「フランスオルガン音楽史探訪」註解 −或いはさらなる歪読曲解のために− (初版第 2 刷)




はじめに 〜普遍的な判断力のために(苦笑)〜


レコード芸術 10 月号
レコード芸術』 2003年 9・10 月号「レコードに取り憑かれた男たち」連載 21・22 において、この連載としては聊か毛色の違う「フランスオルガン音楽史探訪」との主題を拝命した。まず、自分の体験的経緯を辿り(9 月号)、続いて仏国風琴音楽の梗概で拙見をまとめた(10 月号)。しかし、極端に紙幅が限られていたこと、また 400 年近くというかくも長きに亘る歴史を 10 月号のみで一気に縦断したことなど、ある種の無謀な試みを敢行したため、説明し切れずに割愛した内容は非常に多い。そのため、音盤情報ともども補強しながら、いつかまとめなおす心算であった。しかし、なかなかまとまった時間が取れないので、脚注形式にて拡充することで、当面次善とすることとした。尤も、その形式であれば、逐次書き足すことも可能なので、これは「継続的な」スタンスで取り組むべきものとしたいが、これでお仕舞いになるかもしれない。
さて、率直なところ、あの記事は所詮、素人談義である。とはいえ、明らかに音楽史の事実からはずれる卦体な珍説・異説を唱えたつもりはないし、音楽史でどう評価されていようが「いいものはいい、詰まらぬものは詰まらぬ」と書いただけで(だからこそ、「偽りなき」素人談義なのである)、特定対象を揶揄する意図で筆を攬ったつもりはない。泰西古典音楽や即興演奏をある程度聴きならした一個人の耳で、拘りなく一意見を述べたものであって、自分の「現在の」知的好奇心をネグレクトもルサンチマンもしなかったということである。
浮月主人 鞠躬



10 月号本文編 __[1]_[2]


「フランス・オルガン音楽」の面白さ

オルガン音楽の中で、フランスほど、古典から現代に至る長い伝統と多様性を湛えたオルガン大国はありません。また他国では失われつつある「作曲家=オルガニスト=即興演奏家」の伝統も堅固です。つまりオルガンに関しては、圧倒的に才能はフランスに「集中」しているといって過言ではありません。
少々脱線しますが、ジャック=イブ・クストーという海洋探検生物学者がおります。彼は地球を周(あまね)く観察しているうち、次のことに気づいた。曰く、種の数が多いところでは生態系(エコシステム)は強い。しかし極地のように種の数が少ない場所では生態系は脆弱だ。生態系が断たれると全てが崩壊する。そしてこのことは、そのまま文化にも当てはまるのだ、(註1) と...。

それに準えれば、フランスのオルガン音楽はまさに多数の種に支えられた強い生態系を持っているといえます。しかもフランスのオルガン音楽は、音楽単独ではなく楽器の歴史的進化と密接に関わり、楽器と音楽が充実した対話を築き続けてきた一体性があるからこその生態系の強さといえるでしょう。
大変単純に申し上げますが、例えばドイツでは、大バッハと弟子や息子たちの時代の後、メンデルスゾーンやラインベルガーがいたにせよ、夭折のロイプケを除けば、レーガーやカルク=エラートまで、ドイツのオルガン音楽史は仮死状態のままでした。(註2) オルガン製作でも、近代、卓れた製作者もいましたが、音楽史との強い紐帯が見られません。この傾向は、イギリスや北欧を除き、ほとんどの西欧諸国も同様といってよいでしょう。オランダ然り、イタリア然り。またカベソンからカバニリェスに至る 16〜17 世紀の繁栄をみせながら、20 世紀のヘスース・グリディまで空白だったスペインも然り。その中で層の厚さが際立って光るのはフランスです。

さて、この 2 回で取り上げた音盤は、私の視点から特に重要と思われる作曲家を厚くしています。私はティトゥルーズ/グリニ/トゥルヌミール/デュリュフレの 4 人こそ、グレゴリアンの伝統を育んだ典礼音楽の水脈を多様に象る、フランス・オルガン音楽史の生命線と思っています。(註3) 私は一介のリスナーですから、オルガニストや音楽学者とは見方が異なるかもしれません。でも、リスナーの真実は「対象に興味がわくか否か」だけですから...。(註4) 





(註1) 様々な種や個体がいればいるほど、つまり多様性に支えられたエコシステムは当然のことながら強固である旨、わかりのよいクストーの見解を援用しただけ。


(註2) 「ドイツの近代オルガン音楽史が貧しいものであった」と言うと、あげ足を取られるだけだろう。ここでは、楽器と相関した成長や伝統継承など、フランスと比較した地域的音楽史の生命力の強さを相対的に論じただけのことで、その内容に関しては、聴き手個人が正しく評価すればいいだろう。だが、私としてはメンデルスゾーンのオルガン作品はそれほど良いとは思わないし、ラインベルガーも美しいけれど、オルガン音楽としてはどうも物足りない。オルガンという楽器そのものの表現可能性に薄い作品は、やはり「オルガンの名作」とは捉えがたいのである。だから、ロイプケは大いに評価したい。


(註3) これはリスナーである「私の好み」の話をしているだけで、「音楽史的に正しく評価されているか」どうかは、全然関係のない話だ。尤も、デュフルクの観点でも、これら 4 人は高く評価されているようだが(クセジュ『オルガン』)、それを権威付けに利用するつもりも毛頭ない。つまり、仮にこれら 4 人がオルガン音楽史的に正しく評価されていてもいなくとも、私にはそれはそれでどうでもいいことなのである。それを「マイナー賞揚主義」みたいに捉えるのは、タダのヘソ曲がりの所業というものだろう。B 級 C 級音楽は、所詮、B 級 C 級でしかない。そういうものまで知っているからといって、私はそういうものを良いと申し上げたつもりはないのである。続く「リスナー...」云々の話はそこにつながる。


(註4) むしろここは、読者が何でも無批判に鵜呑みにしないように(私が述べていることも含めて)という予防線である。そもそも、音楽を聴くことに関しては、権威ある人たちの見解が、常にその本人にとって真実になるとは言えないわけである。音楽学者による音楽史なり作曲法なりから見た評価の仕方はそれはそれ、オルガニストが自分で好んで弾きたがるレパートリーもそれはそれ、だが、リスナーの興味や評価がそれと一致するとは限らない、たかだかそういう話にすぎない。大体、リスナー同士でもそれが一致するとは限らないのだから、当たり前の話であろう。もともと構想していた当該部分は、以下のような内容であった。これでは余計誤解を生むかもしれない(笑)。
 「前回はフランクまでの古典期からロマン派までの音盤を取り上げていますが、前回今回で取り上げた音盤は、私の視点から重要と思われる作曲家だけ厚くなっています。私はティトゥルーズ/ド・グリニ/トゥルヌミール/デュリュフレの 4 人をフランス・オルガン音楽史の幹線と考えていますが、理由はグレゴリアンの伝統的典礼性の展開こそ、フランスを語る大きな鍵だと思っているからで、音楽史の教科書的なマーキングではありません。私は一介のリスナーでしかありませんので、オルガニストや音楽学者とは、見方が異なる部分はあって当然でしょう。クライテリアに照らして正しいかどうかを問う前に、裏付け取りに腐心せず自分がどう思ったかを前提にすることこそが、リスナーの歩むべき道というものと確信しているからです」




「古典期からロマン派まで」を時系列で俯瞰する

16 世紀後半から 18 世紀までのフランス古典期のオルガン音楽は、典礼音楽の形成と崩壊の歴史とも言えます。時系列で俯瞰すると、3 つの着目点があります。1 つめは、フランスのオルガン音楽は元々 2 つの流れから興ったこと。2 つめは、典礼としてのオルガン音楽は宮廷音楽の要素を吸収しつつ成熟したが、最終的にその衰退と同期したこと。3 つめが、典礼性の衰滅は、オルガン音楽をより自由な表現へ向かわせ、近代への萌芽を胚胎したことです。
(註5) これを追ってみます。

まず、1 つめ。フランスのオルガン音楽の源流は、舞踊を主とした世俗音楽とグレゴリアンに基づく典礼音楽という二元的展開から始まります。時代を経るにつれこれらは合流し、前者が後者に取り込まれる過程を辿ります。(註6) 後者は、ルーアンの人ティトゥルーズから始まります。私はこのティトゥルーズ (註7) と少し後代のルイ・クープランを、骨太で神々しい光輝を音楽に鏤めた偉大なる先達と評価しています。そして 2 人の後続である 17 世紀半ば、ロベルデあたりから純粋な典礼的性格は次第に後退し始めます。(註8) ヴェルサイユの影響ですが、これが 2 つめ。

17 世紀半ば以降、卓れたオルガニストは宮廷に出入りしていましたから、オルガン音楽の中に宮廷音楽が吸収され、展開していくのは自然な流れです。クラヴサンの「組曲」形式を藉(か)りる、また宮廷オペラのレシタティーヴォやアリアをレシ、デュオやトリオといった形式へ転じるなどですが、やがてそれらは「ミサ」にまで展開されます。(註9)
多数の才能あるオルガニスト兼作曲家が集中して現れた 17 世紀後半〜18 世紀前半に様式的な集積度も増し、オルガン音楽は書法的な進化を遂げ、古典期の頂点を迎えます。(註10)
古典期で疑いなく重要なのはグリニです。特に「賛歌」での霊感は奥深く、時を超えた浸透性がある。それに比べ大クープランは、時代精神の表象にすぎないと見えます。(註11) 

さて 18 世紀後半、宮廷音楽は次第に輝きを失い始めます。新たな摂取要素は世俗音楽へと向けられ、古謡に基づくノエル、田園舞曲のミュゼットなどが興隆しますが、オルガン音楽からは、典礼的な性格と書法への情熱が失われていきます。つまり、成育養分の衰退が、様式の終わりも告げたわけです。オルガン音楽は、元来、王侯貴族など特定階層だけが享受できた閉じた世界に存在しました。しかし 18 世紀後半、ノエルやミュゼットの風靡は、オルガン音楽が教会の外へ広がり始めたことを意味しています。(註12) これが 3 つめの話で、オルガン音楽は、古典様式の型にはまった形式・技法から自由になり、また次第に多くの人々に膾炙するようになります。
例えば、18 世紀に半世紀以上も開かれてきた有料演奏会「コンセール・スピリチュエル」 (註13) で絶大な人気を博したバルバートルは、ノートルダム聖堂での典礼演奏も大変な盛況ぶりでした。(註14) こうした逸話から、まだ一部的でしょうが、オルガン演奏が音楽愛好家(聴衆)に開かれ始めた様子がうかがえます。
ところで古典期で大切なことは、オルガン製作ともに密接に進化した側面です。音楽の表現力を拡張せんと、クリコら多数の名匠・名器が登場します。この相互関係は、曲名にストップ名が指定されるように、(註15) 音楽様式と楽器の間に強い一体感を確立しました。

古典が書法的=音響的に完成していく過程には、当時の演奏規範や流行が濃く浸染したはずですが、古典期と現代はまだ「分断」されたままです。今の古楽はそのリンクを取り戻さんと腐心していますが、音響的に魅力ある演奏がなかなか存在しません。(註16) アゴーギクの機微だけでは、オルガンの音響的本性は現れてこない。とはいえ、失われた本来の響きを取り戻すべき演奏の可能性は、まだまだ秘められています。シャピュイの卓越した音色感に見るように、そこには古楽的パラダイムを超えた、オルガニストならではの和声感が重要な鍵になるものと思われます。(註17)

さて、時代はフランス革命へと進みます。数多くのオルガンが破壊され、(註18) 楽器も音楽も荒廃が進んでいきました。この時期、雷や嵐の模倣、管弦楽や行進曲のトランスクリプション、またそれらによる即興演奏が流行します。音楽内容は低俗かもしれませんが、ようやく古典的修辞法の桎梏から解放されたオルガンは、この時期、後代発展する「自在な表現能力」がポテンシャリティとして引き出され始めたように私には思えます。(註19)
ボエリのように古典に回帰した人もいますが、(註20) 古典様式の生態系は死滅した。しかし、混沌の中から新たな生態系も芽吹き始める。音楽家たちに再び「風(プネウマ)」を授けた (註21) のは、ひとりの天才ビルダーでした。





(註5) ここから先は、多少の個人的趣向の話を別とすれば、音楽史の教科書に書かれている内容を圧縮した程度で流れを辿っている程度。もともとの説明内容の方が、自分の関心をよく示している。
 「まず、フランスの古典楽器は、自然倍音列に素直に従い、倍音系列が数学的に規則正しく構成されているのが大きな特徴です。私の目から見た背景としては、16 世紀以降発展した哲学・科学思想の浸透、また技術的クライテリア(基準)の存在を挙げておきたいと思います。前者の代表が、デカルトやフェルマーなどとも親交のあった 17 世紀の学僧、マラン・メルセンヌの『宇宙の調和』です。ここで、彼は楽音の倍音法則を発見し、音と数学の対話を試みます。面白いのは、まだ測定可能前だった周波数の概念をまとめ、自然倍音列や音の協和も周波数比で捉えようとしたことです。次にクライテリアですが、18 世紀後半、ドン・ベドスによる『オルガン製作の技法』がその集成といえるでしょう。古典期オルガンの製作技法のみならず、レジストレーションや演奏法まで言及したまさに大全です。
 16 世紀フランスでは、まだ古典期の楽器スタイルは確立していませんでした。この頃までは北はネーデルランド、南はイタリアから影響を受けたと言われますが、現在、録音に聴かれる古典期の名器のほとんどが 17 世紀以降、特に 18 世紀です。この時期、パリ近郊やアルサスなど名工匠も出始め、名器も増えていきます。加えて、王政の安定期で芸術・文化も大いに開花、宮廷音楽家が多数存在しました。ここから、楽器と音楽家の両方が揃った堅固な生態系が形成されます。」
但し、ここで書いている「3 つめ」の書き方は、デュフルクにしても、その他の音楽史記述についても、大抵は「頽廃と凋落」というようなネガティブな色合いで書かれており、肯定的な見方はほとんどない。私としても、その意見には同感であるが、色々聴いていると、近代への新しい芽が胚胎している見方もできるのではないかとは思っている。
(註19)を参照。


(註6) 前者の話が欠落しているが、前者の流れはアテニャン、ジェルヴェーズ、ルロワといった人たちである。このあたりは 9 月号音盤紹介の冒頭にあげた VOX-BOX やブロス盤、イゾアール(カリオペ)盤など録音は多々ある。


(註7) 彼は、重厚なポリフォニーを築き上げたオルガン典礼音楽の始祖だが、ティトゥルーズの活躍した時期は、まだ古典楽器のスタイルが確立する前で、当時の楽器がフランス国内に残っていないこと、また楽譜も大雑把な記譜にすぎないこともあり、実際、彼の作品演奏は難しい側面が多い。


(註8) このあたりも細かく説明できなかったが、ノートルダムのオルガニストだったシャルル・ラケ、またフランソワ・ロベルデ、ルイ・クープランらがこの時代の人々であり、素朴で力強く、簡素ながら高潔な音楽ではあるが、ポリフォニックで典礼的な音楽の性格は次第に後退し変化してゆく。ロベルデのイタリア様式に沿った『フーガとキャプリス (1660)』などは、まさにその傾向を代表している。


(註9) 例えば、宮廷オペラでの独唱をトロンペットのバス、クロモルヌのテノールなど特定ソロストップで模倣するなど、楽曲形式と楽器音響の一体化が 17〜18 世紀フランス古典のオルガン音楽を象ってもいる。これを可能にしたのは、クリコ、ルフェーブルを始めとする名工匠たちで、楽器スタイルも着実に進化していった。


(註10) 具体的な「集積度」の増し方について、本文では個々の作曲家まで触れる余裕がなかったので、以下補足。各作曲家の個々の音楽的な様相についてまでは、とてもここでは解説できない。音盤情報補足で多少触れるにとどめたい。
 「1630 年代ではニコラ・ルベーグ、ギョーム・ニヴェール、その少しあとにアンドレ・レゾン、ジル・ジュリアン、ジャック・ボワヴァンといった重要な作曲家が生まれます。古典様式を煮詰めていったのはほぼこの人たちです。この第 1 世代の後、1660 〜70 年代に生まれたのが、フランソワ・クープラン、ニコラ・ド・グリニ、ルイ・マルシャン、ギャスパール・コレット、ジャン・アダム・ギラン、ピエール・デュ・マージュ、ルイ=ニコラ・クレランボーら第 2 世代で、ここがフランス古典の精華といえるでしょう。そして途切れることなく、フランソワ・ダジャンクール、ジャン=フランソワ・ダンドリュー、アントワーヌ・ドルネル、ルイ=クロード・ダカンといった第 3 世代が続き、やがて古典期はミシェル・コレットやクロード・バルバートルで終焉を迎えます」


(註11)  さて、大クープランのオルガン作品として残されているのが、「小教区聖堂のためのミサ」と「修道院のためのミサ」の 2 つという事実を考えると、ミサとともに「5 つの賛歌」が残されているグリニと比べること自体、大クープランには聊か分が悪いかもしれない。しかし、現存する大クープランのオルガン作品がこれだけであるのは仕方のない「現実」である。私としては、グリニと同様の意味で、「小教区聖堂」の方は音楽史的には名作であることを否定はしないが、グリニの「ミサ」に比べて退屈さから脱しきれないのは何故なのか、演奏(録音)を通じて、その答えが出ていないと言いたかっただけである。そしてこれは「学問」や「弾き手」の次元の話ではなく、「聴き手」の次元の話なのである。

偉大なる大クープランですら、アレクサンドル・ギルマンの手による校訂譜が上梓されて以降、つまり、ほぼ 20 世紀以降に、ようやく本格的に扱われることになった一人である。そのあと、デュフルクやパイヤールら実践的音楽学者たちによる強力な賞揚が、追い風になったのかもしれない。しかし、もともとデュフルクはグリニも同等に扱っているのだから、なぜ大クープランの評価ばかりが突出してしまったのかは、他要因の相乗に想到するのは自然な成りゆきではなかろうか。それは、やはりオルガン単作の作曲家に比べれば、大クープランが多数のクラブサン組曲をはじめとして、幅広いジャンルの作品を残したことが大きな要因と見るべきかもしれない(同じように、フランクも私にはそう思える。彼がオルガン作だけの人なら、あそこまで高名にはならなかったであろう)。
ただ、現在、この 2 作がそれほど頻繁に演奏会なり、録音レパートリーに挙がってきているのかというのは少々疑問である。慥かにフランス人の主要レパートリではあるかもしれないが、本当に「現代的な感受性とうっとりするような詩情」(デュフルク)を持っているとしたら、古楽演奏であろうがなかろうが、まだまだ取り上げられて当然の作品であるはずである。現在もなお、その「感受性」が通用するものであれば、だが...

数ある録音に関して簡単に遊弋してみたい。リテーズ、アランやシャピュイなど、同一演奏者の再録音などを延べ数として、多目に見積もったとしても、大クープランのオルガン作品の録音(オムニバス的一部曲のみの録音は除く)が各々 50 種を軽々と超えるとは考えにくい(その多くは両曲のセットである)。しかし、それでも、他の古典期作曲家の風琴作品録音数に比べれば、その数はずば抜けて多いことは間違いない。
だが、改めてこうして並べてみると、面白いことがわかる。まず「小教区聖堂」では、古楽演奏が盛んとなった 80 年代後半以降の録音は全体の 1/3 程度で、90 年以降のリリースはさらに減る。「修道院」では80 年代以降の録音が半数程度にはなるものの、やはり多くの音盤が 70 年代以前の録音なのである。まして「小教区聖堂」では 1 - 23 までが、「修道院」でも 1 - 29 までがフランス人オルガニストである。
こうした事実を縦横に並べてみる限り、「フランス古典楽器の音を紹介するのに、一番名の通った古典期の作曲家の作品を使うことがベスト」という意味で、オルガン作品分野に於いても、大クープランがフランス古典音楽の代表として単純に選択された可能性が濃厚であること、また、それに基づき音楽産業が企画・推進してきたという「プロパガンダ」の可能性、さらには「LP 時代でも時間的に丁度良い案配であった」便利さもあったことだろう(だから「修道院」の方が多くなるわけだ)。このあたりは、他作品録音とも併せ、詳しく統計的に比較すれば、より明確になるであろう。そして、これほど録音が多いにも拘わらず、古楽全盛のこの 20 年近くに新譜の層が厚くないということは、現今の古楽なり、オルガン演奏の主対象から少々外れてしまっているのではないのか? 「名作」とはそういう流行に囚われたものではないはずなんだが...

以下は、驚異的録音データベースの
Guide de la Musique d'Orgue enregistrée を参考に、追加情報を加え、私がまとめたものである。これらですべてだとは断言しないが、リリース・レーベルは別として、私の所有盤が含まれていないことはなく、ほとんど網羅されているといってよいだろう。

※各曲、地域別・演奏者アルファベット順。抜萃盤を除く。年数は基本的には録音年だが、古いものなどリリース年が混在している。

■ Messe des Paroisses
  1. Ablitzer, Jean-Charles : St-Nazaire, Carcassonne (Harmonic Records, 1986)
  2. Alain, Marie-Claire : St-Merry, Paris (DF-172, 1956)
  3. Alain, Marie-Claire : St-Pierre, Poitiers (Erato, 1970)
  4. Alain, Marie-Claire : Albi cathédrale (Erato, 1989)
  5. Alain, Marie-Claire : St-Pierre, Poitiers (Erato, 1996)
  6. Bardon, Pierre : Saint-Maximin (Pierre Verany, 1984)
  7. Bouvard, Michel : Saint-Maximin (Sony / RCA Victor, 1993)
  8. Brosse, Jean-Patrice : St-Bertrand, Comminges (Emi / Virgin Veritas, 1991)
  9. Chapuis, Michel : Saint-Maximin (Harmonia Mundi, 1966)
  10. Chapuis, Michel : Pertuis (Astrée, 1977)
  11. Cocheraeu, Pierre : St-Croix, Le Mans (Oiseau-Lyre / Philips, 1957)
  12. Cocheraeu, Pierre : Notre-Dame, Paris (Philips, 1969-70)
  13. Cudurier, Bernard : Albi cathédrale (BNL, 1986)
  14. Isoir, André : St-Germain-des-Prés, Paris (Calliope, 1973)
  15. Lefevre, Philippe : St-Gervais, Paris (FY / Solstice, 1977)
  16. Litaize, Gaston : St-Merry, Paris (Ducretet Thomson, 1955)
  17. Litaize, Gaston : Château-Salins (Studio SM, 1961-62)
  18. Litaize, Gaston : Caudebec-en-Caux (EMI-VSM, 1974)
  19. Marchal, André : La Flèche Le Prytanée militaire (Erato, 1958)
  20. Robert, Georges : St-Merry, Paris (Charlin, 1964-65)
  21. Ross, Scott : Saint-Rémy-de-Provence (Stil, 1985)
  22. Saorgin, René : Monaco cathédrale (REM, 1990)
  23. Vernet, Olivier : La Flèche Le Prytanée militaire (Ligia Digital, 2000)
  24. Rasjö, S : Skánninge (Contrepoint, 1959)
  25. Noehren, Robert : First Presbyterian Church, Deerfield (Lyrichord, 1965-70)
  26. Noehren, Robert : St-Jude R.C. Church, Detroit (Delos, 1986)
  27. Weir, Gillian : Zürich Predigerkirche (Argo, 1973)
  28. Rogg, Lionel : Marmoutier (EMI-VSM, 1973)
  29. Koopman, Ton : Houdan (Philips, 1978)
  30. Arel, Gaston : Oka abbaye (SC, 1981)
  31. Schoonbroodt, Hubert : Abbaye de la Paix Notre-Dame, Liège (Schwann, 1981)
  32. Rü:bsam, Wolfgang : Masevaux (Bellaphon, 1982)
  33. Hurford, Peter : St-Pierre-des-Chartreux, Toulouse (Decca, 1983)
  34. Newman, Antony : Rochester Downtown United Presbyterian Church (Newport Classic, 1988)
  35. Grandmaison, Pierre : Herve (Plein Jeu, 1999)
  36. Suzuki, Masa'aki : Shoin Women's University Chapel, Kobe, Japan (ALM, 1994)
■ Messes des Couvents
  1. Ablitzer, Jean-Charles : Vinça (Harmonic Records, 1986)
  2. Alain, Marie-Claire : St-Merry, Paris (DF-172, 1956)
  3. Alain, Marie-Claire : St-Pierre, Poitiers (Erato, 1970)
  4. Alain, Marie-Claire : Albi cathédrale (Erato, 1989)
  5. Alain, Marie-Claire : St-Pierre, Poitiers (Erato, 1996)
  6. Alain, Marie-Claire : St-Pierre, Poitiers (Erato, 1998)
  7. Bardon, Pierre : Saint-Maximin (Pierre Verany, 1984)
  8. Bouvard, Michel : Cintegabelle (Sony / RCA Victor, 1991)
  9. Brosse, Jean-Patrice : St-Bertrand, Comminges (Emi / Virgin Veritas, 1991)
  10. Chapuis, Michel : Saint-Maximin (Harmonia Mundi, 1967)
  11. Chapuis, Michel : Pertuis (Astrée, 1977)
  12. Cocheraeu, Pierre : St-Croix, Le Mans (Oiseau-Lyre / Philips, 1957)
  13. Cocheraeu, Pierre : Notre-Dame, Paris (Philips, 1969-70)
  14. Cudurier, Bernard : Albi cathédrale (BNL, 1986)
  15. Darasse, Xavier : Notre-Dame, Saint-Etienne (Vox-Turnabout, 1965)
  16. Dupré, Marcel : St-Sulpice, Paris (Westminster, 1958)
  17. Duruflé, Maurice : Le Petit-Andely (EMI, 1969)
  18. Isoir, André : Sarre-Union (Calliope, 1973)
  19. Isoir, André : St-Michel, Thierache (Adda, 1987)
  20. Jaquenod, Jean-Luc : Souvigny (Studio SM, 1970)
  21. Lefevre, Philippe : St-Gervais, Paris (FY / Solstice, 1977)
  22. Litaize, Gaston : Caudebec-en-Caux (EMI-VSM, 1974)
  23. Marchal, André : La Flèche Le Prytanée militaire (Erato, 1955)
  24. Robert, Georges : St-Merry, Paris (Charlin, 1964-65)
  25. Ross, Scott : Saint-Rémy-de-Provence (Stil, 1985)
  26. Saorgin, René : Monaco cathédrale (REM, 1990)
  27. Schnitzler, Claude : Ebersmünster (Pamina, 2000)
  28. Thuault, Olivier : Villedieu-les-Poëles (Association, 1998)
  29. Vernet, Olivier : Saint-Guilhem-le-Désert (Ligia Digital, 2000)
  30. Rasjö, S : Skánninge (Contrepoint, 1959)
  31. Lagacé, Bernard : St-Pascal, Kamouraska (Madrigal, 1965)
  32. Noehren, Robert : St-Richards Episcopal Church, Chicago (Lyrichord, 1965-70)
  33. Weir, Gillian : Zürich Predigerkirche (Argo, 1973)
  34. Rogg, Lionel : Marmoutier (EMI-VSM, 1973)
  35. Reuter, Rudolf : St-Johannes, Borgentreich (Psallite, ?)
  36. Koopman, Ton : Houdan (Philips, 1978)
  37. Leonhardt, Gustav : St-Croix, Bordeaux (Alpha, 2002)
  38. Asselin, Pierre-Yves : Houdan (Denon, 1978)
  39. Schoonbroodt, Hubert : Abbaye de la Paix Notre-Dame, Liège (Schwann, 1981)
  40. Rü:bsam, Wolfgang : Masevaux (Bellaphon, 1982)
  41. Hurford, Peter : St-Pierre-des-Chartreux, Toulouse (Decca, 1983)
  42. Newman, Antony : Rochester Downtown United Presbyterian Church (Newport Classic, 1988)
  43. Jouvet, Laurent : Notre-Dame, Ganagobie (Jade, 1993)
  44. Deitsch, Helmut : Saint-Avold (Arte Nova, 1996)
  45. Gütting, Thomas : Kreuzkirche, Stapelmoor (Thorofon, 1999)
  46. Grandmaison, Pierre : Abbatiale des Bénédictines, Liège (Plein Jeu, 1999)


(註12) ノエルやミュゼットの風靡は「オルガン音楽が教会の外へ広がり始めた」という書き方は、本当は適切な言い方とは言えないかもしれない。実態としては、デュフルクが記すとおり、オルガニスト/作曲家が同時代の人々の聊かあぶなげな鑑識眼に阿(おもね)た結果であるというのが正しい判断だろう。しかし、逆に考えてみれば、オルガン音楽が教会外に浸透していく過程としては、当時、宮廷及び上流社会文化との相関なしには考えにくいわけで、私は音楽的な価値の高低について語るよりも、まずオルガンが多くの耳に膾炙するようになったことを評価したいという意味である。実際、例えばフラゴナールやワットーの田園画に見られるような牧歌生活への憧憬を音に託したミュゼット(尤もこれは同名の管楽器の音色的模倣という意味もあろう)、また古雅なクリスマス祝歌に人々の敬虔な喜びを託したノエル変奏曲などといったオルガン音楽の変化は、古典形式をほぼ打ち壊したわけだが、それは逆に言えば「よく回る指」、クリコら名器の音のパレットを存分に披瀝できる「色彩感の広がり」をオルガン音楽の中に組み込んでいったのである。


(註13) 「コンセール・スピリチュエル(Concerts spirituels)」は、ルイ14世が亡くなってから10年後、1725年に創設されたフランスの演奏会組織。王室のエキュリ(野外音楽・儀式担当)のメンバーであったアンヌ・ダカン・フィリドールが始めた公開有料演奏会で、オペラなどの公演が禁止された四旬節(キリスト復活に先立つ肉断ちと懺悔の 40 日間で、一切の娯楽を放棄する期間)に開かれた。 なお、この演奏会はフランス革命中の 1791 年まで 65 年という長期間にわたって開催され、オペラを除き、フランス内外の作曲家/演奏家が集中した。常設の管弦楽団と合唱団を持ち、宗教音楽と同時に各種ジャンルの作品を演奏し、フランスにおける最初の「定期」演奏会として、パリの音楽愛好家が楽しむ場となり、音楽史上大きな役割を果たした。モーツァルトの「パリ交響曲」も、ここで 1778 年に初演されている。


(註14) バルバートルはコンセール・スピリチュエルにヴァーチュオーゾ・オルガニストとして名を馳せただけではなく、サン=ロック、次いでノートルダム大聖堂のオルガニストにもなったが、ノートルダムでの彼の演奏は大変な人気であり、大司教は 1762 年と 1776 年の 2 度、典礼の最中に彼の演奏を止めさせたことは有名な話。


(註15) 
(註9)でも多少触れたのだが、フランスのオルガン音楽が「楽器と音楽が充実した対話を築き続けてきた一体性があるからこそ」と謳う以上、本来はこの点について詳説しなければならないのだが、簡単に触れておくにとどめる。主にソロ・ストップだが、トロムペット、ティエルス、ナザール、ヴォア・ユメーヌ、コルネ、クロモルヌなどがテノール、バスなどの音域とともに指定されている。


(註16) そういう点からしても、慥かに古典期の作品の多くはフランス古典期の楽器でなければ、演奏に支障があることはもっともな話であるが、ただ指定どおりに弾けばいいわけでもない難しさがある。さらに、指定されたストップを使うレジストレーションの醸し出す音色感が、現代人がすべて心地よい美しさと受け取るとは限らないこともある。例えば、フランスの古典楽器では、倍音管はほぼフルート系で基音が強いが、そこで特に鍵盤の低域で 2+2/3' や 1+3/5' などの奇数次倍音に相当するピッチの音が妙に目立つことがある。その代表例が「Tierce en taille(ティエルスをテノールで)」というレジストレーション(曲名)である。この曲名では、テノール(taille)の音域である中低音域で弾くので、基音(8')に対する第 3 倍音の 5 度(2+2/3':オクターヴ上の 5 度)や第 5 倍音の 3 度(1+3/5':2 オクターヴ上の長 3 度)など、奇数次の倍音がやや分離する感覚となり、何やらハモらない具合いに聞こえるのだが、フランスのオルガン音楽以外で、このような音色はほとんど出てこない。何かアンニュイで、平衡感覚のやや崩れたような感覚に聞こえる。この音色を偏愛したのは 17〜18 世紀のフランス人だけなのだが、このあたり、当時もまだ「プレッシュー(precieux)」や「ビュレスク(burlesque)」のような、高尚だがある種奇矯なサロン文化の伝統も底流にあったなど、音楽にもそうした時代趣味が色濃く溶け込んでいるのかもしれない。しかし、これがそのまま演奏されることが、現代にまで続く「美学」にも通じるかと言えば、わざわざ好きにならない限り、何とも言えないところである。解説でそう書くことで理解を求めるのも一つの手だが、古楽演奏が、例えばこういうあたりをどう解決していくのかなども、まだまだ期待したいのである。


(註17) 現代の古楽的実践の進歩をしても、例えば音楽史、地誌、歴史や楽器及び奏法等に関して詳細な知識を有していても、結果的に「表現力の豊かな音楽」として聴き手に伝わるものがなければ、古典期の音楽は聴き手にとって面白味の薄い音楽になりかねない。つまり、音符どおりに弾いていても全く意味をなさない場合がフランス古典には多いのである。そうした演奏や録音は以前に比べれば激減したものの、反面、ノート・イネガルの実践であるとか、古典楽器で正しくレジストレーションを構成するというだけの発想だけでは、とりわけオルガンの音色感に関して、聴き手を惹きつけることは難しいのではないかとずっと考えてきた。そういう意味でも、単に古楽的規定をガチガチに遵守する演奏よりは、シャピュイのように、オルガニストとしての和声感覚の鋭敏さに基づいた想像力が、たとえ古楽のガイドラインを少しく逸脱したとしても、すぐれた演奏に結びつくのであれば歓迎したいのである。


(註18) フランス革命に端を発したフランス国内の内訌状態により、武器に転じる金属パイプをはじめ、数多くのオルガンが戦時供出を余儀なくされた。また、教会は旧体制の特権階級とみなす革命勢力らによる破壊の対象となった。このように革命期から第一帝政期までは、オルガンを取り巻く環境は荒廃していくが、財産を国家に没収された教会側でも楽器再建造のための財政的余裕がなく、オルガン製作の進展も遅々として進まなかった。


(註19) ここで言いたいことも、
(註12)で申し上げた主張とほぼ同様である。例えば、バルバートルの「ラ・マルセイエーズ」変奏曲に始まり、パストラルと称する雷や嵐の模倣を組み込んだ作品、またセジャンや「サンフォニー・コンセルタント」を書いたギョーム・ラスーといった人たちによる交響曲や軍楽行進曲等のトランスクリプションなどに至るまで、音楽内容的には「頽廃と凋落」の極みに進んでいった。しかし、慥かに「頽廃と凋落」としか言いようがないとはいえ、近代・現代のオルガン作品が、楽器機能の進展とともに、多様なトランスクリプション群を生み出した片翼も評価するならば、その萌芽がこの時代に見られるということを評価する視点もあってよいだろう。このような音楽展開は、例えば後代では、ルフェビュル=ヴェリのみならず、フランクの「パストラル」においてもペダルによる雷の模倣が見られるし、(リストや)デュボアなどの多数のトランスクリプション、さらに音楽形式的な発想からオルガンに「交響曲」を持ち込んだヴィドールやヴィエルヌらと、その底流は完全に消え去ったわけではない。


(註20) アレクサンドル・ピエール・フランソワ・ボエリは、古典に回帰したというよりも、混乱した時代の中で、彼は古典様式をよく修め、フランスに大バッハという財産をもたらした。しかし、単に古典的精華というよりは、その後のロマン派への橋渡し役としての功績も大きい。録音はまだまだ少ないが、現在再評価の機運もあり、これからのリリースに期待したい。ボエリといえば「ファンタジア」が有名だが、例えば、「ドゥニゾの聖歌による 14 の前奏曲」など、バッハのコラールのような古典とロマン派風の音色感のはざまに漂う名品も印象的である。


(註21) プネウマ自体は「息吹き(魂)」の意味であるから、音楽史に息を吹きかけたという意味とオルガンの「風」という意味をかけた、洒落にすぎない。




本文編 [2] に続く


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