3.

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Karol Szymanowski
( MUZA : XL0116/0120/0126/0149 ; 4LPs + 1 )
- Violin Concerto No. 1 op. 35
- Symphony Concertante op. 60
- Symphony No. 2 B flat major op. 19
- Roxana's Song from " King Roger "
- I am and I weep
- Litania do Marii Panny op. 59
- String Quartet No.2 op. 56
- Mazurkas op. 50
- Stabat Mater op. 53
- Symphony No. 3 " Song of the Night " op. 27
Wanda Wilkomirska (vn: 1), Borodin Quartet (7)
Jan Ekier (pf: 2), Barbara Hesse-Bukowska (pf: 8)
Stefania Woytowicz (sp), Krystyna Szczepanska (alt)
Andrzej Hiolski (br)
Polish National Philharmonic Symphony Orchestra
Grzegorz Fitelberg (dir : 2)
Witold Rowicki (dir)
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Karol Szymanowski : Oevre pour violin et piano
( ACCORD : 2011221 )
- Sonate en ré mineur op. 9
- Romance en Ré majeur op. 23
- Nocturne et Tarentelle op. 28
- Mythes op. 30
- Berceuse d'Aïtacho Enia op. 52
Annick Roussin (vn)
Pascal Le Corre (pf)
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Karol Szymanowski : Complete works for Violin and Piano
( ONDINE : ODE 759-2 )
- Sonate en ré mineur op. 9
- Romance en Ré majeur op. 23
- Nocturne et Tarentelle op. 28
- Mythes op. 30
- Three Paganini Caprice op. 40
- Lullaby op. 52
Eeva Koskinen (vn)
Juhani Lagerspetz (pf)
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... (a) 經驗的に認められる各々の表象作用や意志作用、或いは感情の所作の中で働いてゐる我々の意識的な靈的生活の奧底に、我々の生と存在の、我々自身にとつて意識されない非常に大きな領域があり、その中へ、またはその窮極的な深みへこの上なく鋭い自己省察をしやうとしても無駄であるが如き領域である。
Rudolf Otto " West-östlische Mystik ", München, 1971
自己内にある精神的汚穢を芟除してゆくうちに、いつのまにか、それは自己意識の内より高次なるものへの遡及へと連なり、心持ちが清々晴れてきたのであった。しかしいつもは、その傍らにある人間意識の茫漠とした、深い昏さというものばかりに囚われてきたように思う。私はなかなか脆弱なるがゆえに、折角の己が染め色もすぐ褪せてしまい、理窟で本然を召喚しようとして、いつも失敗してきた。その己が心の内訌は、全て己が無自覚なる蓄積なき営為にこそ淵源していたのだ、と改めて豁然と啓き得たような気がしたのである。
そんな中でシマノフスキを聴いていると、まるで禅の最中にあるかの如き心持ちとなる。しかし、本当はそうではない。これは音楽の大勢から、己が直観を帰趨せしめられるというものに非ず。音の細部・音楽のトリビアルより馨り出づる眩惑にふらふらと蠱惑され続ける、通時的営為なのだと思う。シマノフスキに於いては、全体構造の筆致から溢出するものを探さんと欲せば、それはエーテルが如く、即ち、聴いたのちに揮発してしまっている。揮発せんとする、まさにその場の官能を捉え、酩酔を持続せしむること以外、真の捉え方は他にはないように思える。これは聴き手にとっては、まるで発無を繰り返しているようにすら思い惑うものなのである。
何故にかと問えば、彼の描くテクスチュアは、より細部に於いて、個の奥底からより高次なるものへ、意識の中で遡及してゆくが如きものだからである。そして、どうもそれは論理的に整合してゆく過程とは違うものだ。彼の音楽は、基督教の理念的遺産、または近代西欧における理性的遺産を否定し去る「周縁的」生命力を持っている。それは中世的ですらあるが、ゴチックでもないのだ。不気味で深く陰鬱な水面ではあるが、底なく滾々と湧出する泉が如きもの。彼の音楽語法の行く手とは、体系合理主義の延長に非ず、合理性を超え、その構成諸要素の厳密さとの対照を通じて、只管に合理性のフレームを破壊し去ってゆくかのように思える。自己内在化の途すらも、それを通じてでなくしてはならない。
私がシマノフスキを愛するのも、ただ、自己意識をゆるりと遡及するが如く、呼吸を同じくするものだからであると思っている。そしてそれは、あたかもエックハルトに観ずるのと同じところからの好意でもあるように思う。
加国にてこのポーランド・プレスのシマノフスキの 4 枚組を購う(これにはシマノフスキによるマズルカの自演とプラハでのインタビューが附録されている)。ロヴィツキがシマノフスキを録音していない筈はないと思っていたが、やはり纏まってあった。まず、真っ先に「スターバト・マーテル」を聴いたのだが、実にストレートな演奏で、面喰らった。ただの後期浪漫派の作品になってしまう。細部に何も宿っても、漂ってもいない。それでもシマノフスキの色彩は濃厚にあるけれど... ウィルコミルスカとのヴァイオリン協奏曲は、彼女の甘美なる余滴は聴けるが、ロヴィツキの指揮は、総じて生硬な味わいであり、NAXOS のストリージャの方がずっとロマンチックでさえある。全般、シマノフスキをリジッドに引き出そうとする意欲は、少し違うのではないかとも思えた。
そういう意味では、次のヴァイオリンとピアノのための作品輯の 2 盤も、まずアコール盤に似たようなものを感ずる。音は華麗なのだが、シマノフスキの音楽はこれほど美顔ではない。それよりも、どうしても音楽の語法をトータルに整合しようとする味わいに傾くのである。ロマンチシズムとシマノフスキの細部的美学とを和合せしめてはいけない。オンディーヌ盤とて、それを昇華しているわけでもない。「神話」は特にともに活写すべき境位が違うようだ。誰かこれらがヴァイオリン作品で、我が憧憬を満たして呉れはしまいか...
[附記 : 990817]
勿論、現在もそうだが、この頃シマノフスキに完全にかたぶいていた。時期的に内憂外患。仕事もプライベートも(ネットも)、不愉快なことばかりと殻に籠もっていた時期。しかし、umwelt の問題であると考え直し、省察を繰り返してゆく裡に、心の汚穢も晴れてきた。だが折角癒やした後も、必ずや誰かによってぶち壊されてきた。ずっとこの繰り返し。シマノフスキを捨て去れる日は、なかなかやって来ないのかも...
2.

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Haydn : Symphony No.97, 98, 99
( SONY CLASSICAL : MHK 62979 )
- Haydn : Symphony No.97 in C major
- Haydn : Symphony No.98 in B-flat major
- Haydn : Symphony No.97 in E-flat major
Cleveland Orchestra
George Szell (dir)
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Merry Overtures
( EPIC : LC3506 ; LP )
- J.Strauss II : « Die Fledermaus » Overture
- Auber : « Fra Diavolo » Overture
- Mozart : « Le nozze di Figaro » Overture
- Smetana : « The Bartered Bride » Overture
- Rossini : « La gazza ladra » Overture
- Berlioz : Overture The Roman Carnival
Cleveland Orchestra
George Szell (dir)
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Thcaikovsky : Symphony No. 5
( CBS : MYK 37767 )
- Symphony No. 5 in E minor op.64
Cleveland Orchestra
George Szell (dir)
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... その夜クセノポンは次のやうな夢を見た。足枷をかけられてゐたのだが、その枷がひとりでに取れ落ちて自由の身となり、思ふが儘に歩けるやうになつたといふ夢である。
クセノポン 『アナバシス』巻 4.3.8
66 年 2 月のボストン・シンフォニーホールにおけるセル&クリーヴランド管のライブ・テープを最近さる方より頂戴したのだが、なかなか素晴らしかった。ハイドンの 99 番、R・シュトラウスの「死と変容」、ドゥボルジャックの 8 番というプログラムである。もうこの時分での両者の関係は、完璧なる一枚岩。ライブならではの緊迫感もさることながら、ドゥボルジャックの 8 番など、70 年の EMI 録音とほぼ水準は同じと感じられた。しかし前半の 2 曲については、やや意外な感を受ける。演奏は勿論素晴らしいのだが、何となくたおやかに聞こえるのである。ハイドンではリズムの冴え、シニカルな表情が衒わずによく出ているし、シュトラウスも後半の音像と表現の豊かさなど痛快である。しかし何かが違うように思えた。
この 2 曲は各々ディスクで何度も聴いているが、実はそこに理由があった。ともに録音されたのが 57 年。この頃の録音は音が生硬なのだが、ダイナミクスといい、音の力感といい、64〜5 年以降のクリーヴランドには聴けぬ、セルの強くホットなドライブ感がある。後の録音のように、フレージングの粋とか清水のように爽快澄明なハーモニーなど、完璧に均衡安定した味わいは欠ける代わりに、かなり手厳しく手綱を引っ張るセルと、必死に疾駆善戦するクリーヴランド管との、或る種白熱した旨みが溢出している時代である。逆にそれ以前は、完全無欠たる合奏力にはまだまだ粗い。まさにここがクリーヴランド管の「黄金期の中の黄金期」とでも言えようか。この 2 曲もそうした頃の録音で、それを頭の中で比べてしまうと、やはり雰囲気はかなり違うのである。そう思い、58 年録音のドゥボルジャックの 8 番を引っ張り出して聴くと、これまた同じ感覚をおぼえるのだ。
これまでクリーヴランドでのセルを聴いてきた中で、断然、彼の素晴らしさが顕現していると思うのは、この 57 年頃から 63 年頃と見る。あの素晴らしいエルミタージュのルガーノ・ライブがまさに 57 年。この時期の録音を賞揚するのは、この楽団の水準がまさに高みを窮めようとする直前の加速期であること、そしてセルのそれまでの芸術姿勢がそのままに延長していること、この 2 点がこの時期にしっかり交差しているからである。前者はともかく「セルのそれまでの芸術姿勢」とは何か。それは 2 つのディメンションからなる。
ひとつは、「非常にロマンチックかつホットである」こと。セルにはそれがないと誤解している人が多いが、それはのちのクリーヴランド・トーンと混同しているだけで、クリーヴランド・トーンの完璧な確立以後のセルしか知らない(知ろうとしない)人である。実際、彼のロマンチシズムは清廉であるが、耽美は深く、決して色合いの淡いものではなかつた。
もうひとつは、こちらの方が重要なのだが、「強靭なドライブを伴って音楽のフレームを徹底して潔癖に引き出そうという姿勢」である。この時期では、やや余裕のない生硬さが付随しがちになる場合もあるが、曲が見事はまれば恐ろしいほど求心的な演奏になる。この筆頭例は何と言っても、ベートーフェンの「エロイカ」だろう。
この 57 年頃から 63 年頃は、この 2 つの側面が、実に明々白々と聴き取れる時期である。そしてセルとは、真にこういう指揮者であった筈なのである。強引ともいえる意欲的なドライブが、クリーヴランド・トーンに吸収され始める 64〜5 年以降の録音では、セルのこうした側面が薄らいでしまったように思える。それが彼の老成であるといえばそれまでだが、むしろクリーヴランド・トーンがセルを逆に包摂してしまったとすら考えられる。しかし、セルが「荒れる」ことのない指揮者というイメージは、この時期までは必ずしも当てはまらないのである。以下、50 年代後半の録音から、この 2 つの性質を見てみる。
例えば、SONY ヘリテージから出たハイドンの 97〜99 番。97 と 99 番が 57 年の録音、98 番は 69 年の録音である。98 番がこのアルバムで「浮いて」聞えてしまうように、57 年録音の 2 曲は、まさに上掲後者の側面が強いからだ。97 番は、この 98 番と同時期のテイクがあるので聴き比べるとわかるが、57 年では、きびきびとしたテンポで鋭角的、強いドライブ感溢れる演奏になっている。ドライブ感そのものは、トスカニーニ的ですらあるが、表情は幾分ぶっきらぼうで、剃刀の如く切れる感がある。反面、69 年の録音はテンポは少し緩やかになり、音の温みと表情の膨らみが増し、細かなニュアンスが非常によく現れてくる。そういうところ、ハイドンはやはり録音年代があとになればなるほどよい。クリーヴランドにおける合奏の精度と音の透明度が徹底され、ハイドン特有のからりとしたウィットと形式美が、セルの知性に下支えされてうまく出てくるからである。とはいえ、この直線的な切れ味のハイドンも、無論、捨て難い魅力がある。
次に、有名序曲をフィーチャした「Merry Overtures」。上掲の特徴をともに備えた名盤といえる。こういう凄い演奏記録は、60 年代にはほとんどない。中でも「こうもり」序曲は見事なできばえ。これは 56 年録音だが、セルのドライブが細部まで相当厳しく徹底されているだけではなく、フレージングの敏捷さや表情の美しさが、これほどうまく止揚されたものはない。また、ベルリオーズの「ローマの謝肉祭」。畳み込むようなラストが凄い。「かささぎ」序曲は 67 年にも再録音しているが、その力感がまるで違う。「Fra Diavolo」などパレーの洒脱な佳演からすれば、元気がよすぎるきらいはある。だが、セルの指揮を聴いて、これくらい爽快な愉悦感に浸れるというのも珍しい。セルが手がける通俗小品は、音楽的に生真面目過ぎて面白くないものもあるが、このアルバムではどの曲も皆眩さに満ちている。ヘリテージでの CD 化を望みたい最右翼のアルバムだ。
最後が、上掲前者の側面の筆頭例といえるチャイコフスキィの 5 番。奥座敷でのチェリビダッケの同曲のあとで十数年振りに聴き直したのだが、こんなに凄かったのかと改めて喫驚してしまった。冷たく沸騰するかのごとく「見事に荒れた」演奏なのである。この程度で荒れていると言えるのかという人もいるとは思うが、セルの録音の中では荒れているクチである。これを最初に聴いた頃は、何と味も素っ気もない演奏かと思っていた。しかし今や、セルにしては異例なほど耽美なロマンチシズムに充溢している。それだけではなく、不気味なほどオケを全力で疾走させているのも特筆。にも拘わらず、音楽形式の敘述が少しも歪むこともない。だからこそ、この作品のつまらなさが見事に現出してしまうのではないかと思う。強硬に突っ走るセルは 50 年代の録音には幾つかあって面白いが、このくらい濃厚かつ清廉なロマンチシズムまでも求心的に引き込んだ録音は他にはないと思う。
しかし、セルがこういう特質を持ち併せていた指揮者ならば、時にライブなどで、この人の健全な完璧主義という足枷が、自然と取れ落ちる瞬間とは一体どんなだったであろうかと考えてしまう。59 年ザルツブルクでの「魔笛」に、その味わいを少しだけ垣間見ることができたように思えるが、50 年代後半こそ、VPO や BPO あたりとのセッションがザルツブルク以外殆ど遺されていないのが、本当に残念である。
[附記 : 990817]
一部下手糞な表現、さもしき表現などを修正した。この記述は、セルについて意欲満々で調査蒐集にあたっていた頃のもので、至る所に幼稚な捉え方や曖昧な総括が現れており、今や慚愧に堪えない。
この頃、自分としても取り敢えず、一旦何かまとめた方がよかろうと思ったことが、この戯れ文の成立背景である。私がサービス精神で書いたものは、悉く詰まらぬものが多いが、これはその筆頭かもしれない。現実に例示すべき射程が甘く、非常に短絡的な例証になっていたので、当時としても、それなりに良識が働き、「セル雑類記−或る結論への一試論−」という題名にしたのだと記憶している。
[附記 : 20030222]
今はセルに躍起となることもなくなった。音楽に対する価値観が大きく変わってきたためでもあるが、それでも聴き直すたびに、セルはやはり偉大なるスタンダードだと思わざるを得ない。
1.

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Ravel, Debussy, Satie
( SONY CLASSICAL : SBK 63056 )
- Debbusy : Petite Suite
- Ravel : Introduction & Allegro
- Satie (Debbusy) : Gymnopèdies
- Ravel : Ma Mére l'oye
- Ravel : Pavane pour une infante dèfunte
- Ravel : La Valse
Cleveland Orchestra (1-3, 5)
Philadelphia Orchestra (4, 6)
Louis Lane (dir : 1-3), George Szell (dir : 5)
Eugene Omandy (dir : 4,6)
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Respighi, Scarlatti/Tommasini
( SONY CLASSICAL : SBK 60311 )
- Respighi : " Gli uccelli "
- Respighi : " Vetrate di chiesa "
- Scarlatti (Tommasini) : " Le donne di buon umore "
Philadelphia Orchestra (1,2)
Cleveland Orchestra (3)
Eugene Omandy (dir : 1,2)
Louis Lane (dir : 3)
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... 当時海軍大学校では、「嶋田戦略」といって、嶋田繁太郎中将が中佐時代に海大教官として作った赤本が、戦略に関するほとんど唯一の参考書になっていたが、読んでみると、モルトケ曰く、クラウセヴィッツ曰く、マハン曰く、古い外国の軍書からの断片的な引用ばかりで、なぜそうあらねばならぬかという基本思想は示していなかった。軍人に限らず、日本人の秀才の勉強の成果はたいていがこの種のかたちを成す。
阿川弘之 『米内光政』

Louis Lane in 1970
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ルイス・レーンという指揮者は、かのジョージ・セル麾下時代、クリーヴランド管の副指揮者だった人である。大阪における万国博覧会の楽団来日時も同行(往時の来日記者会見で「1 にリズム、2 にリズム...」などと申したのは彼である。セルの代弁ではあったが)、セル亡きあとは、ダラスやアトランタなど遍歴。その間もクリーヴランドとの関係はずっと続いていたらしい。音楽家としては勤勉優秀、現代もののレペルトワールも広く、地道な指導者的存在ではあった。しかし、同じ副指揮者仲間であったジェイムズ・レヴァインやロバート・ショウらのように、華やかな舞台からは遠い人であった。最近リリースされたセルのベートーフェン「序曲集」にも、「プロメテウス」1 曲だけ、彼の指揮がカプリングされているのをご存知の方もいるだろう。
レーンを聴く契機は、セル時代、セル以外の指揮者が録音したクリーヴランド管の音の調査が発端である。クリーヴランド管の商用録音記録によれば、レーンには 1969 年にスカルラッティ/トマシーニの「愉悦的貴婦人達」とバッハ/ウォルトンの「聰明的乙女達」の録音があり、たまたまマルケヴィチ盤以外のトマシーニを物色していたこともあり、レーン盤を落手した(しかもこの「愉悦的貴婦人達」は全曲版であり、多分これ以外に全曲版の録音はないだろう)。また、商用録音記録には記載のない、ドビュッシィ(ビュッセル編)小組曲、ラヴェルの序奏とアレグロ、サティのジムノペディなども CD リリースされている。
レーンは実直で生真面目な人だったようだが、彼のタクトも人柄がその儘の形で現れている。俊秀ではあるけれど、一流の仕事をなしえる才能ではないという指揮者である。しかし、皮肉にも彼を通して初めてわかったことが 2 つある。ひとつはセルの教育的精華とは何だったのかということ。そしてもうひとつは、往時のクリーヴランド管の実力実態である。
ここに聴けるレーンには、実際、セルの薫陶がかなり色濃く反映されている。しかし、その全ては技能的な断片の集合であり、彼の音楽観を通じた有機的な再構築とは言えない。セルの薫陶は、VTR 記録やマックス・ルドルフの著書などから拝察するに、客観的で緻密な技能的解決には奏効しようが、なぜそうあらねばならぬかを下支えする、自己の本然的な音楽体験の解決は介在していないと私は考えている。この場合、真なる才能のなき者は、せいぜい高い技能レベルに止住するしかない。
レーンからセルを逆照射すると、セルの持つ抽象的能力の高さは、逆に音楽的エピゴーネンを育くむ裾野につながらなかったことを示唆している。それはセルの限界なのではない。ショウやレヴァインの場合、のちの各々の行方を考えれば、セルの特長とそれゆえの限界点をきちんと見切り、それを批判的亀鑑として、自己の本然的路程をブラッシュアップできたからこそ、大成しえたのだろう。レーンは、師をトータルに喝破し、その屍を跨ぎ越すことまではできなかった。同じ軸の延長上で師を真似ても、師を超えることは不可能であるにも拘わらず、彼は敢えて師と同じ路程を歩もうとしていたのだと思う。
例えば「愉悦的貴婦人達」は、フレージング、リズム処理、パート・バランスの緻密な練り上げなど、たとえクリーヴランド管のメンバーにお任せだったにせよ、素晴らしい合奏に仕上がっている。しかし、音楽そのものの活力と推進力、そして何より音楽のダイナミクスとヤマ場の作り込みが、何も解決されていない。「序奏とアレグロ」ではそれが決定的となる。音楽が書かれた筋のとおりにただ進む、というだけなのである。実はこの「愉悦的貴婦人達」のセッション辺りで、ブレーズがダフニスの第 2 組曲を録音している。同じ頃の同じ楽団のセッションで、演奏の冴えは信じがたいほど違う。換言すれば、当時のクリーヴランド管の実力の幅の広さというものは、我々が想像していた以上に凄いものであったということになる。
それが 2 つめのことになる。セル、ブレーズ、レーン各々で指揮者の要求に厳密に寄り添えているものの、クリーヴランド管のアイデンティティは紛れもなく濃厚なのである。日本の評論家諸氏が彼等の来日公演で、セルとブレーズという両極端の完璧主義が紡ぎ出した音の違いは克明だ、と挙って賞讃した。しかし、私には克明に違うものとは思えない。あるとしても、それは単に作品の配色からくる温度感だけなのである。
特にセル最後の録音である EMI のドゥボルジャックの 8 番とシューベルトのグレートにおけるヒューマニスティックな響きを、セルの晩成と受け取る人が多いが、それは違うのである。それは完全にクリーヴランド管の自立した音そのものである。セルはもはや、あの録音では自分のこれまでの組み立てを彼等にリマインドしたに過ぎない。その答えはブレーズとレーンの録音の中にちゃんとある。
「ダフニス」でブレーズは、自分の構築をきっちりこの楽団に要求しながらも、後年臆面もなく出てくる彼本来のロマンチシズムを、この楽団が見事に自分達の色合いで「引き出してしまって」いたことが、最近のリマスターでわかる。指揮者に適応する能力が高いというより、もうこの時期、逆に指揮者の能力におのがカラレーションを完璧に添えられるまでに彼等は育ってしまっていた。これまでの一連の誤解は、ただ CBS SONY のカッティングが誘引しただけのことではないだろうか。
そこでレーンの「小組曲」。特筆に値するほど美しい響きで、ヘブンリィな感触さえある。しかし、棒はまるでテンポをつけるためだけに振っているかのようだ。レーンは、セルやブレーズとは逆に、如何に衒わず、その暖かで明瞭なアンサンブルをありの儘に出すか、それこそが自分の使命であるかのように、只管に凡庸に棒を振つているように聞えてならない。ここでのクリーヴランド管は、その本然的色合い、即ち、セル晩年の録音におけるカラレーションをありのまま、自然に溢出している。
しかし、どんなに高次元のアンサンブルを誇る楽団であろうとも、偉大なる指揮者が振らねば、真にそのオーラが樹立しないことも、まさにレーンは実証しているのである。クリーヴランド管における最晩年のセルの役割は、もはやそのオーラだけだったと言っても過言ではない。レーンのこの時期の録音は、この偉大なる巨匠の手兵そのものの真価を、まざまざと教えてくれているのである。そして極論をすれば、セル亡き後は、この楽団には偉大なるオーラだけが必要だった。そして偉大なるオーラは、彼等の全盛期に再びやって来ることはなかったのである。
[附記 : 990817]
表現の混濁修正を施した。私の文章は長いものが多く、意識的に分断する必要がある。
この記述も次のセルと背景は同じ。しかし、レーンを糞味噌に述べているように読めるが、実はそうではない。彼は彼なりに立派な仕事をしたと思っている。但し、ここでは、彼が離れられなかった偉大な楽師の親指とは何だったのかを探る原点として、彼を利用して書いていることは間違いない。
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