| 儂 |
今更乍ら、パイヤアル、良いですね。スタンデイジ以前にルクレエルの協奏曲のまとまつた録音と言ふと、此のパイヤアル室内管のものしか儂は知らなかつた。それでも此奴は 77 - 78 年の録音だから、録音されたのが遲いと言へば遲過ぎるんだが。
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| 某 |
そう言や、パイヤール室内管弦楽団という名前も、結成当初はジャン=マリー・ルクレール器楽合奏団だったはず...
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| 儂 |
さうさう、よく御存知で。パイヤアルはデユフルク門下の音樂學者でもあるから。彼の書いたクセジユの『佛蘭西古典音樂』といふ本のお蔭で、世界的にリユリやクウプラン、ラモオといつた作曲家たちが再評価されたやうですな。實際、可成り彼等が演奏で廣めていつたから、こりやメデイア・ミツクスみたひなものかしらね。
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| 某 |
でも、彼が当時は殆ど忘失(わす)れとったフランス・クラシックの作曲家の中から、ルクレールの名を自分の団体名に選んだことを考えれば、録音は本当に遅かったかもしれん。
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| 儂 |
ルクレエルに關して言へば、パイヤアルとしては期が盈(み)つるを待つてゐたかも。其れはパイヤアル自身の熟成でもあり、合奏團の實力といふ點でも。逆に待つた甲斐があるかもしれない。ふくよかで霑(うるほ)ひあり、適度に緊しく、しかも風趣を失はず。リラツクスした感すらあります。ジヤリも伸び々々彈いてゐるし。儂はまう、此で十分(いゝ)んぢやないか、と。
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| 某 |
こういう曲調だと緊張感もないだろうけど、ルクレールの「雅やかさ」なるは、ちとくすんだ味わいがあるね。それと表面的に華美に舞わない玄人好みの技巧の披瀝なんかも。パイヤール盤の良さは、その辺の力みを感じんことかな。これを聴くと、スタンデイジはやっぱり下手。op.10 の 2 なんかよたってるし。古楽って、実は見栄えぱっかのものが多いんかな...
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| 儂 |
まあ、古樂つたつて天地(ぴんきり)ですからね。何處かの音樂學者(だつたかの人)は褒めてゐたけれど、儂もスタンデイジはだうも、ね。指揮も特段...。ピノツクの頃からさうだけれど、時々弓捌きがギスギスする。スタンデイジは、古樂といふこともあるけれど、柔和で豐かな音樂の流れと薫香を醸し出さうとしてゐる割に、響きが安いと云ひますか、平べつたく枯れかゝつちまふのが氣になります。畢竟、古樂器でさういふ瑕疵が出てくることがどのみち不可避だとは、皆わかつてゐるんですよ。何が何でも時代考證的古樂、といふ流行を少し引かせて、共生すればいゝんです。
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| 某 |
僕もそう思う。古楽興隆以降、こうした現代楽器の合奏によるバロックは今は殆ど省みられんけど、まだまだ捨てられない良いものは一杯あるけどな。古い録音も出てこんし。ミュンヒンガーとか、レーデル、シモーネとか、オーリヤコンブあたり、ね。 LP 廉価盤時代は寵児だったけど、今や皆ほとんど CD 化されない。最近は、イタリア合奏団あたりしか衣鉢を継ぐ団体がないんでは悲しいねぇ...
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| 儂 |
贊成です。加へてマリナア初期のバロツクものやボニング初期の ECO とのヘンデルなどの復興も願ひますよ。何事もどちらかの在りやうに偏頗してはいかんのです。
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