ヴィブラートについて:解説 工藤



工藤 「ミイラ」についてのコメントはまた後ですることにして、先に

鈴木 ビブラートのかからない無調の音はウェーベルンの当時は、かなり新奇だったように思いますが。
野々村 このあたりは工藤さんにお伺いしたいのですが、微分音の範疇を越えて音程の揺れを伴うようなヴィブラートが多用されるようになったのは、実は第2次世界大戦後だという話を聞いたことがあるのですが...
についてだけ、コメントさせて頂きます。

まず、ヴィブラートという技術自体は、ロカテルリの「ヴァイオリンの技法」という本にも紹介されていますので、ヴァイオリンが現在の形になったのとそれほど遅れずに(あるいは同時に)用いられていたと考えられます。ただ、ロカテルリの本ではヴィブラートはその他の装飾音と似たような記号を用いて、使う場所を明記してあります。また、ロカテルリよりは大分後になりますが、レオポルド・モーツァルトの本にもヴィブラートについての記述があります。しかし、ここにも過度のヴィブラートの使用を戒める文章があったと記憶しています。つまり、この頃はヴィブラートは表現上の技術として、かなり意識した使い方をされていたということでしょう。現在多くの古楽器演奏は、この点において恐らく間違ってはいないと思います。

それが、いつ頃からヴィブラートをかけることが基本となるようになったのかというと、僕の知る範囲でははっきりとした証拠になる文献がありません。ただ、ヴィブラートを始終かけるためには左手の自由がないと無理なので、顎当てが発明されてからのことではないかと推測されます。だとすれば、パガニーニ前後の辺りになるでしょうね。また、当然、ヴィブラートをかけることによって楽器も多少は振動しますので、バロック弓のように軽くて弾くというよりは乗せるといった感じの弓の頃には多用されることは少なかったと思います。現在の弓の形になったのはヴィオッティの頃ですから、先の顎当てのこととも合わせて考えると、ヴィブラート自体が多用されるようになったのは19世紀半ば近くなってからではないでしょうか。

また、19世紀後半から20世紀前半の名ヴァイオリニストと言われた人達の語録を辿ると、「ヴィブラートは必要不可欠なものだ」的な発言が急に増えているように思われます。その人々の多くは現在復刻盤で聴くことができます。

    例:
    クライスラー、ティボー、イザイ、フーベルマン、ジンバリスト、
    サラサーテ、ヨアヒム、フレッシュ(順不同)

上記の人は、全て僕の聴いたことのある人ですが、皆、大きなヴィブラートとポルタメントを多用しています。

※なお、ポルタメントは専ら上昇音形に用いられるのが普通でした。下降音形に用いるのは“下品”とされていたようです。ここがパールマンとは違うところ。

そして、彼らの多くは音程も揺れ動くようなヴィブラートです。ただ、ここで注意しなくてはならないのは、上記ほとんどが技術の衰えた晩年になってから録音していること、また録音技術自体が非常に稚拙であることを考えると、必ずしも彼らの真の姿を記録しているとは言い切れないことです。

さて、野々村さんの発言にある“第二次大戦後”ということになると、おそらくオイストラフやスターンのようなロシア系のテクニックに基づくヴィブラートのことを示すのだと推測されます。クライスラーのような人とオイストラフなどを比べると、明らかに違うのはヴィブラートの“周期”です。前者は非常に細かく(そのため繊細だったり甘美だったり聴こえる)、後者は非常に大きい(そのため雄大だったり豪放だったり聴こえる)という違いがありますが、こと音程の幅という点では実際に差はないと思います。この時期で特徴的なヴィブラートをかけていたのはシゲティですが、彼の場合には完全に技術の低下によるものだと言い切れます。

一方、ジュリアードが輩出しているアメリカ楽派は、上記ロシア楽派の影響を大きく受けつつも、よりムード音楽的な、人によってはだらしない印象を与えるものとなっています。

結局、録音で聴ける範囲において、意識してノン・ヴィブラートを使いこなした演奏家ということになるとクレーメルくらいしか思いつきません。現代音楽の分野ではあまり甘いヴィブラートは用いられていないように聴こえますが、それはヴィブラートを使う類いの歌が曲の中にないことと、押さえるだけで精一杯の演奏家がほとんどである、というだけのことでしょう。

長くなった挙げ句、趣旨からはずれてしまいましたが、参考になれば幸いです。

斉諧生 工藤 例:クライスラー、ティボー、イザイ、フーベルマン、ジンバリスト、サラサーテ、ヨアヒム、フレッシュ(順不同) 上記の人は、全て僕の聴いたことのある人ですが、皆、大きなヴィブラートとポルタメントを多用しています。
何で読んだのか忘れましたが、「ああいうヴィブラートはクライスラーが始めたことで、ロゼーのような人は用いていなかった。クライスラーが若い頃にウィーン国立歌劇場管のオーディションに落ちたのは、そのためである。云々」という文章を読んだことがあります。ハルトナックか中村稔か、そのあたりでしょう。

私はクライスラー、ティボー、フーベルマンくらいしか聴いたことがありませんので、詳しいことはコメントできませんが…

でもフレッシュも同様だったとは意外でした。(以下、御存知でしたら失礼)
フレッシュが(いつもの癖で)皆に議論をふっかけているところに偶々、エルマンがやってきた。

    皆:(あ、まずいところに…)
    フ:「『音』とは何ぞや?」
    エ:「…そりゃー、君が持ってないものさ!」

工藤 斉諧生 何で読んだのか忘れましたが、「ああいうヴィブラートはクライスラーが始めたことで、ロゼーのような人は用いていなかった。クライスラーが若い頃にウィーン国立歌劇場管のオーディションに落ちたのは、そのためである。云々」という文章を読んだことがあります。
確かに、ヴィブラートの流儀というものがありますが、クライスラーのものは独特です。でも、それは個性的なスタイルを持っている人なら皆違うといったレベルの話で、ロゼーだって十分甘美なヴィブラートを持ってますよ。新星堂のウィーン・フィル・シリーズやBiddulphの復刻盤で聴くことができます。

完全に余談ですが、Biddulph盤には娘と共演したバッハの二重協奏曲が入っています。3楽章の途中にヘルメスベルガーによる抱腹絶倒のカデンツァが挿入されています (^^)。この娘というのはアルマ・ロゼーで、収容所で死んだのですよね。なんか録音で音が聴けることに不思議な感覚があります。

斉諧生 でもフレッシュも同様だったとは意外でした。
弦楽器では右手と左手とがきちんと同期していることが大事で、右手の流儀は多岐に渡っていますから、当然ヴィブラートもそれに応じて変わってきます。
ただ、
野々村 微分音の範疇を越えて音程の揺れを伴うようなヴィブラートが多用されるようになったのは、実は第2次世界大戦後だという話を 聞いたことがあるのですが....
ということに対しては、録音で聴ける範囲においては“同様”であると述べただけです。ですから、各奏者のヴィブラートに好き嫌いがあるのは当然ですし、音程の幅も人によってまちまちであるのもまた当然ですね。

斉諧生 フ:「『音』とは何ぞや?」  エ:「…そりゃー、君が持ってないものさ!」
こういう話って多いですよね (^^)。

野々村 鈴木 ビブラートのかからない無調の音はウェーベルンの当時は、かなり新奇だったように思いますが。
野々村 このあたりは工藤さんにお伺いしたいのですが、微分音の範疇を越えて音程の揺れを伴うようなヴィブラートが多用されるようになったのは、実は第2次世界大戦後だという話を聞いたことがあるのですが...
工藤 についてだけ、コメントさせて頂きます。(後略)
大変参考になりました。ありがとうございます。ところで私は、ウェーベルンの初期無調SQの録音では、ヴィブラートかけまくりのジュリアードQの方が、ラサールQやアルディッティQのノンヴィブラートな録音よりも好きかもしれません。

工藤 野々村 ところで私は、ウェーベルンの初期無調SQの録音では、ヴィブラートかけまくりのジュリアードQの方が、ラサールQやアルディッティQのノンヴィブラートな録音よりも好きかもしれません。
僕もそうです。やはり、あくまでの新「ウィーン」楽派ということなのでしょうかね。ただ、“ノンヴィブラート”を意識して使いこなせる人・団体が出てきたことで、表現の幅が広がったことも確かですね。そして、ウェーベルンの音楽がそのきっかけの一つになったこともまた確かだと思います。

野々村 野々村 ところで私は、ウェーベルンの初期無調SQの録音では、ヴィブラートかけまくりのジュリアードQの方が、ラサールQやアルディッティQのノンヴィブラートな録音よりも好きかもしれません。
工藤 僕もそうです。やはり、あくまでの新「ウィーン」楽派ということなのでしょうかね。
というか、初期無調時代のウェーベルンは、世間で考えられているよりもずっとロマン派に近いと言うべきでは。むしろ、ベルクの作品3などは、ノンヴィブラートでスカッとまとめた方がいい。

工藤 ただ、“ノンヴィブラート”を意識して使いこなせる人・団体が出てきたことで、表現の幅が広がったことも確かですね。そして、ウェーベルンの音楽がそのきっかけの一つになったこともまた確かだと思います。
「ヴァイオリンのノンヴィブラートな音はきれいだなあ」としみじみ感じさせてくれるのが、ケージの『フリーマン・エチュード』ですね。LP時代のネギシーの録音(Lovely Music)も良かったけど、CDで買うとしたらやはりアルディッティの録音(mode, mode 32/37)でしょう。

ノンヴィブラートの音としては、ディスクで入手しやすい人の中ではアルディッティが一番でしょう。クレーメルの音には、どことなく濁った成分が混ざっているんですよね。クラシックで使う分には、それが「味」になる場合もありますが。

工藤 野々村 ノンヴィブラートの音としては、ディスクで入手しやすい人の中ではアルディッティが一番でしょう。クレーメルの音には、どことなく濁った成分が混ざっているんですよね。クラシックで使う分には、それが「味」になる場合もありますが。
クレーメルは、楽器の音がするんですよね。アルディッティは、弦の音、それもスチール弦の音がします。もちろん、悪い意味ではありません。だから、同じようにヴィブラートを抑制した演奏をしていても、クレーメルのピアソラは聴けるが、恐らくアルディッティのピアソラは退屈なものになってしまうだろう、というように明らかな違いが出てきますよね。僕は、曲相とマッチしていれさえすれば、どちらも魅力的だと思っています。





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