工藤
|
野々村 つまり、感想の違いは趣味の違いに還元できる程度に、6人の見解は似通っていたということでしょうか?
鈴木 似通っているのかなあ。
聴きとった結果は似通っていると思います。ただ、それを良いとするか悪いとするかは趣味の違いなのでしょう。ただ僕の場合には、
鈴木 ただし、18世紀オーケストラであればという注釈付きですが。
こういう前提を置きたくはない、という気持ちがありますが。それは、何よりもブリュッヘンの解釈自体が結構現代的だというところにあります。テンポだって、学究的に演奏しようとするのであれば、いくら何でもあんなに快速なものにはならないでしょう。
鈴木 『イタリア』『宗教改革』と『スコットランド』では、曲趣が大きく違いますので、
まあ、でもこれはメンデルスゾーンに限ったことではなく、ベートーヴェンやブラームスでも全く同じことが言えますよね。で、僕は全集として見た時に(1、2番は聴いていませんが)、ブリュッヘンのメンデルスゾーンに対する姿勢は適切であり、なおかつ一貫していると感じたわけです。
鈴木 という点で、このスカスカの音でもそれなりに満足しているわけです。
僕はあんまり“スカスカ”だとは思わなかったのですが。もちろんガット弦を用いているので音量的にはどうしても弱くなりますが、全体のバランスから見ればそれほど問題ないと思いました。もっとも、フルートだけは別ですが。あれはちょっと弱過ぎると思います。他の方々は、この点についてどうお感じなのでしょうか?ここが僕だけ違うようだと、「6人の見解が似通っていた」とは言えなくなってしまいますね。でも、バランスがとれていないということであれば、最近の指揮者のライブなんてほとんど金管を強奏させて強引に盛り上げているだけのことが多いので(チャイコとか、ベルリオーズとか...)、そっちの方がずっとおかしいと思いますが。
鈴木 『エロイカ』以降を余技としてやってるんなら、別にこのメンデルスゾーンに異議はない、と言うところです。
『エロイカ』以降も、本人が余技のつもりであるか否かにかかわらず、素晴らしい演奏だと思います。単なる勢いだけの熱っぽさではなく、丁寧に細部から仕上げて、全員の意識を統一した結果の熱い音楽は、使用楽器うんぬんということとは別の次元で魅力的だと思います。
|
| 鈴木 |
鈴木 ただし、18世紀オーケストラであればという注釈付きですが。
工藤 こういう前提を置きたくはない、という気持ちがありますが。(中略)テンポだって、学究的に演奏しようとするのであれば、いくら何でもあんなに快速なものにはならないでしょう。
小生、言いたかったのは、学究的な演奏(ブリュッヘンの演奏は、学究的かどうかは、小生不勉強で分かりませんが、学究的な演奏に魅力が薄いという意味であれば、工藤さんがおっしゃられるように、ブリュッヘンはそれ以上ですね(^^;)、という意味ではなく、18世紀オーケストラの楽器的、編成的な意味においてです。あれで、マーラーやってもへんてこだし、もしショスタコだったら?てな意味です。
鈴木 『イタリア』『宗教改革』と『スコットランド』では、曲趣が大きく違いますので、
工藤 まあ、でもこれはメンデルスゾーンに限ったことではなく、ベートーヴェンやブラームスでも全く同じことが言えますよね。(中略)なおかつ一貫していると感じたわけです。
そう、小生にとっても一貫して新鮮でした。ブリュッヘンは、表現意欲が恐らくものすごく強いひとだし、パッションもありあまるひとだから、それだけではない。18世紀オーケストラも、演奏水準は極めて高いし、その時々の寄せ集めにしては、すごい実力を持っている、実際、その結果である演奏も優れている。なのですが、ロマン派の作品には、18世紀オーケストラでは楽器的、編成的に表現しきれない部分があるのではということです。だから、うがちすぎかも知れませんが、曲趣として、このオケの特性としては『イタリア』で最も成功している、と感じます。『スコットランド』では、多少違和感が残る、『宗教改革』は、比較するCDが小生少なすぎて、偉そうにいえないことは自覚していますが、前にも書きましたように、コンパクトにまとまっている好演と感じた次第。
鈴木 という点で、このスカスカの音でもそれなりに満足しているわけです。
工藤 僕はあんまり“スカスカ”だとは思わなかったのですが。(中略)そっちの方がずっとおかしいと思いますが。
それは、その通りです。必然性がなくても、不自然でもとにかく盛り上げて、「ブラヴォー!」と客に言わせなければ、「面白くなかった。金返せ!」っていわれるもん、最近の(昔もそうか)演奏家はかわいそうだと思う反面、自分の確たる解釈で押し切れないのかよー!と言いたくなることもあります。
工藤 『エロイカ』以降も、本人が余技のつもりであるか否かにかかわらず、素晴らしい演奏だと思います。(中略)使用楽器うんぬんということとは別の次元で魅力的だと思います。
余技は、言い過ぎだと小生も思いますが、モーツァルト交響曲第40番と、ベートーヴェン交響曲第1番のリリースの時に、ブリュッヘンは18世紀オーケストラとの究極目標は『エロイカ』の演奏だと言っていて、このオーケストラの作品の年代的な限界を把握していたはずだと思うのです。だから、第9では違うオーケストラの力を借りてきたわけで。でも、ベートーヴェンの交響曲第1、2番の凄さと、確かに優れた演奏であることは否定しませんが第7,8番あたりの居心地の悪さを(小生にとってだけかも知れませんが)考えると、やはり、18世紀オーケストラの分水嶺は『エロイカ』かなと、感じる次第です。第7、8番だったらもっと極端なノリントンの方が小生には面白い。それが、ブリュッヘンの解釈とは別の次元で、オーケストラに力があるから、『エロイカ』より先まで行っちゃえ!というのは、ファンとしてなんだかそれでいいのかなと釈然としない気持ちを持ってしまうのです。楽器を変え、編成も変えて19世紀オーケストラが本当に実現されたら、それはそれで納得がいくのですが(あっ、それならフツーのオケじゃねえか!)。
|
| 浮月斎 |
斉諧生 温度差はある程度ありますが、基本的には肯定的な評価で共通していて、はっきりした論点が抽出しにくいですね。
私の場合、それほど肯定的ということはありません。むしろ私だけが今回、個々の曲は別として、全体的には非肯定的な見解かもしれませんね。
浮月斎 しかもどうも私には、『イタリア』とそれ以外の演奏の出来が違えてならないように思われました。
斉諧生 実は私も同感です。
私が思うに、18世紀オーケストラの成り立ちの頃から馴染んでいたよさの原型をとどめているのが『イタリア』だったということでした。言い方はよくないですが、完璧なインタープレイ集団からだんだんモダン・オケの土俵へ接近してくる中で、失ってきたものが多いかなと思っています。技術的な完璧さが増強してくればそれだけ...。いや、集中力が違うベクトルに変化していると言えますかね。メンデルスゾーンのシンフォニイの作曲年代との連関させて、排列や楽器構成ということまで聴き込まなかったのですが、その観点で聴き直すと、たしかにブリュッヘンはよく考えているようです。でも『スコットランド』もそう聴くと確かに楽しいのですが、面白いけれど香りのない演奏です。
浮月斎 しかもどうも私には、『イタリア』とそれ以外の演奏の出来が違えてならないように思われました。
工藤 これにも全く異論はないのですが、『イタリア』と『スコットランド』との間には、明らかに演奏者側のスタンスの違いが聴いてとれるような気がします。
「演奏者側のスタンスの違い」はそのとおりでしょう。でもそれだけなのかどうか...。音を無心に聴くと、18世紀オケの変化それ自体もあるのかもしれないと思ってます。ただ、編成の違い、録音の違いもあるので一概に断言は出来ない訳ですが...。
工藤 前者はまだ「古楽器」寄りであるのに対し、後者はヴィヴラートの扱いなど若干の点を除いてはほぼ「モダン楽器」と同じような演奏を目指しているように感じました。(中略)むしろそのような不具合さをはっきりと出すことが、演奏者の意図ではないかとも考えられます。
これはよく理解できますが、だからこそその「不具合」を出すことで、この曲から何の魅力を引き出そうとしているのか理解できない訳です。古楽器でやるなら、もっと違う魅力的な演奏法はある筈でしょう。
工藤 もっとも、フルートだけは別ですが。あれはちょっと弱過ぎると思います。他の方々は、この点についてどうお感じなのでしょうか?ここが僕だけ違うようだと、「6人の見解が似通っていた」とは言えなくなってしまいますね。
『スコットランド』について言えばそのとおりですが、木管が引っ込んでいる録音バランスの問題もあるようです。
工藤 それは、何よりもブリュッヘンの解釈自体が結構現代的だというところにあります。テンポだって、学究的に演奏しようとするのであれば、いくら何でもあんなに快速なものにはならないでしょう。
概括すると問題になりそうですが、学究的か否かに限らず、古楽演奏は概してエッジの立った快速なものになりがちです。ブリュッヘンの妙味は、楽器演奏法の徹底した統一と素晴らしいフレージングですが、この分野まで攻め込むよりも、バロック後期以降でもっとやるべき作品は沢山あるだろうに、と苦言を申し述べたい苛立ちも私にはあります。
バッハのロ短調ミサなんてとてもよかったのに、ああいう類のものはまだまだ手付かず...。
音楽の深みでモダン・オケと同列にして考えると、『スコットランド』については鈴木さんがおっしゃるように、
鈴木 実際、その結果である演奏も優れている。なのですが、ロマン派の作品には、18世紀オーケストラでは楽器的、編成的に表現しきれない部分があるのではということです。
と私も思います。純化した音の解釈以外の旨みが焦点でしょうか。
|
| 工藤 |
鈴木 18世紀オーケストラの楽器的、編成的な意味においてです。あれで、マーラーやってもへんてこだし、もしショスタコだったら?てな意味です。
プルト数なんかから見ても、メンデルスゾーンとしてはそれほど変ではないのでは?
鈴木 ロマン派の作品には、18世紀オーケストラでは楽器的、編成的に表現しきれない部分があるのではということです。
おっしゃりたいことはよく分かります。基本的には同意見です。ただ、ひょっとしたらこれが本来の“ロマン派”の姿で、他の多くは“後期ロマン派”的な“ロマン派”なのかもしれませんね。
浮月斎 言い方はよくないですが、完璧なインタープレイ集団からだんだんモダン・オケの土俵へ接近してくる中で、失ってきたものが多いかなと思っています。
弦楽器の人数が今回くらいの規模になってくると、やはり“完璧なインタープレイ集団”という訳にはいかなくなるのでしょうね。
浮月斎 だからこそその「不具合」を出すことで、この曲から何の魅力を引き出そうとしているのか理解できない訳です。古楽器でやるなら、もっと違う魅力的な演奏法はある筈でしょう。
“魅力的な演奏法”が、メンデルスゾーンでもあるかどうかには疑問が残ります。結局のところ、古楽器オケのレパートリーとしてはこの辺りに限界があるということなのでしょうかね。シューベルトは未聴なので何とも言えませんが、ひょっとしたらシューベルトでもキツいかもしれませんね。
浮月斎 ブリュッヘンの妙味は、楽器演奏法の徹底した統一と素晴らしいフレージングですが、この分野まで攻め込むよりも、バロック後期以降でもっとやるべき作品は沢山あるだろうに、と苦言を申し述べたい苛立ちも私にはあります。
これには全く同感です。色々言ってきて最後にこんなことを言うのは問題があるかもしれませんが、メンデルスゾーンの場合、オイストラフの協奏曲のような演奏の方が僕にはしっくり来るんですよね。だから、彼等がわざわざメンデルスゾーンを取り上げるだけの必要は、本来ないと思います。僕が今回のディスクを比較的積極的に評価しているのは、楽器は従来のものを使いながらも演奏自体は意外とモダンの土俵でやっている、といった感じが他の方々よりもしっくりしたからかもしれません。
|
| 鈴木 |
工藤 プルト数なんかから見ても、メンデルスゾーンとしてはそれほど変ではないのでは?
おっしゃられるとおりです。でも違和感としては小生はクレンペラーなんかの古い録音を聴きすぎている(^^;。
工藤 おっしゃりたいことはよく分かります。基本的には同意見です。ただ、ひょっとしたらこれが本来の“ロマン派”の姿で、他の多くは“後期ロマン派”的な“ロマン派”なのかもしれませんね。
ズキッ!ズバリ言われてしまった!そうなんですよね。我々は後期ロマン派的なロマン派の演奏を求めすぎているのかも知れない。本当にその通りです。ひとりのきき手がさまざまな演奏を透過してきて、その上で期待する演奏は何か、という問題を提起してくれたような気がします。きき手の透過度の問題ということでは、これはもう一度自分の経験則を精算して聴き直すという問題提起のような気がしますね。われわれは、自分の音楽の聴き方に反省(悪い意味じゃないですよ)して、耳を常に新しくする必要性は充分あるわけです。
|
| 浮月斎 |
工藤 “魅力的な演奏法”が、メンデルスゾーンでもあるかどうかには疑問が残ります。−中略−シューベルトは未聴なので何とも言えませんがひょっとしたらシューベルトでもキツいかもしれませんね。
そう言いたいところが私の率直な気持ちです。しかし、そう言ってしまっていいものかという後ろめたさもありますが(^^;。「シューベルトでもキツい」というのも聴いていませんが、そんな気もします。
工藤 だから、彼らがわざわざメンデルスゾーンを取り上げるだけの必要は、本来ないと思います。僕が今回のディスクを比較的積極的に評価しているのは、楽器は従来のものを使いながらも演奏自体は意外とモダンの土俵でやっている、といった感じが他の方々よりもしっくりしたからかもしれません。
いや、ホントに。それはそのとおりですよね。いろいろ考えるに、本当は先からの工藤さんの感想が私なんかも全くうなずけるし、かなり細かく聴いていらっしゃるなぁと思っていました。ただ、私の回答は結局、「何でメンデルスゾーンなの?」という答えがどうも出てこない、そこに今回はしつこく拘泥しているだけかもしれません。しかし、どうも「結果」として何をこの指揮者と楽団に求めるかという問いにこそ辿り着く訳ですね。ということは私は彼等にまるきりこの分野を求めていなかったということになるのかなぁ...
|
| 工藤 |
浮月斎 ただ、私の回答は結局、「何でメンデルスゾーンなの?」という答えがどうも出てこない、そこに今回はしつこく拘泥しているだけかもしれません。
十分に良い演奏であることは認めながらも、彼らがメンデルスゾーンに手を伸ばした理由は今一つはっきりしませんね。少なくとも演奏を聴く限りではよくわからない。
|
| 斉諧生 |
ブリュッヘンと18世紀オーケストラの発売された演奏曲目を録音年月順に整理してみました(別表参照)。さて、議論も、かなり煮え詰まってきましたし、そろそろブリュッヘン盤の議論をまとめていきませんか?
結局、「このコンビに、何を−どこまでのレベルを−期待するか」ということの差が、皆さんの評価の差として現れているのだと思います。私は、ブリュッヘンならばベスト・ワンを争う演奏を、という思いがあるものですから、『宗教改革』や『スコットランド』には点が辛くなります。
浮月斎 この分野まで攻め込むよりも、バロック後期以降でもっとやるべき作品は沢山あるだろうに、と苦言を申し述べたい苛立ちも私にはあります。
私は『魔笛』の全曲盤を期待していたのですが、それだけのプロジェクトは、もう無理でしょうねぇ。業界の景気も悪いそうですし。皆さんの「ブリュッヘンと18世紀オーケストラに今後録音してもらいたい曲」は、どのあたりでしょうか?
|
| 佐々木 |
斉諧生 結局、「このコンビに、何を−どこまでのレベルを−期待するか」ということの差が、皆さんの評価の差として現れているのだと思います。私は、ブリュッヘンならばベスト・ワンを争う演奏を、という思いがあるものですから、『宗教改革』や『スコットランド』には点が辛くなります。
皆さんのコメントをもういちど読んで今日聴き返してみました。順番をつけるとすれば、『イタリア』→『宗教改革』→『スコットランド』となって、『スコットランド』は確かに曲の趣とは違うのかなとは思いますが、これも聴いていてとても魅力的ですし、これだけのアンサンブルはそうそう聴けるものじゃないんじゃないかなと私は思うのですが...。
浮月斎さんや斉諧生さんが『宗教改革』や『スコットランド』に点が辛いのはこのコンビのこれまでの演奏の内容を踏まえた上での話だという事でこれまでの演奏を是非聴いてみないとと思っています。
斉諧生 皆さんの「ブリュッヘンと18世紀オーケストラに今後録音してもらいたい曲」は、どのあたりでしょうか?
前述のとおり、このコンビは殆ど聴いていないのでこれまで出ているハイドンやシューベルトなどをまず聴いてみたいですね。
|
| 浮月斎 |
斉諧生 結局、「このコンビに、何を−どこまでのレベルを−期待するか」ということの差が、皆さんの評価の差として現れているのだと思います。
私も結局それに近いのかもしれません。工藤さんも言っているように、彼等は古楽のフレームそのものから逸脱する素晴らしい力量は持っています。それは実力ともにとても評価できるのですが、何か素直ではなくなってしまったかなという感があります。
だから、工藤さん的な評価は勿論ベースなのですけれど、批判的になるひとつにブリュッヘンの存在そのものがどうなのかということがあります。もう彼はこのオケから一時離れて、モダン・オケでこういう名演をやってみたらどうだろう、アルノンクールのように...と感じている訳です。といっても、彼等が本来持っていた目標がロマン派ではなく、バロック宗教作品の緊迫感とパッションに行き着けばなぁと、そのことが返す返すも残念なのですが...。
斉諧生 皆さんの「ブリュッヘンと18世紀オーケストラに今後録音してもらいたい曲」は、どのあたりでしょうか?
端的に言うと、レザール・フロリサンとヘルヴェッヘのレパートリーに重ねた名演を期待していた感じです。
佐々木 浮月斎さんや斉諧生さんが『宗教改革』や『スコットランド』に点が辛いのはこのコンビのこれまでの演奏の内容を踏まえた上での話だという事でこれまでの演奏を是非聴いてみないとと思っています。
『宗教改革』などは作品の完成度の問題もあるでしょうけれど、ブリュッヘン節が実直に通らない世界なのかなとも思うのです。
|
| 工藤 |
斉諧生 結局、「このコンビに、何を−どこまでのレベルを−期待するか」ということの差が、皆さんの評価の差として現れているのだと思います。
そうですね。それと、僕があまり古楽器による演奏に親しんでいないということもあるかもしれません。
浮月斎 といっても、彼等が本来持っていた目標がロマン派ではなく、バロック宗教作品の緊迫感とパッションに行き着けばなぁと、そのことが返す返すも残念なのですが...
僕もまったく同感です。メンデルスゾーンも十分に興味深いのですが、でも他に聴いてみたいものがたくさんある...。
|