Postscript on Sibelius discussion


(註)

これは奧座敷・遠西音楽観游寓言会「第14回:ケーゲルのシベリウス第4番」の議論の中から、ケーゲル以外の盤演奏についてまとめたものです。



1.カラヤンのシベリウス#4

DGG POCG-2091
DGG POCG-2091
佐々木 カラヤン、今日聴き直しました。隅々まで、カラヤン臭は濃厚ですが、改めて聴いてみると、これも凄い演奏ですね。

浮月斎 私はカラヤンの4番(DG)がいまだに好きです。カラヤンの面白さがよく現れたものだと思いますね。でも、これが嫌いという人がいても不思議はないけれど。

斉諧生 カラヤンのシベリウス#4は、少々幻滅でして、特に議論に付け加えたいと思いませんので、ここで書きます。何といってもオーケストラは上手いですね。ディヴィジになる弦合奏のバランスや和音の美しさは、さすがに感心させられますし、管楽器の音色も素晴らしく、とりわけツェラーのフルート独奏は凄いと思います。ただ、しばしばヴィブラートを派手にかけるのは賛成しかねます。

幻滅したというのは、全体にどうも音楽がしんねりむっつり、スカッとしません。リズムがベッタリしているというか...。ここぞという弦のフォルテが、アタックの圭角をすりつぶす奏法なのも、ガッカリさせられます。これがカラヤン流なんでしょうかねぇ。金管の吹奏にも厳しさが足りないと思います。第3楽章のクライマックスはなかなか美しいのですが、そこに行くまでにずいぶんガッカリしているので、どうも、感動できませんでした。

浮月斎 やっぱり評価が厳しいですね。(^^)
私も帰宅したら聴きなおしてみます。斉諧生さんのシベリウスの趣向基準がかなり明確なだけに、やはりカラヤンあたりは受容できないのかなぁ...。

斉諧生 これがカラヤン流なんでしょうかねぇ。
カラヤンのクセと言っても差し支えないでしょうね。激性を抑制しているのは確かだと思いますし、私はむしろそういうのも大いにありだろうと思っていますが、この曲でカラヤンを含めた同曲異演を検討したことがなかったせいか、聞き比べてみると、意外に「あれれ、こんなんだっけ?」ということも考えられますが...。

鈴木 多分、我々はカラヤンのDG盤によって、刷り込まれた部分が大きいのだと思います。他に聞くべきシベリウスの交響曲のLPがなかったというのが大きな原因だと思いますが、LPの黒いお皿が回って、シベ4のチェロがテヌート気味に浮かび上がる...。当時のロマンそのものでした(^ ^ ;。

斉諧生 幻滅したというのは、全体にどうも音楽がしんねりむっつり、スカッとしません。リズムがベッタリしているというか...
なんか、初めてシベリウスを聞き始めたときは、カラヤンの演奏のようにべたっとした音楽がシベリウスなんだと思っていました。無論、今は違いますが。でも、小生未だにカラヤンの演奏にノスタルジーを感じてしまいます。

斉諧生 ここぞという弦のフォルテが、アタックの圭角をすりつぶす奏法なのも、ガッカリさせられます。これがカラヤン流なんでしょうかねぇ。
ウウ・・・チビシイ(^ ^ ;;;;。

浮月斎 鈴木 多分、我々はカラヤンのDG盤によって、刷り込まれた部分が大きいのだと思います。
それはもう疑い得ない事実ですね、私も。地方都市の中学生の時分にとって聴けるシベリウスというのは、それほど種類はありませんでしたから、カラヤンを美化してしまいがちになります。

鈴木 小生未だにカラヤンの演奏にノスタルジーを感じてしまいます。
私もそういう意味では同じかもしれませんね。

斉諧生 浮月斎 激性を抑制しているのは確かだと思いますし、私はむしろそういうのも大いにありだろうと思っていますが。
そうですね。いうなら、もっと完璧に化かしてくれるのでは、と期待していたのが裏切られて幻滅した、というところでしょうか。

浮月斎 地方都市の中学生の時分にとって聴けるシベリウスというのは、それほど種類はありませんでしたから、カラヤンを美化してしまいがちになります。
そうそう、そうでした。LPも終わり近く、東芝EMIから1,800円でバルビローリやベルグルンドの全集が相次いで再発されるまで、後期交響曲で入手しやすかったのは、 1,500円で出ていたカラヤン盤でしたね。

浮月斎 斉諧生 いうなら、もっと完璧に化かしてくれるのでは、と期待していたのが裏切られて幻滅した、というところでしょうか。
ああ、なるほど。そういう風に表現していただけるととてもよくわかりました。斉諧生さんらしい期待というところですね...(^^)。

工藤 僕はカラヤンのシベリウス#4を聴いたことはないので細部の議論はできませんが、どうやら演奏の傾向としては#5とか#6などと同じようですね。

斉諧生 幻滅したというのは、全体にどうも音楽がしんねりむっつり、スカッとしません。リズムがベッタリしているというか...
この“リズムがベッタリ”というのがポイントでしょうね。たとえば#5の1楽章、前半から後半への移り変わりとなるクライマックスの部分も同様で、うちのオケでこの曲をやった時には、ここを認められるかどうかが評価の分かれ目にもなっていました。



2.ベルグルントの#6

FINLANDIA 3984-23389-2
FINLANDIA 3984-23389-2
鈴木 シベリウスの4番は、過渡期の作品から受ける晦渋な印象はありますね。これ以降、音楽的にはなんだか単純になって、より深みを増して行くんだと思います。

浮月斎 そうですね。この作品が一番深みがあります。私は4番と7番が一番好きです。

鈴木 小生はどういう訳か、第6番が一番好きです。次が第7番。で、小生、ずっとブーレーズのシベリウスを聞いてみたいと思っているのですが、無理みたいですね。ただし、60年代か70年代のブーレーズですが(^ ^ ;;;;。

浮月斎 恐らくセルの4番はかなり近いものがあると思います。ブレーズの方がセルよりはロマンチックかもしれませんが...。私はセルのアニバーサリー集ではシベリウスが殊のほか気に入りました。特に「エン・サガ」がよかったですね。ところで、第6番あたりはカラヤン旧盤で刷り込ませてしまったので、他演がつまらなく感じます。何かいい盤ありますか?。

斉諧生 私も第6が一番好きなんです。ラトル盤、ベルグルンド盤、ヤルヴィ盤などけっこう良かったという記憶ですが、だめでしたでしょうか?それと甲乙つけられないのが第3。不出来な曲ですが(^^;、まぁ、偏愛というやつです。深みという点では、この4番と7番ですね。諸井誠氏は

「しんねりむっつりした《第四》がシベリウスの最高傑作だという定説は、いささか判官びいきの嫌いがありはしまいか。これはそもそもセシル・グレイというシベリウス通の影響なのである」

と述べて《第五》の肩を持ってますが、どうかなあ。
もちろん1・2・5番も嫌いなわけじゃなくて、とにかく、シベリウスは大好きです。(^^)

浮月斎 ラトル盤は不思議と記憶がないのです。ベルグルンド盤とはBCのですか?それともいくつかの全集の全てですか?ヤルヴィ盤は聴いたことないですから、是非そのうちに聴いてみます。そういえば、高校生の時かなぁ、デイヴィス&BSO盤を初めて聴いた時は落胆しました。

斉諧生 最初に聴いたときのインパクトが一番強かったのはヘルシンキ・フィル盤ですが、まぁ、COE盤で十分かと思います。



3.ムラヴィンスキーの#7

MERODIA_VICTER VICC-2033
VICTER VICC-2033
工藤 7番はムラヴィンスキーが良かったですね、僕は。でも、一般にファーストチョイスとして薦められる類のものではないでしょう。単に僕の趣味です。(^^)

浮月斎 おっしゃるとおりですね、7番のムラヴィンスキーは私の筆頭です。恐らく工藤さんとほとんど同じような感覚でベストと思うのではないかと考えます。峻厳な感覚世界が練磨されている気がしました。とはいえ、やはり工藤さんのおっしゃるように、通常のシベリウスの世界とは一線を画しているのは確かだと思います。ムラヴィンスキーの「トゥオネラの白鳥」なんかもそういう感じですが、意外とドイツ的骨っぽさも感じられるのですが...。



斉諧生 浮月斎 おっしゃるとおりですね、7番のムラヴィンスキーは私の筆頭です。
「1997年の5盤」に挙げたベルグルンド&COE盤がベスト…といいたいところですが、ムラヴィンスキー盤を長らく聴いてませんので、聴き直す必要がありますね。

退勤後、書店を覗いたら、『評伝エヴゲニー・ムラヴィンスキー』@音楽之友社が出ていたので、買い込みました。レニングラード・フィルの事務局に長く勤めた人が原著者、翻訳はムラヴィンスキーの来日時に通訳(?)として付き添い、家族的な交際のあった人、ということのようです。

で、巻末にディスコグラフィと演奏記録が付いていますが、浮月斎さんが『ムラヴィンスキーの話でふと思うに、彼が4番を遺してくれていたらどんなだったろうと想像すると楽しくなります。あるいはのこっているとか...?』と書いていましたが、ムラヴィンスキーのシベリウスの演奏記録は

  交響曲第3番…4回(1963年10月26日のソ連初演含む)
  交響曲第7番…6回
  トゥオネラの白鳥…9回

のみとなっていました。3番とは意外な。

鈴木 浮月斎さん、工藤さん、#7のファーストチョイスは小生もムラヴィンスキーです。#6は今のところ、バルビローリ。

斉諧生 ムラヴィンスキーの#7も、工藤さん、浮月斎さん、鈴木さんのお薦めではあるのですが、残念ながら、私にはピンと来ませんでした。

浮月斎 峻厳な感覚世界が練磨されている気がしました。
勁い音楽であることは、よく分かります。
ただ、私のこの曲の捉え方が、前に書きましたように、『この曲の特徴は、従来の交響曲が直線的な構成をとっているのに対し、円環的な構成をとり、解決のない永劫回帰というか、無限の世界へ溶けこんでいくような終結を迎えることである』というものなので、ムラヴィンスキーの直線性を志向した演奏とは、相性が悪かったな、と思います。

浮月斎 通常のシベリウスの世界とは一線を画しているのは確かだと思います。
あのヴィブラートがたっぷりかかったトロンボーンは、あまりにも違和感が...。(^^;

浮月斎 ムラヴィンスキーの「トゥオネラの白鳥」なんかもそういう感じですが、意外とドイツ的骨っぽさも感じられるのですが...
「白鳥」は良かったです。弦の磨き方が、素晴らしい。イングリッシュ・ホルンを抑えたバランスも炯眼だと思います。初期作品の方が相性がいいのかな。だとすると、#3の実演が凄かったかもしれません。どこかから録音が出てこないものでしょうか。

工藤 斉諧生 あのヴィブラートがたっぷりかかったトロンボーンは、あまりにも違和感が... (^^;。
これね、クセになるんですよ(爆)。ブルックナーの9番なんかも同じような感じです。先日聴いた朝比奈大先生の5番なんかより、ずっと厳しくて充実した音楽なんですけどね。

鈴木 斉諧生 ただ、私のこの曲の捉え方が、前に書きましたように、この曲の特徴は、従来の交響曲が直線的な構成をとっているのに対し、円環的な構成をとり、解決のない永劫回帰というか、無限の世界へ溶けこんでいくような終結を迎えることである。というものなので、ムラヴィンスキーの直線性を志向した演奏とは、相性が悪かったな、と思います。
と言うよりも、浮月斎さんや工藤さんや小生は、ムラヴィンスキーの演奏によって、別の角度からの#7の可能性に夢中になったと言うべきかも知れません。元来の#7のイメージは斉諧生さんのおっしゃられるとおりなのですが、『峻厳な感覚世界が練磨されている気がしました』という、浮月斎さんのおことばは、小生もその通りだと思います。シベリウスの音楽を通して、ムラヴィンスキーを聞いているのかも知れませんね。われわれは。

シベ#7の真正な姿は、やはりベルグルンドやザンテルリンクやバルビローリやカラヤン(^ ^)で、別にサラステでも他の誰でも構わないのですが、ムラヴィンスキーの演奏の超表現的な姿で現された#7の姿に、いたく感動してしまったわけです。

浮月斎 鈴木さんのおっしゃることそのとおりなのでしょうね、私も。やっぱり、シベリウスそのものよりムラヴィンスキーの厳しい表現を堪能しているということなのでしょうかねぇ...。

斉諧生 工藤 これね、クセになるんですよ(爆)。
(木亥火暴)

浮月斎 やっぱり、シベリウスそのものよりムラヴィンスキーの厳しい表現を堪能しているということなのでしょうかねぇ...
なるほど。でも、しつこいようですけど、あのトロンボーンのヴィブラート、違和感ありませんか? (^^;。





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