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Honegger : Joan of arc at the stake
( COLUMBIA : 32 21 0004 ; 2LPs )
- Honegger : Joan of arc at the stake (English version)
Vera Zorina (Joan), Alec Clunes (Dominic)
Heather Harper (sp), Gwenyth Annear (sp)
Helen Watts (cnt), Alexander Young (tn), Forbs Robinson (bs)
The Orpington junior singers
London Symphony Orchestra & Chorus
Seiji Ozawa (dir)
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重い LP を多量にぶら提げて帰ってくる。こんな莫迦真似をするのは久しい。しかし、それでも持ち帰る気になったのは、小澤&ロンドン響盤によるオネゲルの「火刑台上のジャンヌ・ダルク」を見つけたからだ。国内盤では、実家のある図書館で昔日よく聴いていたのだが、なかなか見つけられぬ儘、長い時間が過ぎ行きた。
小澤にはフランス国立管との DG 録音がまだ現役であるし、VPO 定期やサイトウキネンでも上演しているように、彼の十八番と言える作品だ。上掲の演奏は全て聴いたが、どう考えても、このロンドン響盤が最も素晴らしい。英語版という半端な形の上、ドラマづくりの昇華こそ肌理は粗いが、若き小澤の発明と跳躍に盈ち、毅然とした音楽展開と極上の色彩感覚に溢れる。仏語版でなくともこの作品の、そして小澤の録音でもベストと言いたい。彼の色彩感は、60 年代から 70 年代前半までは本当に素晴らしかったが、ここにそれがある。しかも、BSO との「カルミナ・ブラーナ」に感じたような妙な沈着さ(これが後の説教臭さとなるように思える)が微塵もない。全てが爽快無比。こんな演奏は他にない。後年、彼が失ってきたものの全てが、まるで博物館の玻璃棚の中のように、この「ジャンヌ」の中に蝟集していると思うのである。

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Ruzickova ; Poulenc and Martinu
( Supraphon : COCO-80821 )
- Poulenc : Concert champêtre
- Martinu : Concerto for harpsichord and small orchestra
Zuzana Ruzickova (cem)
Czech Philharmonic Orchestra (1)
Prague Chamber Soloists (2)
Kurt Sanderling (dir)
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それから、プーランクの「田園合奏」。実はこのアルバム、先年黴に侵されたため、泣く泣く廃棄した。3 月に中古屋でこの盤を見つけた。痘痕の多い、汚き面構えではあったが、中身は健在。そしてこの CD である。思うに、ルージィチコヴァの演奏に特別煌きは感じないのであるが、背後のザンデルリンクが実に能くできている。近年一般に流布しているスマートな演奏では全然ないので、その辺りで刷り込んできた人間には違和感があるかもしれない。しかし、大変考え抜かれた音楽の運びであり、もともとこの作品は流暢なプーランク節ではなく、管の扱いなどかなり鄙びた焦げ臭さが随所に仕掛けられた作品と思うようになった。以前、取り上げたミトロプーロスやコンドラシンを聴き、なお一層その感を強めたのである。ザンデルリンクは、シャープなエッジで抉った、ダイナミクスをかなり大きくとった指揮であり、それが正解と考える。第 2 楽章の爽快な抒情も好ましい。とりわけ聞こえてくる音符たちの全ての見通しが、これほど明快で痛快な演奏はない。しかし、管はどうも全般下手なのが残念である。

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Händel : Flute Sonatas
( Firebird : KICC 207/8 ; 2CDs )
- Sonata No. 2 in e minor op. 1-1 b
- Sonata No. 3 in g minor op. 1-2
- Sonata No. 4 in a minor op. 1-4
- Sonata No. 5 in G major op. 1-5
- Sonata No. 6 in C major op. 1-7
- Sonata No. 7 in b minor op. 1-9
- Sonata No. 8 in F major op. 1-11
- Sonata No. 9 in a minor [ Halle Sonata No.1 ]
- Sonata No. 10 in e minor [ Halle Sonata No.2 ]
- Sonata No. 11 in b minor [ Halle Sonata No.3 ]
Julius Baker (fl)
Anthony Newman (cem)
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最後にジュリアス・ベーカーである。ベーカーの笛がとても好きである。渋くややくすんでいるが、端正で淡白、その音は澄んで浸み亘る。聴き始めは、シルヴィア・マーローとのヘンデルのロ短調ソナタ(MCA)だが、彼が来日時に吹き込んだオムニバス・アルバムのプーランクのフルート・ソナタもよい。このアルバムも CD 化された筈だ。如何せん、ベーカーはソロ録音が大変少ないのが残念だが、しかしソロは聴かずとも、大方のクラシカル・フアンは、少なからずベーカーの音を聴いている。ライナー&ピッツバーグ響で、クーベリック&CSO で、ワルター&コロムビア響で、65 年から 80 年頃までの NYP などなど、トップを吹いていたのは彼だからである。殊に印象深く思い起こされるのは、クーベリック&CSO のブラームスの 1 番交響曲の 4 楽章のソロ、ブレーズ&NYP でのラヴェルの「ダフニス」全曲盤でのソロだ。
それはさておき、このヘンデルのソナタ集は、NYP の現役最後の頃の未発表録音だったものである。81 年の録音の割には、音の状態はかなり宜敷くない。またこの時分に、やはりニューマンの指揮でテレマンの組曲なども録音している。ベーカー・トーンはここでも健在で、一音たりとも忽せにしない端正な演奏。ニューマンもいつもの遊びはあるが、ぴたりと寄り添う。テクはやはり幾分落ちてはいるものの、透徹した音の磨かれ方は、昔日聴き惚れた、あの懐かしき音の姿その儘だった。
[附記 : 990817]
人を誑かす心算はまったくないのだが、私のことをかなりの年寄りであると、自然に誤解して呉れている方が多く、抗弁するのも無駄かと思い、完全に浮月斎山人となり切って書いたものである。但し、頭にあった下らぬ駄文を、取り除いたが、あんまり可笑しいので、下記に再掲する。でも殆ど本心だが...
「まづは爺の腐れ言としやう。馬齡重ねた偏窟狹隘なる鄙翁にとつて、音盤の悦樂を享受し、その逸樂を直截に吟遊敘事すること、既にあたはずなのである。煦育してきた自分の美意識を稱揚するは今更面映ゆく、音樂評論家の語彙輯から無關聯なる修辭を剽窃すること愍ましく、他人の禮贊吾もまた同じと萃むること正直ならず、恠誕不經なる獨我を追究すれど凡て白晝幻視の瀰漫に齊しい。畢竟、音の感受を網膜的意識に轉ばしむること、窮めて無常なるがゆゑ、徒に無爲なる技であり、徒に無意なる刻畫なだけかもしれぬ。おのが活冩に於ける共時的含意は、あくまで模擬にしかあらず、その儘の意匠で他者が引致することなどないのである。書き手による意匠とは、讀み手の陰翳に轉映するばかりで、その水面すら諜略できないのではないだらうか。今、年甲斐もなく、その困苦を嘗めながらもまたも無駄な殘燭を燈さうとしてゐるものである」
1.

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Bach : The Six Trio Sonatas
( SONY CLASSICAL : SBK 60290 )
- Trio Sonata No. 1 - No. 6 BWV 525 - 530
E. Power Biggs (pedal cem)
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Holiday for Harpsichord
( COLUMBIA : MS6898 ; LP )
- Schubert : Marche militaire
- Schubert : Moment Musical in f minor
- Mozart : Rondo alla turca
- Haydn : Minuet in G major
- Beethoven : Turkish March
- Beethoven : Minuet in G major
- Falla : Ritual fire dance
- Chopin : "Militairy" Polonaise
- Chopin : Prelude op. 28-2 & 7
- Weber : Country dance
- Boccherini : "Celebrated" Minuet in A major
- Brahms : Hungarian dance No. 5
- Grieg : In the hall of the mountain
- Saint-Saens : The swan
- Tchaikovsky : Trepak
E. Power Biggs (pedal cem)
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ビッグスは一時期、Columbia の看板オルガニストだったが、久しく再発から見捨てられていた人である。必ずしも優秀なオルガニストとは言い難いが、ヨーロッパの歴史的オルガンを使った録音を、モノラル時代から積極的に行ってきたこと、そして死物だったペダルチェンバロを録音で蘇生させたことの 2 点だけでも充分に評価できるだろう。今回、後者の貢献の中でも最も素晴らしい仕事であった、バッハのトリオ・ソナタ全曲が CD でリイシューされたのは慶賀であった。この作品集をペダルチェンバロで録音したのは、第 6 番だけならばトニー・ニューマンもいるが、全曲は後にも先にも彼以外いないと思われる。その昔、NHK-FM でビッグスの第 6 番だけを聴いたことがあり、ずっと探していたのだが、結局、LP ではゲットできなかった。
もともとこの作品は、バッハが息子たちのオルガン教材用として書いた作品であり、家庭ではペダルチェンバロで練習したと考えられている。従ってビッグスの判断は、楽器指定解釈の埒内では、全然問題はない。むしろ何ゆえに他の演奏家がペダルチェンバロでやろうとしないのか、不思議なくらいである。ペダルチェンバロで聴く方が、もともとのこの作品構造がより明確に浮き上がるように思える。しかし、ストップが少ないがために、曲の魅力が減じるものもあるだろう。オーボエやバフまたはリュートのストップ程度では、第 2 番や第 3 番などは彩りに寂しく単調になるかもしれないが、第 5・6 番あたりは線的な動きが素晴らしいので、却ってペダルチェンバロの方が面白いのだ。第 4 番なども第 1 楽章の vivace に入ってからの左手と右手の動きの掛け合いなど、オルガンより面白いように感じる。ビッグスの演奏そのものは破綻なく進行するものの、特に特徴的なよさもないのだが、第 6 番のしみじみとした感興がいい。オルガンのコープマン(Archiv)の名人芸とは違う楽しみ方のできる 1 枚として、この曲集のコレクションの筆頭に挙げておきたい。
ついでに、加国でゲットしたビッグスのペダルチェンバロ盤も挙げておく。日本では、LP 時代に CBS SONY が、ベートーフェンとモーツァルトのトルコ行進曲などをバラでリリースしていたが、元がこういうアルバムだったとは私も知らなかった。良くも悪くも「おふざけ」的アルバムではあるが、こういう曲たちをペダルチェンバロで聴くと、うんざりもし、失笑(わら)えもする。ビッグスが真面目にこのアルバム作成を提言したかどうかは別としても、ファリャの「火祭りの踊り」などは原曲より遙かに「シュール」だ。さすがにワルター(現ウェンディ)・カーロスまでクラシカルとしてリリースした、米コロムビアも余裕綽々のお茶目あり、古きよき時代であった。
[附記 : 20030222]
結局、JSB のトリオソナタ集は、CD リリースのあとにようやく放出するユーザが出始め、海外で中古盤(LP)が出回り、この後すぐに入手できたと記憶している。そういう意味でも、CD リイシュー・リリースというのは、コレクターにとっては肝要な分水嶺なのである。でも私が購入した中古盤は「未開封新品」であった...
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