「フランスオルガン音楽史探訪」註解 −或いはさらなる歪読曲解のために− (初版第 2 刷)






10 月号本文編 _[2]__[1]


「ロマン派から現代」へ。オルガン・ビルダー、カヴァイエ=コルの登場とその影響 (註22) 

そのビルダーこそ、アリスチド・カヴァイエ=コルです。彼の一族はフランス南西部やスペインにすぐれた楽器を建造した名門の出。 (註23) 変革者とはいえ、伝統を受け継いだ人物です。彼はパリ近郊のサン=ドゥニのオルガン再建を 1841 年に行って以来、各地に約 500 ものオルガンの製作・改修を行いました。楽器構造の詳細に触れる余裕がありませんが (註24)、極端に圧縮すると、オルガンに進化をもたらし、管弦楽にも劣らない色彩と音響、そしてデュナーミクを創出し、古典楽器の枠から抜け出したのです。
むろん彼の楽器とて今では過渡的といえますが、(註25) これらがやがて新しいオルガン音楽の旗手であるサンフォニストたちの重要な手足となることに意義があるのです。
カヴァイエ=コルと接近したのは、ヴェリ、レメンス、フランクやヴィドールたちですが、この邂逅によって、フランスのオルガン音楽は、サンフォニックな音響性をパレットに持つことになります。さらに典礼音楽の復権、また「楽派」という明快な系譜が付加され、新たに多数の「種」とコロニーを産み出し、精強な生態系へと再生したわけですね。

近代楽派の鼻祖は、ブノワとレメンスの 2 人です。前者からフランク、サン=サーンスやデュボア (註26) が、後者からギルマンやヴィドールが巣立ちますが、この後、古典最盛期のように才能あるオルガニスト兼作曲家が集中し始めます。1870 〜 80 年代に生まれた世代です。
パリ音楽院初のオルガン科教授ブノワの弟子で、近代オルガン音楽の高峰とされるのがフランクです。しかし、彼の音楽の高潔さ・重厚さは首肯できますが、真にオルガンらしい表現力を発揮した作品がなく、むしろピアノの方が相応しい。(註27) 逆にサン=サーンスの方が、古典的なフォームではありますが、馥郁たる佳品を残しています。 (註28)
他方、レメンスの弟子。ギルマンはロマン派オルガンの音響機能を最大限活かした魅惑的な作品を残す一方、当時ほぼ忘却されていたフランス古典のオルガン作品の発掘・出版も行った重要な人。評価が低いのが不思議です。反面、ヴィドールはサンフォニックな技術に拘泥しすぎ、聴き手不在の理想主義。 (註29)


■ 近代フランス・オルガン音楽の系譜図

系譜図


続いて、フランク門下からは逸材が生まれます。特にヴィエルヌとトゥルヌミールです。 (註30) ヴィエルヌは、室内楽や「幻想小曲集」では魅力溢れる反面、オルガン交響曲では構築性の強い書法に力を入れすぎ、冗長さが気になります。 (註31) トゥルヌミールは即興の名手。サンフォニックな音響を基盤に持ちますが、グレゴリアンの伝統的典礼性を見事に蘇生させ、神秘の交歓を造形した偉大な才能です。
調性音楽の融点まで達したこの 2 人の流れを汲みながら、古い旋法に音楽を索めたのがデュリュフレです。彼は決して懐古趣味にあらず、オルガンでは「組曲」に見られるようなしなやかな勁さを秘めているのです。
さて、 19 世紀後半以降、古典期と大きく異なるのは、スクールを築いたパリ音楽院オルガン科の存在です。特にデュプレは長くその地位に就き、ここから綺羅星の如き逸材が輩出されますが、初期門下生の逸材は、ジャン・アラン (註32) でしょう。詩的で幻想的色彩の濃い作風で、独特の典礼性も秘めている。そしてドゥメシュやコシュローといった門下生たち (註33) も続々と巣立ちました。

他方、同じパリ市内にはすぐれた作曲家たちが教会オルガニストとして存在していました。例えば、クロチルドのトゥルヌミール、ノートルダムのヴィエルヌなど。アカデミズムのすぐそはで、その伝統がパラレルに存在することも、フランスのオルガン音楽が堅固に続く理由なのかもしれません。 (註34) 





(註22) フランス・オルガン音楽史の近現代を考える上で、1920 年代より起こった「オルガン復興運動」についてもきちんと触れるのが本筋であるが、残念ながら、割愛せざるを得なかった。19 世紀後半から20 世紀初頭にかけ、工業生産された質のよくない大規模オルガンも数多くできてしまった。この反発としてヘンニー・ヤンやシュヴァイツァーらが中心となり、工業生産による没個性な大オルガンではなく 17〜18 世紀のバロック時代のオルガンを見直そうと、ドイツ(特にフランス国境であるアルサスなど)から起こった動きこそ、「オルガン復興運動」である。この運動は、本来的には影響が広く大きく、意義も意味もあったものの、他方で単純に「大オルガン憎悪」的一元論にまで行き過ぎてしまった問題を抱えることにもなる。こうした行き過ぎの側面は、一方で中途半端な古典楽器の顕揚精神をも産み出し、のちに音楽評論家のクロード・ロスタンが痛烈に批判したように、ノルベール・デュフルクなどの実践的な音楽学者が、各地の古典オルガンの修復を進めたつもりが、修復の名の下に数々の古典楽器をダメにするといった「枝葉」へと展開することにも連なっているように思われる。
しかし私には、この運動はやがてはネオ・バロック楽器の流行にも向かった古典楽器への回帰思想よりも、どれだけ音楽史/演奏史に肉薄したのかを辿ってみることこそ、大切ではないかと思われる。フランスには、「作曲家=オルガニスト=即興演奏家」の伝統とはパラレルに、現代の古楽とは違った次元で、古典に対するアプローチを、現今もなお、正しく行おうとするオルガニストたちが連綿と存在するが、それらは「復興運動」の問題点を徐々に相克してきた、三位一体とは別の「進化の系譜」と考えることもできるだろう。但し、今回、私が取り上げた大概における趨勢とはやや違う方向でもあり、ばっさり切った。いつか真剣に取り組んでみたい。


(註23) 彼の一族は、フランス南部のモンペリエで続いたオルガン職人である。この一族は、フランス南西部からスペイン東北部にかけ、多くのすぐれた古典楽器を建造、ドン・ベドス師からも高く評価された名門であった。因みにアリスチドは、1811年、3 代続くオルガン職人の次男として生まれた。


(註24) オルガンに「進化をもたらし」は編集部による付加。ガヴァイエ=コルの楽器は、慥かに歴史上大きな転回であったと思うが、進歩史観的な「進化」という意味では、必ずしも私は同意していない。念のため。詳細に関しては、ここで延々述べるよりも、それなりの概説書なり、サイト(例えば
十九世紀オルガン音楽のページ の中のガヴァイエ=コルの記述など)情報などをご覧になる方がいいだろう。基本的には、空気アクション、カプラーやコンビネーションの拡大、楽器音量の増大(空気の安定供給に関する創意工夫)といった基礎構造の変革から、様々な音色パレットの拡大(強力なリード管、古典ストップの改変・拡張)、最弱音量から最強音量に至るグラデーション(レシ・エクスプレッシフなどによるデュナーミク効果)など響きそのものの拡張に至るまで、オルガンは管弦楽の響きに劣らない楽器となった。勿論、この大変革は古典楽器にあったストップの消長などにも大きな影響を及ぼしたが、それらの功罪について、ここでは敢えて触れないことにする。私には現在、まだそれを扱うべき能力もないからである。


(註25) ここでは、主にデュナーミクについて念頭に置いているのだが、現代楽器に比べると、カヴァイエ=コルの楽器はレシ・エクスプレッシフを重要視したとはいえ、まだまだ弱音に関して十分とは言えないのである。よりスムーズなデュナーミクの変化のためには、弱音に関する十分な表現能力が彼の楽器にはまだ必要であった。


(註26) 同じブノワ門下といっても、ドイツ人の血をひくベルギー生まれのフランクに比べると、サン=サーンスやデュボアは、いい意味で「フランス的」な味わいを私は感じる。特にデュボアは「トッカータ」程度しか名の通った作品はないものの、彼の小品集はフランクとは対照的で、サン=サーンス同様、素直で薫り高いロマンチシズムの横溢を感じる。勿論、だからといってフランクを異質と言うつもりは毛頭ないが、質朴で高貴な音楽でありながら、旋律を重畳しみっちり展開する和声など、フランクがオルガンの音楽の中で目指したものと、ひたすら簡素な美しさを巧まぬ響きの中から求めたサン=サーンスやデュボアが目指したものとは、決定的に違うのかもしれない。


(註27) 大クープラン同様、ご批判を受けやすいところではあるが、フランクの音楽が詰まらないと述べたつもりはない。むしろ管弦楽作品などを主に、私はフランクが好きである。ただ、彼のオルガン音楽が「本質的にオルガン向きではないのではないか、むしろ彼の音楽の美質はピアノの方が向いているのではないか」と申し上げただけである。それを敷衍しても、精々、フランクのオルガン作品は、オルガンという楽器の必然性を聴き手に納得させてくれないという意味で「オルガン音楽としては詰まらないし、過大評価だ」とは述べた。これは評論家ソラブジとほぼ同意見である。
私がその根拠を得たひとつのきっかけは、ソラブジを読んでそう思ったのではなく、Vladimir Viardo の編曲・演奏によるコラールの第 2・3 番(Pro Piano)を聴いてからである。この録音を聴くと、フランクのオルガン作品の構造がよく理解できる。例えば、第 2 番での終盤に明解に聴ける旋律線は、逆にオルガンではほとんど理解できない。一方、第 3 番ではパッセージ処理だけ聴くとむしろかなりピアノ的ではあるが、翻ってオルガンを聴くと、持続加音を載せて響きをやせさせない工夫など、オルガンのために腐心したと見受けられる部分もある。このような観点からフランクを見直せば、彼のオルガン作品演奏も新たな局面は拓けるかもしれない。

PRO PIANO : PRP 224509


Unique Organ-Piano Transcriptions
( Pro Piano : PRP 224509 )
  1. Bach-Liszt : Prelude and Fugue in a minor BWV 543
  2. Franck-Viardo : Choral No. 2 in b minor
  3. Franck-Viardo : Choral No. 3 in a minor
  4. Franck-Bauer-Viardo : Prelude, Fugue and Variation op. 18
Vladimir Viardo (pf)




(註28) ホルストにおける「惑星」同様、サン=サーンスには「交響曲第 3 番」という、オルガン音楽の評価のためには「邪魔な名作」があるだけに、サン=サーンスは誤解を生じやすいところがある。但し、ここを読んで「フランクを腐して、サン=サーンスなんぞの詰まらない小品を賞揚するなんてはのは、トリヴィアルなだけの惨めたらしい素人根性のたまものだ」みたいにお考えになるのはご自由であるが、そういう方々にも、サン=サーンスのオルガン作品をまともに聴いてのち、そう語っていただきたいのである。サン=サーンスの場合、古典的なフォームであり、簡素で品の良いだけの音楽に聞こえるかもしれないが、楽器機能的にも技術的にもしっかりした着地点のある内容なのである。例えば、フォーレを愛する人なら、フランクのオルガン作品より遙かにサン=サーンスの方が好まれると信じているし、それだけにサン=サーンスの演奏は難しいのである。また、オルガン独奏からはやや離れるが、彼の「ハルモニウムとピアノのための 6 つの二重奏曲」など、フランクのその種の作品に比べ、どれだけ格段に面白いかがわかるというものである。


(註29) ヴィドールはサンフォニックなオルガン演奏技巧や音楽内容に拘泥しすぎたため、オルガニストの嗜好には合うところがあるかもしれないが、音楽の聴き手としてはやはり冗長さは否めない。しかし、彼も最後の 2 つの交響曲(「ゴシック」と「ロマーヌ」)で実践したように、グレゴリアンの主題を修辞的に展開し、典礼性を内的に具有しているという点では、彼の本質を語る上で見落としてはいけないところである。


(註30) フランクの門下生は、筆頭ヴァンサン・ダンディからアンリ・ダリエ、ギュイ・ロパルツ、ガブリエル・ピエルネに至るまで多数にのぼる。だが、彼らはお義理程度にオルガンのための小品は残しているけれども、オルガン演奏と作曲を本格的に引き継いだのは、ほぼこの 2 人である。


(註31) ヴィエルヌのオルガン作品は、ほとんど「交響曲」「幻想小曲集」と「24の自由形式による小品集」にあるといって過言ではない。私には、室内楽を含めた彼の作品は、可憐な叙情あり、屹立する尊厳あり、アイロニカルな遊技がありといった非常に人間的な思弁や世俗精神の強さを有しているように思われる。そこで、どうしてもこれらの交響曲は、例えばスケルツォなどのように部分部分の閃きは素晴らしくとも、クロマチックな手法を忍耐強く展開し続ける、形式主義への拘泥に疑問を抱くのである。尤も交響曲では、楽章間の結合性の薄さのみならず、パリのノートルダム大聖堂に電動送風機が設置されたのが 1924 年であることを考えると、初期の交響曲などは作曲当時、全楽章を通してコンサートで弾ける・聴けるということはあり得なかったわけで、本来緊密な構成によって成り立つ音楽形式であったとも言い難い側面もなくはない。


(註32) 時間軸的に、デュプレの初期門下生の逸材を挙げるならば、本来はまずメシアンとラングレであり、ジャン・アランはその少し後の世代になる。但し、ここでは次の「即興」に関する項目で、メシアンやラングレについて触れたという経緯もあり、アランを先に挙げた。


(註33) デュプレ門下には、ここに挙げた人々のほか、ガストン・リテーズなどこうした「作曲家=オルガニスト=即興演奏家」に連なる人々がいる一方、アンドレ・マルシャルやマリー=クレール・アランのように古典演奏を主とするオルガニストとして大成した人などもいる。但し、その殆どはパリのなにがしかの教会オルガニストになっているものの、アランのように「コンサート・オルガニスト」として各地へ演奏旅行し、講習会で多数の弟子を取るといった人は、デュプレの門下生としては殆どいないように思う。ともかくデュプレは、その長い君臨時代、現在カテゴライズドされるべき全種類のオルガニスト系音楽家を輩出したという意味では、まさに「教育者の鑑」ではある。


(註34) こうは書いたものの、しかし、ものは言いようである(笑)。というのも実態としては、パリ音楽院教授の席を巡って、水面下では熱い攻防が繰り広げられた結果、パリ音楽院に籍を置けなかった者が在野に残っただけのことかもしれない。現に、ジグー−ギルマンの後任として、トゥルヌミールはデュプレとオルガン科教授の席を競ったが、結果的に若き才気に敗退してしまったわけである。また、デュプレにしても、当初はノートルダムの次席オルガニストでもあり、ヴィエルヌと仲が良かったが、のちに絶交状態となったと言われている。他方、ヴィエルヌ亡き後のノートルダム大聖堂のオルガニスト任命についても、サン=マルタンに決まるまでには多々攻防があったようで、デュリュフレもその候補に挙がった一人である。とにかく、こうした人間関係については色々あるようだが、逐一触れるのはやめておこう。





オルガン音楽における「即興演奏と三位一体」

次に、現代のオルガニストにまつわる話題を即興演奏に焦点を当て、話を進めます。
フランスに限らず、オルガンの名手は即興演奏のうまさも要件とされます。作曲はむしろその次の段階でしょう。
(註35) でも、ディドロの言葉じゃないですが、時代が下るとともに「才能は分化」する。オルガニストとて例外ではなく、作品演奏に特化する人も少なくありません。(註36)
ところが、フランスは「作曲家=オルガニスト=即興演奏家」の集積度の高さの点でも群を抜いており、トゥルヌミール以降では、ラングレ、コシュロー、現在もなおギユー、ハキム、エスケシュなど、この「伝統継承者たち」が活躍します。しかし、この三位一体のバランスというのは実に難しい。(註37)
わかりやすい両極端な例は、コシュローとデュプレでしょう。演奏=解釈者としての彼らはともに魅力は弱い。でもコシュローの即興は抜群に面白い。彼にも作品はありますが、彼の即興録音はまさに「書かれざる」作品。さらにコシュローの即興を譜面に起こした人たち (註38) が、演奏会や録音に「作品」として取り入れる現象も起こる。(註39) ところがデュプレは全く逆。彼の即興録音は全然つまらない。そういう人が書いた作品は、書法の巧緻な大作に偏りがちで、実際、退屈傾向が強い。(註40) 

メシアンはどうでしょう?彼の即興は聴衆のためではなく、ひとり神との対話に用いられる私的で敬虔な世界です。彼の書いたオルガン作品は、そもそもトリニテの楽器のためだけで、汎用性があるとは言いがたい。(註41) メシアンと同世代の「三位一体」の最後は、ラングレでしょう。ラングレの作品は広範多様な進化を遂げますが、即興も独自の境地。
そのラングレの弟子である独創的な音響感覚のハキム、またアンデパンダンですが (註42) スパコンのような頭脳と凄絶な情念に溢れるエスケシュなど、現在もその伝統は脈々と受け継がれています。





(註35) この文章も極端に圧縮したため、私の本意がうまく現れていない。こういうことを言いたかったのである(当初の原文)。
「作曲家=オルガニスト=即興演奏家」の三位一体に話を進めます。フランスに限らず、オルガンの名手の要件は、昔から即興演奏のうまさがあります。バッハの例は言うまでもないでしょう。特にオルガンの場合、即興を自覚的に譜面に起こし、書法・技巧とも推敲した結果こそ、原初的な作曲行為に繋がります。勿論、もっと思念的に構築される作曲もあるわけですが、書法やその体系的収斂、また演奏技術計算に偏ると、逆に音楽としての豊かさはどんどん零(こぼ)れ隕(お)ちやすくなります。この均衡が取れるほど、オルガン作品は、演奏者・聴き手両方にとって旨味を増していきます。フランスでは、現代に近づくにつれ、この「三位一体」のバランスの取れた人が強い「種」となっているようです。中でも、トゥルヌミール、ラングレ、コシュロー、ギユー、ハキム、エスケシュといった、作品同様、即興演奏の強烈な人たちが顕在化してくるのです」


(註36) 殆どのオルガニストが「interpreter」である現今、これは当たり前の話である。今日のオルガニストには作品を書かない人は多く存在するものの、まず教会オルガニストであるならば、調性的か否かは別として、即興演奏はほとんどの人がやっている。勿論、コンサート・オルガニストであっても、乞われれば、場所によっては即興演奏を披露する人も少なくない。しかし、マリー=クレール・アランのように、「あの時代の人」としては珍しく作品を書かず、即興演奏もやらず、ただ作品演奏だけ(それも古典とアラン家主体)という人もいることはいる。あれだけのバックグラウンドがありながら、アランは何故古典演奏のみに止住するのか? という疑問はあることはあるが、それがいいか悪いかを判じる心算は私にはない。コンサート・オルガニストやアカデミズムのみに徹する人は、コンサートでの即興演奏はあるかもしれないが、そんなものはやらないとのスタンスを決めてしまえば、その必要はないわけである。


(註37) 「作曲家=オルガニスト=即興演奏家」であるからすぐれたオルガン演奏家であるというわけではないし、即興演奏が得意だから作曲もすぐれているということも、その逆も、当然ながら、断言できるものではない。ただ、フランスの場合、これら三位一体であるほどに、作品演奏家(interpreter)としてのオルガニストの側面は、個性的な解釈が聴ける場合もあるものの、大体に於いて、それほど面白いとは言えない(ここではデュプレとコシュローを例にしているが)。逆に、作品演奏に長けた「優秀な解釈者(interpreter)」の場合、作曲や即興演奏をやっていても、そのどちらか、或いは両方が面白いということもあまりなさそうだ
つまり、一人の人物の中での、この 3 面各々についての特長分布はまるで違うわけであり、だからこそ、その差異が個性となって明解に立ち現れるわけである。私としては、なにがしかの演奏が録音を通じて聴ける人々に関しては、作曲家として「書かれた作品」の良し悪しだけを問うことにはそれほど興味はない。むしろ、どれだけ強烈な即興演奏ができるか(遺っているか)について、興味が集中していることを申し添えたい。作曲と即興の違いについては、ジャン・ラングレが実に明解に言い表している。「ときとして、即興演奏のほうが作曲よりも面白い者がいる」


(註38) 出版点数としても既に 20 を超えるに至っているが、そこにクレジットされている採譜者としては、ジェレミー・フィルセル(Jeremy Filsell)、デヴィット・ブリッグス(David Briggs)、ジャンヌ・ジュラン(Jeanne Joulain)、フランソワ・ロンバール(François Lombard)、ジャン=マルク・コシュロー(Jean-Marc Cochereau)、フレデリク・ブラン(Frédéric Blanc)などが挙げられる。
さて、このコシュローに限らず、録音から即興を譜面に起こした嚆矢は、おそらく、モーリス・デュリュフレだろう。デュリュフレは、トゥルヌミールとヴィエルヌの即興録音を、音盤から聴き取り採譜した(詳細は
ここを参照)。単なる聴き取り(dictation)以上に念入りで細やかな採譜であり、やはり 2 人の師に長く師事した経験値と各楽器特性の把握などが大きくものを言っている。


(註39) どれほどコンサートに取り上げられているかは、さすがに私の網羅できるところではないが、日本でもジェイン・パーカー=スミスが白石 CUBE に来日した際、フィルセル採譜による「Scherzo Symphonique」を取り上げていた。さて、
(註38)のうち、フィルセル、ブリッグス、ロンバールらがコシュロー即興採譜によって録音を行っている(下盤参照)。しかし、コシュローやノートルダムと関係が薄い人たちによる採譜は、ノートルダムのレジストレーションの「再現」が正確に反映されていない等の半畳が打たれている旨風聞もしている。ただ、一度採譜された楽譜は、演奏者の手によって自由な解決に処されるべきであり、何もコシュローのお真似ごとをやるために、彼らも採譜したわけではなかろう。

ASV : CD DCA 1104


Pierre Cochereau : Improvisations
( ASV : CD DCA 1104 )
  1. La Marsellaise ( Rouget de Lisle ) (1970)
  2. Sortie improvisée sur ' La Marsellaise ' (1977)
  3. Variations sur ' Adeste Fideles ' (1970)
  4. Symphonie improvisée (Boston 1956)
  5. Alleluia de Pâques (1973)
  6. Scherzo symphonique (1974)
Jeremy Filsell (org : Metropolitan Cathedral, Liverpool)


Priory : PRCD 428


Improvisation : The Illusionist's Art
( Priory : PRCD 428 )
  1. Triptique Symphonique sur Deux Thèmes (1974)
  2. Berceuse á la mémoire de Louis Vierne (1973)
  3. Catem toto la Gloria (Collioure 1969)
  4. Air (Trimazo)
  5. Variations sur ' Venez Divin Messie ' (1968)
David Briggs (org : Truro Cathedral)


MOTETTE : 12201


Pierre Cochereau Rekonstruierte Improvisationen
( MOTETTE : 12201 )
  1. 15 Versets über "Ave maris stella" (by François Lombard)
  2. Introduction (by François Lombard)
  3. Choral & Variations über "O Filii et Filiae" (by François Lombard)
  4. Sortie über "Adeste Fideles" (by François Lombard)
François Lombard (org : Saint-Pierre, Calais)




(註40) デュプレの即興演奏として遺された録音は少なく、また、当然ながら晩年のものに限られている。それらに耳を通したといっても、彼の脂の乗った時期の即興演奏を聴いているわけではないので、私の言い方は「無知的断言」と言われても仕方がないかもしれない。しかし、ジャン・ラングレはディレク・ベイリーとの対話の中で興味深いことを述べている。

ベイリー
即興演奏は一種の即席の作曲だという意見をよく耳にしますが、このふたつはまったく違った結果をうみだす、まるで異なったタイプの行為ではないでしょうか?
ラングレ
そう。その例としては、トゥルヌミールのインプロヴィゼーションと作曲の違いをあげることができるだろう。おなじことはデュプレにもいえる。デュプレが作曲するときには、私にいわせれば、その曲は現代的だった。しかし即興演奏をするときは、それほど現代的ではない。どちらかというと古典的だった。だから彼の場合、作曲と即興演奏とではひじょうに異なっていた。
(cf.) ディレク・ベイリー(竹田・木幡・斉藤訳)『インプロヴィゼーション』(工作舎) p. 97

私がここで申し上げたかったことは、「デュプレの即興演奏と作曲とがあまりにもかけ離れている」からではない。彼の即興演奏が聴き手を音楽に巻き込んでいく牽引力に欠けていて、退屈だということなのである。教会での地味な?即興演奏だからといっても、彼は相当回数のコンサート演奏を生涯こなしてきているわけであり、また晩年だからといっても、他方で老境のラングレやメシアンのように、見事な即興も存在しているわけである。音楽的な興発を聴き手に捉えられないようなものなら、オルガン関係者ではない私としては、無理に高い評価を差し上げても仕方がない。
一方、作品の方はすべてが嫌いであったり、低い評価を投げかけているつもりはない。しかし、教育的配慮のもとに書かれたものは別として、彼の作風は、まず同時代の音楽表現を貪欲に吸収・折衷したものであり、多様な古典形式をもすべて取り上げ、20 世紀の音楽様式・音楽語法を総まとめした。だからといって、例えば大バッハのように、作品そのものが聴き手にとって真に幸福である事実がないのではないかと吐露したつもりである。私には、彼の作品は「6 つの前奏曲とフーガ」などの小品的名品を除けば、理念的には立派でも、総じて非常に「くどい」音楽に聞こえるのである。それらは、わかりやすい反面、実に持ってまわった感が強くあるのだ。
ここまで述べてくると、私の趣向がはっきり現れてくると思うが、私としてはフランス・オルガン音楽に求めるものは、まず変幻する確固とした典礼性であり、また簡素ながら爽快なロマンチシズムを湛えたものであり、さらに濃密な即興性、といった点に耳が好むようである。
また、デュプレの作品をオルガニストがかなり好んで取り上げるのは、技巧的開陳や濃度への嗜好ではないかと私は思う。だが、例えば、私が割に好きな「十字架の道行き」のように、わかりやすくかつ稠密・濃彩なドラマに満ちた作品もあるものの、逆になかなか名演に恵まれないのも他方の事実というものである。詰まるところ、私はまだ完全にデュプレを評価しきれていないが *ゆえに* 低い位置づけにしているのは事実だが、音楽愛好家の素直な耳から評価が高まる可能性がデュプレの作品録音や演奏会で出会えるとしたら、それは大いに歓迎・鶴首したい。わざわざ自分から勝手に嫌いになりたいような音楽は、私にはないからである。


(註41) ここで私は、メシアンとオルガンは、作曲以前に不可分であったという意味のことを言いたかったのである。メシアンの場合、「ラサンション」のように大変すぐれた作品と私にはあまり素晴らしいとは思えないような作品とが、一般的にすべて一括賞揚されるということがよくわからない、まずはそう言いたかった。次いで言いたかったのは、彼の作品がトリニテ教会の楽器とあまりにも不可分であるがゆえに、逆に彼が求めた音響とは、どこの大オルガンでも汎用性があるのだろうか? という疑問を、彼の自作自演集(EMI)を聴き、改めて持ったことだ。トリニテ教会の楽器は豪壮な音響というよりはかなり繊細な気がするし、また彼の自作自演集を聴いていると、不思議なルバート?があったり、リズムの揺れを感じるわけだが、それらは彼自身が「自作を介して即興性を求めた結果」なのではないかと私には思われる。となると、逆にそういう要素のない演奏を聴くと、むしろピンとこなくなってしまったのが私の現実態である。
さて、彼の即興演奏に関しては、先のベイリーの『インプロヴィゼーション』でラングレが褒めまくっている。もとよりそれは、作曲行為とは全然別なものであり、メシアンのオルガン即興は、作品とは全く違う次元で面白かったのではないかと推測するのだが(とはいえ、ソバージュの詩『芽生える魂』の朗読につけられた即興演奏の録音は、私には今ひとつであった)、いつか何らかのアーカイブスが出てきたら、真っ先に聴きたい音源と思っている(最近、
La Praye レーベルよりそれらの未発表音源がリリースされたので、是非、聴いてみたいところ)。メシアンにとって即興とは、彼の音楽語法の発露であるだけでなく、それを既に踏み越えた「神との一対一の真摯な対話」なのであり、トリニテ教会以外の場所ではそれをできない旨、彼が他所でのオルガン演奏会を断り続けてきたということが、彼とオルガンとの関係の独自性をより明確にしている所以ではないかと思うのである。


(註42) チエリ・エスケシュはパリ音楽院でプリミエ・プリを 8 つも取得した天才であるが、凡そ彼の即興演奏や作品に関して、精神的・模範的師匠となるオルガン関係者(師事教授という意味ではない)が先達が明確に見当たらないので、とりあえずアンデパンダン(indépendent)とした。なお、時々誤解して書かれていることがあるので付言しておくと、彼がデュリュフレ及びマリー=マドレーヌ夫人のあとを継ぎ、ヴァンサン・ヴァルニェとともにパリ・エチエンヌ=デュ=モン教会のティチュレールとなったと言っても、その音楽性において、デュリュフレの後継者であるという意味にはならない。無論、先達デュリュフレの業績に対するエスケシュの尊敬の念は明解である。






「フランスオルガン音楽」から見える 2 つの視点

最後に、 2 つの視点を提起しておきます。
「作曲家=オルガニスト=即興演奏家」の伝統を持つフランスは、特に 20 世紀、世界をリードする形で、オルガン音楽の創造的発展に寄与してきました。しかし、そのほとんどはアカデミズムや教会オルガニストで、英米のように、幅広い時代の作品演奏が可能なコンサート・オルガニストを育む土壌に薄いことも指摘しなければなりません。三位一体性は、自作自演や即興では豊かな音楽内容を提供してくれますが、反面、作品解釈の点で食い足りない部分も出てきます。例えば、デュリュフレの録音。「組曲」だけなら、濃密な表現力を詰めた V ・フォックスの解釈に、ラトリもエスケシュも敵ではない。この空隙を埋めていくにも、やはりコンサート・オルガニストという「種」と楽器+会場も必要 
(註43) なのです。

もうひとつは「楽器」です。例えば、フランス近現代のオルガン作品演奏に、一律カヴァイエ=コルの楽器を使うべきだと考えるのは、間違った「正統性」の捉え方ではないかということです。近年のクラシカル音楽界では「古楽奏法」を敷衍拡張してきました。しかし、時代背景に相応しい楽器を尊重する努力は、オルガンの場合には必ずしも有益ではないのです。特にカヴァイエ=コルの楽器は、音色的にも非常に個性(アク)が強い。そのため、作品のよさが素直に引き出されない場合も出てくるのです。
ならばむしろ、表現性豊かな現代楽器による演奏で聴く方が、よほど作品の質感を見失わずに済むんですね。トム・マレーによるミュレの録音は、まさにその典型例です。そして、このことは「楽器の魅力と演奏の魅力は両立しにくい」 (註44) という、私のリスナー的経験値に関わっていくテーマなのです。

オルガン作品は、特定の音色・音響に依存するほど、音楽としての汎用的な価値を失う危険があります。逆にバッハのように、音色や響きを超越する作品は、音楽としては卓れていますが、オルガン作品としての旨味は弱くなってしまいます。この「バランス」をどう取るべきか、それこそオルガン作品演奏の至高の目標なのかもしれません。
しかし、リスナー側では、逆にその両面から追跡できる楽しみがあるともいえます。また即興では、クラシカル音楽とは見違える世界も開示されるでしょう。オルガンの楽しみは、聴き手の求め方次第でいつでも、多様な姿態を見せてくれるはずなのです。





(註43) フランスにコンサート・オルガニストはいないわけではないのは、幾つかの脚注でも触れたとおり。問題は、フランスにおけるオルガニスト活躍の場が、今やほとんど教会だけという事実である。フランスにおけるオルガン付きのコンサート・ホールは、現在、パリのラジオ・フランスにあるサル・オリヴィエ・メシアンとリヨンのモーリス・ラヴェル・オーディトリアムだけの模様。サン=サーンスの交響曲第 3 番すら、本家本元のフランスでは、まともに演奏できる体制にはないわけである(尤も、この曲の初演は、作曲者自身の指揮でロンドンのセント・ジェームズ・ホールで行われ、もともとこのホールのオルガンを想定して書かれたらしい)。こうした点は、例えば、イギリスやドイツとは事情が違い、教会オルガニストに属していない限り、コンサート・オルガニストとしての生息場所は確保されにくいという問題がある。
余談だが、このようなパリにも、かつてはオルガン付きコンサートホールがなかったわけではない。1878 年のパリ万博のためにシャン・ド・マルスに建てられたトロカデロ宮(Palais de Trocadéro)には 5000 人を収容するホールがあり、カヴァイエ=コルの大オルガンも設置されていたし(万博終了後もトロカデロ宮は残され、ヴィエルヌ、トゥルヌミール、デュプレといった錚々たる面々もこのオルガンを弾いた)、1937 年の国際博覧会に際してトロカデロ宮取り壊しの後、新たにシャイヨー宮(Palais de Chaillot)が、また他にもサル・ガボー(Salle Gaveau)、エリゼ宮劇場(Thèâtre des Champs-Elysées)やサル・プレイエル(Salle Pleyel)などにもオルガンがあったが、これらはすべてなくなってしまった。なお、シャイヨー宮は、アンドレ・マルシャルによる演奏、ノルベール・デュフルクの音声解説による紹介録音があり、またヴァージル・フォックスがジョルジュ・プレートル/パリ・オペラ座管弦楽団と録音したジョゼフ・ジョンゲンの「サンフォニー・コンセルタンテ」(EMI)こそが、最後の音的証人である。


(註44) 「楽器の魅力と演奏の魅力は両立しにくい」ことは、別段、オルガンに限った話ではない。だが、どの楽器で弾かれたかがオルガン演奏/録音の、リスナーにおける大きな関心事であるがゆえに、この問題が顕在化してくる。これは「音楽ファンとおるフェチとは両立しにくい」と言い換えてもいいかもしれない。本当に素晴らしい演奏ならば、わざわざ弾かれた楽器の如何を問うことは考えにくいことである(例えばピアノの世界)。しかし、オルガンの場合は(まぁ、チェンバロもそうだが)、弾かれた楽器の魅力を語り尽くしてほしいという大きな側面がある。それができない演奏が素晴らしい演奏かどうか、これまた迷う人もいるわけである。「名器を名演で」といっても、響きや音色の点で一概に簡単なことではないし、特に古典音楽ならまだしも、近現代作品になるとそのあたりは何とも言えない。




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