクトがあまり強調されず、表現もミディアム、逞しい推進性ともやや離れたしなやかな感触にヴァントの年齢を疑いましたが。そういう意味では、巨匠的というより現代あるべきブラームスの名演と言いたいところですが、残念ながら2番の表情の彫りは物足りないところです。

やはり特徴的に耳をひいたのは第1番。私もこの中ではこの出来が最もいいと感じました。まず、特に緩急の差をこれだけ激しくしながらも劇的性を強く狙うどころか、ブラームスの古典様式感みたいなものが素直に出ている。個人的には特にティンパニの吠え方がたまらない。第1楽章の冒頭は速いですが、むしろ清々しい味わい。2・3楽章の木管の清廉な歌はいいですが、表現の彫りが浅いのがイマイチ。第4楽章のコンブリオからアニマートへのダッシュは驚いたものの納得、185小節目のコンブリオ回帰は、減速はともかく、最初より歌い込みを強調しているのですが、私はもっとさらりとやってほしかったなぁ。ここは斉諧生さんと好みが違いますね。で、こういうテンポの取り方だと最後のピウ・アレグロはサクサク飛ばすかと思えば、堂々とやっちゃうのがヴァントというところなのでしょうか。これは大変優れた演奏だと思います。

第2番。第1番のようにさぞかし彫りの深いテンポの取り方と思いきや、かなり正攻法なテンポと柔和な味わいですが、さりとてモントゥ&LSOのような芸の域とは違い、ちょっと正直すぎる感でした。第2楽章などもうすこし表情が深く濃くともいいんじゃないかな。第4楽章ですが、ここからクレシェンドとはいえ51小節め、それから307小節にかかるアウフタクトで音量を落とすのが気に入りません(時々そういう演奏はありますが、私は嫌いです)。また木管の歌をとり過ぎるともたつき気味。

第3番も総じて味わいはいいのですが、全般的に印象に薄いという感じ。澄明な明るさはいいのですが、2番ほど深々とした柔らかさは追求していない割に、渋味の深い味わいもあまりなく、第1楽章などもう少しティンパニがほしかったですね。ただ、この曲が最もNDRの低弦の深い響きが一番よく味わえたかな。これも全体的に歌に引き摺られるとテンポがややもたつく感じですね。全体に緩徐楽章に心動かされるものが薄い印象がありますが、1番のできばえからだと4番はホットな名演期待できそうですね。

鈴木 小生、みなさんご承知のように腐るほどブラームスを聞いてきたのですが、ブラームスの交響曲は4>3>2>1の順に好きで、ヴァントの演奏は、1>3>2の順番で聞きました。第1番に納得できなかったから、じゃ次は好きな3番2番という順で、4番がないのは残念!悪い演奏ではありません。なかなか、優れた演奏だと思うのですが、ちょっと薄味(^^;。耳をそばだてて聞くというより、聞き飛ばしに近い状態になってしまっています。音楽が流れて行っちゃう。
ヴァントはたまに「スケールの大きななんちゃらの演奏」という評論に出くわすことがありますが、そうかいな?と首をかしげることがあります。そんなにスケールの大きな音楽を形成する指揮者ではなく、スケールの大きさを犠牲にしても、音楽の全体的な構造を聞かせてくれる指揮者だと思っています。

ブラームスの第1番の出だしですが、ヴァントは何故こんなに速いんだろうと感じてしまいました。ちょっと、小生の好む演奏のタイプからはずれています。これは趣味の問題になるでしょうが、疾風怒濤のようなスピードよりも、もうちょっとゆっくり目に開始して欲しい(^^;。例えれば、「ゴジラ対デストロイヤー」のゴジラではなく、旧版の「モスラ対ゴジラ」のゴジラであってほしいという訳の分からない表現になったりして(^^;;;;。ま、ヴァントは「そんなにトロトロやってられるか」と考えているのかも知れませんが。ゆっくりやると全体的な構成として、長尺の演奏になって、構造感が出にくいからかも知れません。
でも、歌わないブラームスは、ちょっとつらい。第3番と第2番は、聞き流してしまいました。第2番でのテンポの揺れは、もうちょっと揺さぶってもと思います。ただ、ヴァントはモーツァルトでもベートーヴェンでもブルックナーでも響きが均質で、恐らくそういうことに興味がない指揮者だと思うのですが(じゃそのベクトルがなんだか分からない)、テンペラメントに欠けた指揮ではないかと感じてしまいました。で、3回目全曲聞いているところですが、どんどん味が薄くなっちゃう(^^;。同じドイツの指揮者でもクナやシューリヒトとはまるで異なりますね。演奏としては、非の付け所がないくらいに充実しているのだけど、その先がないと言う感じです。また、何度でも聞きますが、今は、ちょっと否定的にならざるを得ません。

工藤 スコア無しを前提として感想を書きます。僕は番号順に聴きました。ヴァントの演奏は、バックハウスのシューマンの伴奏くらいしか持っていませんし、北ドイツ放送響との関係についても知りません。
全般的な印象としては、基本的にインテンポを貫きながら、縦の線をきっちりと合わせることでオケの一体感を醸し出している清潔な演奏、であるように思われました。特に和声のバランスは素晴らしく、非常に澄んだ響きが心地よかったです。ただ、これはオケの管パートの弱さと表裏一体であり、特にフルートの弱さが致命的になっている部分も散見されました。弦の内声パートがしっかりしているだけに、これは大変残念なことだと思います。また、どの曲のどの楽章をとっても色彩感に不足する結果も、この管パートの実力に起因すると思われます。クラリネット、ファゴットのシンセサイザーみたいな音色、強奏時に品がなくなるホルン、音程の安定しないオーボエ…。それにフルートとトランペットが精彩を欠いていることは、華やかさが要求される部分での物足りなさの大きな原因になっています。これがヴァントの望んでいることなのかどうかは判断しかねますが、僕にとっては非常に大きなマイナスポイントでした。この色合いのなさは、特にスケルツォ楽章で主部とトリオの性格の違いがはっきりしない結果を生み出しています。あと、律義にフレージングをし過ぎているためか、旋律が窮屈になってしまう箇所が多いことも僕の趣味とは違います。何せ、バルビローリの全集が一番気に入っている人ですから(^^)。

さて、曲毎の感想ですが、一番良い演奏だと思われたのは1番でした。テンポの動かし方が堂に入っていることからも、指揮者とオケとの呼吸が良く合っていることが分かります。ハーモニーのバランスも、この曲が一番整っているようです。また、上記の弱点が目立ちにくい曲であることも成功の原因かと思われます。4楽章のテンポについては、スコアに“animato”、“largamente”とある指示を忠実に守っているようですが、特に不自然さもなく、気持ち良く曲の最後まで聴き通すことができました。

2番は、まったく気に入りませんでした。この曲はヴァントの様式では魅力を発揮しきれないのではないかと思います。特に1楽章の第2主題でのフレージングは、例えばクライバーのそれと比較するとあまりに窮屈過ぎます。また、3曲の中では一番管と弦との対比みたいなものが面白い曲だけに、オケの技量も足りません。

ヴァント自身が曲を一番手中に収めている、といった印象を受けたのが3番です。その結果、地味な曲がまさに“地味に”再現されています(決して否定的な意味ではありません)。オケが表現しきれていない部分もありますが、この曲が一番安心して聴き通すことができました。

ということで、1、3番は結構満足して聴きました。ケチばかりつけましたが、十分「推薦」には値すると思います。ただ、2番はちょっと…。ということで、今後発売が予定されている4番は、1、3番的なものだけではなく、2番的な側面も持ち合わせた曲ですので、その兼ね合いがどのように取られているかに興味があります。

斉諧生 7人のコメントが出揃いましたので、とりあえず思いついたことを。

山下 第4楽章のだいたい6:00以降の躍動感のある展開
これはどのあたりでしょう??

浮月斎 第2番。...第4楽章ですが、ここからクレシェンドとはいえ、51小節め、それから307小節にかかるアウフタクトで音量を落とすのが気に入りません(時々そういう演奏はありますが、私は嫌いです)。
これは私も気になりました。朝比奈さんも、東条さんか金子さんとのインタビュー本で、ベートーヴェン演奏についてではありましたが、同様の御見解でした。総じて、ヴァントは細かなクレッシェンド・デクレッシェンドにも敏感に反応していましたが、緻密といえば緻密だし、煩瑣といえば煩瑣かな、と思った次第です。

浮月斎 (第2番)木管の歌をとり過ぎるともたつき気味。(第3番)全体的に歌に引き摺られるとテンポがややもたつく感じですね。
聴き直すつもりなのですが、具体的な箇所を御教示いただければ。

鈴木 ヴァントはたまに「スケールの大きななんちゃらの演奏」という評論に出くわすことがありますが、そうかいな?と首をかしげることがあります。
同感です。タイトに締め上げるタイプですよね。

鈴木 ブラームスの第1番の出だしですが、ヴァントは何故こんなに速いんだろうと感じてしまいました。
私自身の好みとしては、あそこを陰々滅々とやられるのは苦手でして、あのように快調にビシビシやってもらうと溜飲が下がります(^^)。想像するに、「"Un poco sostenuto"は速度に関する指示ではない。したがって、序奏と主部は基本的に同一テンポで演奏すべきである」というようなことではないでしょうか?

鈴木 例えれば、「ゴジラ対デストロイヤー」のゴジラではなく、旧版の「モスラ対ゴジラ」のゴジラであってほしい。
ここで'54年版「ゴジラ」を引用なさらないのは、あれではあまりにゆっくり過ぎるからでしょうか? :-)[そもそも顔を見せるまでに半分くらい過ぎている。(^^;;;;]

工藤 地味な曲がまさに“地味に”再現されています(決して否定的な意味ではありません)。
終結は地味ですが、けっこう派手にガンガンくる曲ではないかと思います。クナと朝比奈の聴きすぎかなぁ...(^^;。

佐々木 ヴァントのブラームス、一応皆さんの御意見出揃いましたが、今のところ、
  • 「1番」が最も優れているというのはほぼ(鈴木さん以外)共通、
  • 「2番」については否定的な意見もあり意見分かれ、
  • 「3番」はどちらかと言えば好意的な評価の方が多い
といった感じでしょうか。
  • 好意的意見→野々村さん・私
  • ものによっては評価→浮月斎さん・斉諧生さん
  • どちらかというと物足りない→鈴木さん・山下さん・工藤さん
と、今回は皆さんの好みがよく出て面白いなぁと思いながら御意見読ませていただきました。

工藤 また、どの曲のどの楽章をとっても色彩感に不足する結果も、この管パートの実力に起因すると思われます。
ヴァントがそういう指示をしているのかと思って聴いていましたが、確かに管は魅力に欠けますよね。

工藤 あと、律義にフレージングをし過ぎているためか、旋律が窮屈になってしまう箇所が多いことも僕の趣味とは違います。
これは、私には逆に新鮮に思われました。

斉諧生 (第1番の第4楽章について)最も感銘を受けたのは第1主題が再現するところ(185小節)のテンポの良さです。指揮者ごとにいろんな設定の仕方があるでしょうが、この広々とした足どりを聴くと、これ以外にないような気がしてきます。
同感です。ここは私も素晴らしいなと思いました。

鈴木 ブラームスの第1番の出だしですが、ヴァントは何故こんなに速いんだろうと感じてしまいました。
斉諧生 私自身の好みとしては、あそこを陰々滅々とやられるのは苦手でして、あのように快調にビシビシやってもらうと溜飲が下がります。(^^)
ここは意見が分かれていますね。私の場合、こんなに速くなくてもとは思いますが、違和感を感じることはありませんでした。2番、3番については、私も皆さんの御意見参考に、ゆっくり聞き直してみようと思います。

野々村 私の発言は、「これまでにちょろっと聴いた、ベーム、バーンスタイン、小沢あたりの演奏よりはずっと面白かった」というだけの内容でして、もっと色々と聴き始めると、不満が出てくる可能性は十分あるわけです。これでようやくスタートラインに立ったという程度。

佐々木 「1番」が最も優れているというのはほぼ(鈴木さん以外)共通、「2番」については否定的な意見もあり意見分かれ、「3番」はどちらかと言えば好意的な評価の方が多いといった感じでしょうか。
鈴木さんも「それでも1番には何か言いたくなる程度のものは感じられる」ということで、順序付けは同じなのではないかしら。というわけで、今回も趣味を除いて非常によく一致したと言えるのではないかと。私は2、3番の突っ込んだ評価はパスしましたが、3番よりも2番の方がより心惹かれる箇所が少なかったです。

佐々木 
  • 好意的意見→野々村さん・私
  • ものによっては評価→浮月斎さん・斉諧生さん
  • どちらかというと物足りない→鈴木さん・山下さん・工藤さん

私の印象とはかなり違いますね。
  • 3曲通じて肯定的→佐々木さん・斉諧生さん・野々村
  • ある曲には肯定的→浮月斎さん・工藤さん
  • 3曲通じて否定的→鈴木さん・山下さん
という風に、私は読みましたが。

鈴木 ブラームスの第1番の出だしですが、ヴァントは何故こんなに速いんだろうと感じてしまいました。
斉諧生 私自身の好みとしては、あそこを陰々滅々とやられるのは苦手でして、あのように快調にビシビシやってもらうと溜飲が下がります。(^^)
佐々木 ここは意見が分かれていますね。私の場合、こんなに速くなくてもとは思いますが違和感を感じることはありませんでした。
私も、斉諧生さん同様、この快速テンポが好きなんです。ヘンツェ『トリスタン』(1973)には、トリスタン和音をソロピアノが楚々と弾いていると、突然ブラ1の冒頭が陰々滅々と鳴り始めて全てを暴力的にぶち壊す、という箇所がありまして、大いに共感していたのですが、このテンポなら、その「イヤな感じ」がないので楽しめます。

鈴木 鈴木 ヴァントはたまに「スケールの大きななんちゃらの演奏」という評論に出くわすことがありますが、そうかいな?と首をかしげることがあります。
斉諧生 同感です。タイトに締め上げるタイプですよね。
そう思います。ドイツの指揮者の中では、ハンガリー系の指揮者に近いですね。ただ、ヴァントは年取ったから天然記念物みたいな評価(我が、朝比奈氏もそうですが^ ^)になっていると思うんです。どちらかというとマニアックな指揮者で、本来は一般受けする指揮者ではないと感じます。

鈴木 例えれば、「ゴジラ対デストロイヤー」のゴジラではなく、旧版の「モスラ対ゴジラ」のゴジラであってほしい。
斉諧生 ここで'54年版「ゴジラ」を引用なさらないのは、あれではあまりにゆっくり過ぎるからでしょうか? :-)
もう、おっしゃられる通りです。54年ゴジラじゃモタモタし過ぎ。もう少し速いのがいいけど、ちょっと疲れちゃったゴジラがサイコー(^o^)。

斉諧生 私自身の好みとしては、あそこを陰々滅々とやられるのは苦手でして、あのように快調にビシビシやってもらうと溜飲が下がります。(^^)
佐々木 ここは意見が分かれていますね。私の場合、こんなに速くなくてもとは思いますが、違和感を感じることはありませんでした。
曲の持つイメージのインプリンティングがあると思います。他の味付けの濃い演奏を聞いていると、ヴァントのベクトルは別ですので、どうしても薄味に聞こえてしまいます。

山下 感じていたことをうまく言い表せないなぁと思っていましたが、みなさんのコメントを読んでみて、随分クリアになりました。

山下 第4楽章のだいたい6:00以降の躍動感のある展開
斉諧生 これはどのあたりでしょう??
スコアを持っていませんので、的確に表現できないのですが、演奏時間で、6:00-11:00ぐらいの部分です。アダージョ→ピウ・アンダンテ→アレグロの流れで、全体的に速めのテンポですが、インプリントされている展開とアレグロの部分がいい意味で異質な感じで、躍動しているように思えました。おそらく、浮月斎さんが書かれている『第4楽章のコンブリオからアニマートへのダッシュは驚いたものの納得、185小節目のコンブリオ回帰は、減速はともかく、最初より歌い込みを強調しているのですが...』減速する前までの部分と同じところだと思います。

最初のコメントではあまりふれませんでしたが、第2番、第3番を聴き直してみて第3番は肯定的な評価に変わってきました、第2番はやはり「薄さ」が気にかかり、好感をもてませんでした。第2番は私もバルビローリがいいと思っています。弦と管のバランスがヴァントのディスクに比べて格段によいです。

浮月斎 私はブラ2の出来如何を全集の出来如何の試金石としますので、2番のできばえがよくないとあまり歓迎しない口です。情緒も大切ですが、音力の高い演奏でないと、本当の暖かな味わいと潤いが出てきません。それに比べ第1・4番は割と速めのテンポで抉るような描き方を好みます。

斉諧生 総じて、ヴァントは細かなクレッシェンド・デクレッシェンドにも敏感に反応していましたが、緻密といえば緻密だし、煩瑣といえば煩瑣かな、と思った次第です。
どちらもスコアにはディミニエンドは書かれていないし、あそこで音量が落ちるとせっかくの高まりががっくりくるんです。

浮月斎 (第2番)木管の歌をとり過ぎるともたつき気味
これはオケの技量のせいです。もたつくというのは、特に1楽章だと木管が弦のパッセージの模倣でフレーズインしてくる際、入りを強めるのに「微妙に」テンポを落とし気味にきこえるというのが正しい書き方です。2楽章では20小節あたりのホルンと木管の掛け合いや70小節あたりの管と弦の対比。これは斉諧生さんの言うように、リズムが重いということが原因ではありますが、ソロ系以外の管の動きが息の長いフレージングを滋味深く吹こうとしすぎる力みのせいでもあります。1・4楽章では木管の歌はしみじみとフレーズインしてくるのではなく、強い音「色」でぐんと乗ってこないと柔腰過ぎます。

浮月斎 (第3番)全体的に歌に引き摺られるとテンポがややもたつく感じですね。
こちらは簡単に、1楽章中間部あたりなど。動きのあるところの低弦のタイムラグだけかもしれません。私は3番をいいと思ったことがないので、聴き方も雑になりがち。

鈴木 ブラームスの第1番の出だしですが、ヴァントは何故こんなに速いんだろうと感じてしまいました。
斉諧生 私自身の好みとしては、あそこを陰々滅々とやられるのは苦手でして、あのように快調にビシビシやってもらうと溜飲が下がります。(^^)
同感です。中声部をバシバシ歌わせてゴツゴツと進むのも嫌いではないですが。

斉諧生 想像するに「"Un poco sostenuto"は速度に関する指示ではない。したがって、序奏と主部は基本的に同一テンポで演奏すべきである」というようなことではないでしょうか?
曲解釈は避けますが、あれは主部が出来てから付加されたものという説が正しいと思うので、とすれば数々の主部主題の序奏的(走馬灯のような)きらめきが明快に聞こえれば十分だと私は思っています。そういう意味でここのヴァントの解釈はすんなり理解できます。

工藤 また、どの曲のどの楽章をとっても色彩感に不足する結果も、この管パートの実力に起因すると思われます。
佐々木 ヴァントがそういう指示をしているのかと思って聴いていましたが、確かに管は魅力に欠けますよね。
2番について言えば、弦と互角に戦っていません。3楽章110-120小節で、オーボエに負けるフルートがあるかいな(^^;。工藤さんのフルートが弱いという指摘は勿論ですが、私はクラとファゴットがかなり弱いと思いました。

工藤 あと、律義にフレージングをし過ぎているためか、旋律が窮屈になってしまう箇所が多いことも僕の趣味とは違います。
佐々木 これは、私には逆に新鮮に思われました。
いやいや、これはセルなんかの得意技ですよ(^^;。だからこういう吹かせ方をしてもうまく聞こえる木管ということは相当の実力があるということになります。勿論このNDRの話ではありませんが(^^)。

鈴木 ドイツの指揮者の中では、ハンガリー系の指揮者に近いですね。
なるほど。確かにそういう感じありますよね。でも2・3番だけ聴いたらそう思わなかったかもしれません。

佐々木 野々村 今回も趣味を除いて非常によく一致したと言えるのではないかと。
そうですね、全くそう思います。

野々村  私の印象とはかなり違いますね。
  • 3曲通じて肯定的→佐々木さん・斉諧生さん・野々村
  • ある曲には肯定的→浮月斎さん・工藤さん
  • 3曲通じて否定的→鈴木さん・山下さん
という風に、私は読みましたが。

今読み返してみましたが斉諧生さんはおっしゃる通り、肯定的な御意見ですね。工藤さんも管パートについての否定的な御意見があったので物足りない方に入れましたが確かに肯定的な御意見もありますし、野々村さんの分類の方が妥当ですねぇ。(^^ゞ

斉諧生 野々村 今回も趣味を除いて非常によく一致したと言えるのではないかと。
私もそう見ています。

佐々木 ものによっては評価→浮月斎さん・斉諧生さん
野々村 3曲通じて肯定的→佐々木さん・斉諧生さん・野々村
私に関しては、どちらも当たっています(^^;。2・3番は、音楽の作り方に対して(客観的に)肯定評価する一方、(主観的・心情的には)もひとつ魅力的な要素が乏しいなあと思っているわけです。それに加えて、ヴァントとNDR響を贔屓にしているという心情的な要素も混入しているので、どちらともとれる書き振りになっているのだと思います。





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