| 斉諧生 |
では、ブリュッヘンのメンデルスゾーンについて、「基調報告」をいたします。まず、私の評価としては、
- 『イタリア』と『フィンガルの洞窟』はベストを争う出来。
- 『宗教改革』はやや精彩を欠く。
- 『スコットランド』は古楽器でやってみたという資料的価値に留まる。
- 『静かな海と幸福な航海』については比較対象がないので、評価を保留します。
といったところです。
18世紀オーケストラがメンデルスゾーンを演奏する上で、3つの特長があります。それは、
- 軽く発音できることによる機動性の高さ
- 強奏しても喧しくならず却ってコクのある音を出す金管の活用
- 弦合奏が音響上に占める比重が低下することによるバランスの回復
です。
『イタリア』の終楽章が他盤にない熱狂を実現できたのは、1に負うところが大きいと思います。現代楽器では、もう少し遅いテンポでじっくりやるか、必死でやっている感じが出てしまって熱狂は生まれないか、どちらかになるでしょう。『スコットランド』などでも、弦楽器がちゃんと刻んでいてしかも流動感があるのは、古楽器ならではだろうと思います。
『宗教改革』では、金管の強音が濁るというか、歪みのような響きが感じられて、興を削がれました。上記2の特長が死んでしまっていたのです。そうでなければ、かなり高い評価になったと思うのですが。
在来型オーケストラでは、ホルンやトロンボーンが和音を吹くときは、全体の中に溶け込むように奏するのが常ですが、あえて表に出るように強奏するのが18世紀オーケストラ(も含め古楽器派の)特長です。彼らが京都に来演して『田園』をやったとき(2回目の来日だったと思います)、終楽章でこういう奏法が繰り返され、もう、胸が一杯になってしまいました。音色にも、いわく言い難いコクがあって、ただの和音でなくて、それ自体が讃歌のように聴こえたのです。
弦や木管もそうですが、古楽器の音色の玄妙さは、十分には録音しきれていないと思います。
『スコットランド』でも金管はどうも不調のようで、フォルテを濁していると思います。しかし、それ以上に、この曲は18世紀オーケストラに適合しないように思うのです。この曲では、むしろ在来型オーケストラ奏法で、「分厚い弦の上に管が彩りを添える」やり方が適合するのではないでしょうか。言い換えれば、上記3の特長が却って足枷になっているのです。
『宗教改革』・『イタリア』から『スコットランド』までの約10年間で、メンデルスゾーンのオーケストラ書法が変化したのか、あるいは『スコットランド』の標題性・幻想性がそうさせるのか。
かなり以前、ブリュッヘンが「レコード芸術」誌のインタビューで、「18世紀オーケストラが演奏する下限は『エロイカ』である。年代的にはそれ以降の曲でも、書法が保守的なものは、演奏できるが、そうでなければ、『19世紀オーケストラ』が必要になるだろう。逆に、ラモーは、モーツァルトやベートーヴェンを弾く楽器では演奏できない云々」との趣旨を発言していたと記憶しています。インタビューの時期は『エロイカ』が発売された頃だったと思いますが、ここで彼が言う18世紀オーケストラと「19世紀オーケストラ」の境界線が、『イタリア』と『スコットランド』の間に存するように感じられるのです。では、皆さん、いかがでしょうか。
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| 佐々木 |
さて、ブリュッヘンのメンデルスゾーンですが、二つの点でとても生々しい音楽になっている事にとても惹かれました。
一つには、音の問題、もう一つは、リズムとフレージングです。
まず音について、そもそも弦と管のバランスがモダンのオケとは全く違い、弦が少ないので管が強くよくきこえますが、管楽器が生の音でとても表情豊かに鳴るのでそれとざらりとした感じの弦の音とのきしみ具合がコクのある音を作っていて、とても魅力的です。
次に、リズムとフレージング、はっきりとしたアクセントをつけてきびきびと、弾いていくやり方も、いたく特徴的に思えました。このおかげで、ブリュッヘンの演奏にはしっかりとした輪郭が生まれてある種の品の良さ、懐の深さを感じさせるのかなと思いました。
もちろん、聴いていて弦がもっと歌って欲しいと思うところはときどきありますし、『スコットランド』については曲の趣きとオケの音が少し合っていないのかなという感じもしますが、聴いているとやはり素晴らしいし、とても面白い演奏ですね。『イタリア』と『宗教改革』については、この曲をこんなに面白く聴いたのは久しぶりで、この2枚のディスクにはとても満足しました。
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| 鈴木 |
『イタリア』から聞き始めましたが、楽器の特性とプルトの数の関係からか、もうちょっと大きめのスケール感が欲しいなと思える箇所がありますが、この演奏結構気に入っています。第2楽章、なかなか近代型オーケストラとはまた違った「歌」があって素敵ですね。終楽章もなかなか迫力があります。金管が鳴りきっていない速度ですが、逆にそれが、音楽の白熱の様を聞けるようで。ただ、シノーポリとフィルハーモニア管の初期正規録音で、暗ーい「未完成」の後、いきなり『イタリア』の明るい音色が爆発する確信犯的なCDがあり、『イタリア』というと、そのシノーポリか、トスカニーニの演奏イメージが頭の中を駆けめぐってしまうきらいがありますが。
『宗教改革』はリリースされたCDそのものが少なくて、しかも、アバドは購入していないので(マズアも録音してましたっけ?)偉そうなことは言えないのですが、トスカニーニ以来、久方ぶりに満足させてくれました。フンガロトンのフィッシャーもいいのだけど、いかんせんオーケストラが非力で。しかし、なぜクレンペラーは『宗教改革』を残してくれなかったんだろう。宗教的な問題かな?バッハのミサ曲やってんだから関係ないか。『宗教改革』はそんなにスケールの大きな曲ではないですが、もっと規模の大きなオーケストラの深々とした演奏を聞きたいとも思えますが、ブリュッヘン盤は、また違った魅力があっていいです。極端に走るトスカニーニにはない、コンパクトにきちんとまとまった『宗教改革』が聞けたと思います。
『スコットランド』はクレンペラーに正規盤、プライベート盤の素晴らしい録音があり、小生の中でそれを凌駕する演奏に出会えるとは考えにくいのですが、ブリュッヘン盤は新鮮でした。
ブリュッヘンは他の演奏でもそうなのですが、リコーダー奏者という出発点からか、アウフタクトというか、音の出だしが特徴的できちんとした呼吸が感じられる。きちんとした呼吸を感じ取ることが出来るという点では、演奏の質やあり方は全く違いますが、カラヤン以来だと思います。第1楽章や第3楽章は、もっと纏綿とやって欲しいという個人的な好みがありますが(^^;、これはこれで、なかなかです。第3楽章のティンパニの硬いマレットの音、いいですね(^^)。弦楽器がもっと歌って欲しいという箇所もありますが、それはこのオーケストラではないものねだりですね。ところで、『スコットランド』の第1楽章冒頭のメロディを聞くと、佐藤勝が作曲した黒澤明監督の「影武者」の音楽を思い描いてしまうのでした(^o^)。
管弦楽曲が2曲入っていますが、『静かな海と幸福な航海』は小生出だしが好きな曲なのですが、CDでは手元にない。演奏者も誰だったっけと思い出せないのですが、LPではけっこうこの曲を聞いた記憶があります。誰かの「メンデルスゾーン序曲&管弦楽曲集」なのですが。ベートーヴェンもカンタータで同じテーマで作曲しています。そのベートーヴェンの最も印象に残っている演奏がブーレーズで、CD化されていないのは、SONYの怠慢です。『フィンガルの洞窟』を含めて、ブリュッヘン盤はこのレパートリーでは、やはり弦楽器のヴィブラートがもう少し欲しい、金管楽器にもう少し華やかさがあればと思いますが、不足しているのはその辺だけでしょうね。でも、それは近代型オーケストラの音に毒されすぎかな。それと、作品番号を見ると、この2曲は改訂版ではない方で演奏しているようです(すみません、小生初稿版と改訂版の区別がつきません。それは専門家に)。
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| 浮月斎 |
実はメンデルスゾーンは苦手です。それで勉強もかねて聴いた感じです。感想としては、部分的にはっとさせられますが、全体的には「なるほどね」といった感じで、こりゃいいやというまでに至りませんでした。私の言いたい点は2つあります。
ひとつは、この辺まで古楽で攻め込む意義を感じるほどキャラクタリスティックなものでは思っていたほどなかったということ。この中で最もよくできていたのは、やはり『イタリア』だと思いますが、それは「動的」要素の濃いことと楽章単位でほぼ統一したダイナミクスの枠内で(最初静かでだんだん盛り上がるとかデュナーミクの交差がほとんどない)だからではないかと思います。
古楽の特性を考えると、低域をベースに和声的に悠々と推移する作品よりも、活発にフレーズの動く作品の方が適合します。またデュナーミクが物理的に拡大する様が楽器を重ねていく中で純粋に拡大するのが手に取るようにわかるというのもメリットです。そういう点で『イタリア』では奏効している反面、『宗教改革』はやはり無理があります(フレージングだけで解決できないうまみを要する作品は限界か?)。『スコットランド』は霧の晴れたようなユニックな感覚は評価しますが、この曲には音量表現の可変性が表現の彫りにつながるだけに、やはりムリがあると思いました。
『イタリア』については、ブリュッヘン盤では縦の線がきれいに揃い、結果として木管の長い動きが浮き上がるのがきれいですね。また木管の歌に弦の添えるフレーズ、あるいは第1バイオリンが他弦の動きにすっと長音をのせるところなどはとても清々しい。しかしザッツの隈取りは金管の相乗で補強されがちで、『イタリア』第1楽章の途中のように弦だけの掛け合いになると、どうも推進力が甘くなってしまう。第4楽章も、スリリングですがリズムの「ため」が弱いので、シャープではあるが奥行きある熱狂が今一つ。『スコットランド』は録音のせいもありましょうが、木管のバランスが随分引っ込んでしまい、力で押す感じにきこえます。最終部分もホルン単独ではいいのですが、フレーズのリピートで弦と融和した膨らみに至らず、ただデュナーミクが拡大しているだけですね。
ふたつめは、18世紀オケの変化。尤もメンデルスゾーンをハイドンやモーツァルトなどと比較しても仕方ないのは承知ですが、ブリュッヘンがよくやってきた緩徐楽章の丹念なフレージングが、奏者の裁量に任されはじめたのか、あのリコーダで聴けたような徹底度が幾分弱くなっているように思いました。ブリュッヘンのレーゾンデートルをここに見ていた私としては、あれ?と思わざるをえない。
しかもどうも私には、『イタリア』とそれ以外の演奏の出来が違えてならないように思われました。作品の違いがありますので一概にはそう言えないのですが、『イタリア』でのフレージングはまだブリュッヘンらしい特長が残っているのです。
それで、気がついて録音データをみて膝を打ったのですが、
『イタリア』は90年
『スコットランド』と『フィンガルの洞窟』が94年
『宗教改革』が95年
『静かな海と幸福な航海』が96年
となっています。
『イタリア』がこの中でよい出来であるのは、ブリッヘンの意志がまだ徹底できていた頃だからではないかと。メンバーもある程度入れ替わっていることもありますが、「ブリュッヘンのオケ」から「18世紀オケ」として自主独立しようとしている気概のプロセスが隠見しているように思われてなりません。私はこれをやや「残念」な見方として捉えています。
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| 野々村 |
まず最初に書いておかないといけないのは、いわゆる*クラシックファン*ではない私は、メンデルスゾーンの音楽は殆んど聴いたことがないという事実です。なにしろ、CDを買ったのはこれが初めてだし、まともに聴いたことがあるのもヴァイオリン協奏曲と無言歌集だけという惨状。このCDに収録されている作品も、全部今回が初めてです。これでもし全然気に入らなかったらどうしようかと心配していましたが、杞憂でした。近代オケの分厚い弦の響きが大嫌いな私には、古楽オケの透明な響きは元々しっくり来るのですが、このブリュッヘン/18世紀オーケストラの溌剌とした演奏には、それに留まらない魅力を感じました。
まず、3曲の交響曲ですが、それぞれの作品のオーケストラ書法の違いを明確に描き分けた解釈が印象に残ります。完成年が最も早い『宗教改革』は、管と弦がオーソドックスに溶け合ったホモフォニックな音楽で、ソツなくまとまった演奏。弦楽アンサンブルのための作品が多いことからも、メンデルスゾーンは弦が良く鳴る音楽を書く人だと思われるので、オーケストラのバランスも、このくらいが適当なのではないでしょうか。
これに対して『イタリア』は、管と弦が対位法的に絡み合う場面が多く、演奏も、両者が独立して突っ走っていて爽快です。特に終楽章の盛り上がりは凄い。ただ、この凄さは、それ以前の楽章における入念な設計の賜であることを忘れてはいけないでしょう。『宗教改革』では散見された管の乱れも皆無で、素晴らしいの一言。そして、この2曲の約10年後に書かれた『スコットランド』ですが、『イタリア』の対位法的な書法を継承して、しかし今度は管と弦が交互にスポットライトを浴びるような構成になっています。演奏への期待が膨らみますが、響きの洗練とは裏腹に、焦点の定まらない解釈という感が否めません。これが実は作品の問題なのか、はたまた古楽オケの限界なのかは、比較試聴の対象がないので何とも言えませんが、18世紀オーケストラが結成当初の意気込みを失ってマンネリ化してきたのではないことを祈ります。
残る2曲の序曲ですが、『静かな海と幸福な航海』は、ベートーヴェンの同名の傑作とどうしても比べてしまうので、素直すぎて今一つという印象です。演奏も元気は良いがそれ以上でもない、といったところ。これに対して『フィンガルの洞窟』は、祝祭的な雰囲気がまっすぐに伝わってきて、作品、演奏ともに好感が持てました。批判的なコメントも交えましたが、全体的にはメンデルスゾーンの楽天的な音楽と18世紀オーケストラの響きの相性は良く、おおいに楽しめました。レコ芸風に言えば《推薦》は確実。これならハイドンも揃えなくては。
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| 工藤 |
僕は、モーツァルトとベートーヴェンでしかブリュッヘンの演奏を聴いたことがなかったので、メンデルスゾーンも似たような感じだろうと思っていたのですが、良い意味で裏切られたような印象を受けました。
古楽器の特性でもあるのでしょうが、モーツァルト等では子音の多様さが楽しめるのに対し、メンデルスゾーンでは母音を重視した奏法をとっているように感じられます。おそらく楽器も異なったものを使っているのでしょうが、僕にとってはフルートがやや弱いかなと思う以外は全体のバランスも整っていると思われます。
ということで、全体にモダン楽器とほぼ同じ感覚で聴けました。具体的な曲に関しては、5番があまり面白くなかったことを除けば、非常に満足できました。4番は4楽章の熱狂よりもむしろ、1楽章の4拍目と6拍目を丁寧に弾くことで出てくる独特のリズム感に感心しました。3番の4楽章にも同様のことがいえますが、この曲ではむしろオーソドックスかつ丁寧に仕上げた1楽章が印象的でした。2楽章はやや単調。2曲の序曲については、比較対象がないので自信を持ってはコメントできませんが、十分に満足できる仕上がりだと思います。曲の解釈よりは、オケの技術的な側面の方により感心したというのも事実です。ピッチの正確さ、弱拍の扱いの丁寧さ、リズムの統一、デュナーミクの一致。逆説的なようですが、“18世紀”オーケストラでいかにも“20世紀”的な理想を達成している、といった感想を持ちました。
3番などではクレンペラーの名演も忘れられませんが、ブリュッヘン盤も単に古楽器を用いたというだけではない価値を持っていると思います。当然評価は「推薦」。
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| 斉諧生 |
で、ブリュッヘンのメンデルスゾーンですが、全員出揃いましたので、議論に移りたいのですが、さて困った。温度差はある程度ありますが、基本的には肯定的な評価で共通していて、はっきりした論点が抽出しにくいですね。とりあえず、2つ。
1.
浮月斎 しかもどうも私には、『イタリア』とそれ以外の演奏の出来が違えてならないように思われました。
実は私も同感です。『宗教改革』→『スコットランド』→『イタリア』という順番で進めたのですが、音に勢いというか、輝きというか、生気といえばいいのか、がある、と聴きました。他の方々は、いかがでしょうか。
2.
工藤 3番などではクレンペラーの名演も忘れられませんが、ブリュッヘン盤も単に古楽器を用いたというだけではない価値を持っていると思います。当然評価は「推薦」。
『スコットランド』については、残りの5人は、これも程度の差はありますが、演奏内容あるいは曲と古楽器オーケストラの相性等の点から、疑問視する傾向が共通していたと思います。議論を深めてみてはどうでしょうか。
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| 野々村 |
斉諧生 温度差はある程度ありますが、基本的には肯定的な評価で共通していて、はっきりした論点が抽出しにくいですね。
マークが例外だったのかも。
浮月斎 しかもどうも私には、『イタリア』とそれ以外の演奏の出来が違えてならないように思われました。
斉諧生 実は私も同感です。『宗教改革』→『スコットランド』→『イタリア』という順番で進めたのですが、音に勢いというか、輝きというか、生気といえばいいのか、がある、と聴きました。他の方々は、いかがでしょうか。
先に書いた通り、私も同感です。私はディスク収録順に、『イタリア』→『宗教改革』→『スコットランド』と聴きました。
工藤 3番などではクレンペラーの名演も忘れられませんが、ブリュッヘン盤も単に古楽器を用いたというだけではない価値を持っていると思います。当然評価は「推薦」。
斉諧生 『スコットランド』については、残りの5人は、これも程度の差はありますが、演奏内容あるいは曲と古楽器オーケストラの相性等の点から、疑問視する傾向が共通していたと思います。議論を深めてみてはどうでしょうか。
私は他の録音を知らないし、作品自体も、議論のためにわざわざ他の録音を買おうという気を起こさせるほどのものではないので、「議論を深める」のは難しいのですが、『イタリア』は明らかに輝かしく、『宗教改革』も少なくともまとまりは良かった(これを工藤さんが*あまり面白くない*と評したことはわからなくもない)のに対して、『スコットランド』には、これといったセールスポイントが見当たらなかったのですが。あとは工藤さん待ち。
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| 工藤 |
斉諧生 「スコットランド」については、残りの5人は、これも程度の差はありますが、演奏内容あるいは曲と古楽器オーケストラの相性等の点から、疑問視する傾向が共通していたと思います。議論を深めてみてはどうでしょうか。
実は、僕のコメントをポストする前に皆さんの意見も読んでしまっていたので、上記の文章は少し議論を喚起しようとする意図も含んでいました。
野々村 私は他の録音を知らないし、作品自体も、議論のためにわざわざ他の録音を買おうという気を起こさせるほどのものではないので、「議論を深める」のは難しいのですが、『イタリア』は明らかに輝かしく、『宗教改革』も少なくともまとまりは良かった(これを工藤さんが*あまり面白くない*と評したことはわからなくもない)のに対して、『スコットランド』には、これといったセールスポイントが見当たらなかったのですが。
野々村さんが“これといったセールスポイントが見当たらなかった”と評価された部分を、僕は“オーソドックス”という風に積極的に評価しているのだと思います。
浮月斎 しかもどうも私には、『イタリア』とそれ以外の演奏の出来が違えてならないように思われました。
これにも全く異論はないのですが、『イタリア』と『スコットランド』との間には、明らかに演奏者側のスタンスの違いが聴いてとれるような気がします。前者はまだ「古楽器」寄りであるのに対し、後者はヴィヴラートの扱いなど若干の点を除いてはほぼ「モダン楽器」と同じような演奏を目指しているように感じました。したがって、フォルテ時に音の濁りが感じられたり、管楽器のバランスが乱れたと感じられることは、作曲当時の楽器を使っている以上仕方のないことで、むしろそのような不具合さをはっきりと出すことが、演奏者の意図ではないかとも考えられます。
以上は「古楽器」を用いたということに重点をおいた感想なのですが、そこで述べた通り、『スコットランド』に関しては「モダン楽器」による演奏と同列に考えても良いのではないか、というのが僕の立場です。そういう立場でこの演奏を見てみると、2楽章はどう見ても平板な解釈に終始しているのが残念ですが、他の楽章では丁寧に練り込まれたアンサンブルが曲の美観を自然に表現しているように思われます。有名なクレンペラー盤は、その優れていることを大いに認めはしますが、(特に木管の)ピッチが悪過ぎて曲の美観を損なっている部分があります。ブリュッヘン盤ではそういうことはありません。
ここまで書いていて気がついたのですが、結局僕はこの演奏の技術的な部分に特に好感を抱いているようですね。今回はスコアを見ながら聴いたことも影響しているのかもしれません。また今晩聴き直してみたら感想が変わったりして(^^;。でも、この『スコットランド』の演奏で達成されている「自然さ」というものはもう少し評価されても良いのではないでしょうか。あとは、皆様のご意見をお待ちすることにします。
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| 野々村 |
工藤 野々村さんが“これといったセールスポイントが見当たらなかった”と評価された部分を、僕は“オーソドックス”という風に積極的に評価しているのだと思います。
つまり、感想の違いは趣味の違いに還元できる程度に、6人の見解は似通っていたということでしょうか?
浮月斎 しかもどうも私には、『イタリア』とそれ以外の演奏の出来が違えてならないように思われました。
工藤 これにも全く異論はないのですが、『イタリア』と『スコットランド』との間には、明らかに演奏者側のスタンスの違いが聴いてとれるような気がします。(中略)作曲当時の楽器を使っている以上仕方のないことで、むしろそのような不具合さをはっきりと出すことが、演奏者の意図ではないかとも考えられます。
果たして、『スコットランド』に1840年頃の楽器を使っているのでしょうか?また、『イタリア』だけ演奏姿勢が違うとしたら、初出時のカップリング曲の性格に引きずられているということはないのかな?
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| 工藤 |
野々村 つまり、感想の違いは趣味の違いに還元できる程度に、6人の見解は似通っていたということでしょうか?
僕はそう捉えましたが。
野々村 果たして、『スコットランド』に1840年頃の楽器を使っているのでしょうか?また、『イタリア』だけ演奏姿勢が違うとしたら、初出時のカップリング曲の性格に引きずられているということはないのかな?
以前どこかでブリュッヘンのインタビューを読んだ時には、ベートーヴェンの9曲の中でも用いる楽器は変えなければならない、と言っていました。この姿勢が変わっていない限りは、『スコットランド』の楽器はその当時のものと判断できるのではないでしょうか。それから、『イタリア』と『スコットランド』の間のタイムラグは、違う楽器を使うための準備期間とも考えられはしないでしょうか?ちなみに『イタリア』の初出時のカップリングはシューベルトの5番です。
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| 鈴木 |
野々村 つまり、感想の違いは趣味の違いに還元できる程度に、6人の見解は似通っていたということでしょうか?
似通っているのかなあ。それはどうなのか分かりませんが、『スコットランド』は小生、積極的に評価できると思いますよ。ただし、18世紀オーケストラであればという注釈付きですが。『イタリア』『宗教改革』と『スコットランド』では、曲趣が大きく違いますので、小生、18世紀オーケストラでは、この程度が妥当かなと、変な妥協をしています。「オーソドックス」とは、また意味が異なりますが、小生、この演奏には「オーソドックス」ではない部分が新鮮に聞こえたわけで(^^;。
確かに「イタリア」は好演奏だと思いますが、『宗教改革』も『スコットランド』も悪くはない。ただ、18世紀オーケストラという、本来はきわめて期間限定的なオーケストラであったはずのものが、期間延長で演奏している。しかも、ブリュッヘンの解釈もなかなか力がこもっている、という点で、このスカスカの音でもそれなりに満足しているわけです。実は、ブリュッヘン&18世紀オーケストラの『エロイカ』以降は、小生、付録として聞いている部分がありまして(これはブリュッヘンの発言の責任)、付録なら、べつにこれでもいいんじゃない?と感じている次第。だって、ベートーヴェンだって第7番や第8番、第9番など、BGMとしては、ブリュッヘン盤は結構聴けますが、じゃ、本格的にベートーヴェンの第7番を聴こうと思うと、小生、他の演奏を聴いちゃう。ブリュッヘンのはおまけ意識が付きまとう。これが、同じベートーヴェンでも第1番や第2番では、聴く方の意識もかなり違うし、演奏もまるで違う。ブリュッヘンの第1番、第2番は大変な好演です。でも、『エロイカ』以降を余技としてやってるんなら、別にこのメンデルスゾーンに異議はない、と言うところです。
ただ、浮月斎さんの言われているとおり、収録年代の開きは、小生最初はまったく意識になかったので、今度は、もう一度、収録年代ごとに聞き直して見るつもりです。ただ、余技と考えるなら、曲趣としてモダン楽器に近づけたって、それは、それで演奏者の考え方だと思います。
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