9.

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Ravel : Mikhaïl Rudy
( EMI : CDC 7492752 )
- Pavane pour une infante défunte
- La Valse
- Miroirs
- Gaspard de la Nuit
Mikhaïl Rudy (pf)
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Brahms : Variations
( EMI : 5 551687 )
- Variations sur un thème de Schuman en fa diése mineur op. 9
- Variations et Fugue sur un thème de Haendel en si bémol majeur op. 24
- Variations sur un thème hogrois en ré majeur op. 21-2
- Thème et Variations en ré mineur d'après le sextuor à cordes op. 18
Mikhaïl Rudy (pf)
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それは地平線のかなた、町の壁に鳴り響く鐘の音、また夕日が赤く
染める首吊り人の殘骸。
アロイジウス・ベルトラン「絞首臺」より 『夜のギヤスパアル』
ルディは一時のお熱以来、何度も繰り返し聴いてきたが、不思議と飽きない。特にシマノフスキが、今もお気に入りである。ラヴェルは、昨年の 11 月辺りからずっと聴きたかったアルパムで、7 月にようやく再プレスで手に入れた。慥かにこれは素晴らしい。特に「鏡」の磨きあげ方は格別である。磨きあげといっても、洗練に洗練を重ねたピアニズムとは違う。或る種、音の隙間が堂々と開示されるのだが、不思議なクリアさ。淡々と作品深くに入り込んで思念し、叙「事」しているだけに、普段聴けないような沈潜・深更するラヴェルの無思想な肉感的浪漫を見事に剔抉しているのが最大のポイント。
非常に散文的センスであっけらかんとしているのだが、微粒子的打鍵の音色の積み上げにその妙諦を見る。「鐘の谷」が特に良い例だ。これが詩的インスピレーションに溢れる筈のこの曲集に、明晰な生命を与える。一方、「ギャスパール」にはその分、逆に毒気が足りないうらみも出てくる。「オンディーヌ」は、妖気が薄いだけで申し分ないが、「絞首台」や「スカルボ」などはもっと湿度の高く、腐爛する芳香が漂うといいのだが...
ルディの持ち味で聴くと、ベルトランの詩が幻覚症状の夜の露であるかのような心持ちにさえなる。そういう点は面白く、考えようによっては、ルディはベルトランの詩の粋を散文的息吹に置き換えて呉れたと言えるかもしれない。概括すると「窮めて内省的で、フォルマリスティックなラヴェルの名盤」といえようか。
一方のブラームスも、淡々としながら明晰・緻密である。色合いといい、音の素性といい、とても淡白なのだが、抉りとるような性向を持たぬ変奏曲だけに心地よい。ラヴェルでもそうだが、色彩でいう原色系を押し殺しながら、中間色の微細な積み重ねがルディは得意のようだ。ここではむしろ色合いというものを抜きに、きめ細かい運動の交差とフレージングの精緻さだけで勝負しているかのように聞こえる。しかし、時折緩徐部分で聴こえる静謐なピアニズムはルディの骨頂で、「ヘンデル変奏曲」などはしみじみといい部分がある。
やっぱりルディはいい。アムランもいいのだが、持ち味は全然違う。ルディは繰り返し聴き込むと、そのよさがしみじみ浸透してくることが多いのだ。
8.

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Poulenc : Glaoria, Organ concerto, Concert Champêtre
( DGG : 445 567-2 )
- Glaoria
- Organ Concerto
- Concert Champêtre
Kathleen Battle (sp), Simon Preston (org), Trevor Pinnock (cem)
Boston Symphony Orchestra, Tanglewod Festival Chorus
Seiji Ozawa (dir)
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Massenet : Ballet Music
( KLAVIER : KCD-11007 )
- Massenet : " Le Cid " Ballet Music
- Massenet : Scenes Pittoresques
- Offengach : La Belle Helene
- Massenet : The Last Sleep of the Virgin from " La Vierge "
- Berlioz : Dance of the Sylphs, Minuet of the Will-O'-The Wisps
City of Birmingham Symphony Orchestra
Louis Frémaux (dir)
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Satie : Abravanel
( VANGUARD CLASSICS : OVC4030 )
- Parade (complete ballet)
- Mercure (complete ballet)
- La Belle Excentrique : La Grande Ritournelle
- Cinq Grimaces pour " Le Songe d'une nuit d'été "
- Relâche (complete ballet)
- Gymnopédies 1 & 3
- 3 Morceaux en forme de Poire
- Jack in the Box
Utah Symphony Orchestra
Maurice Abravanel (dir)
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... 學校に居つた頃です、七八人で遠足をする談が付いて、委員に選れた一人が、辯當には「シドニイ」が好いと主張するのでしたが、誰も其の「シドニイ」なる物を食つた者が無いのです。−中略− ほう、それでは「サンドヰツチ」の類かと反問すると、先生頭を抱へて、類ではない、矢張其の「サンドヰツチ」の事だ、と平に誤つたのでした。何爲又「サンドヰツチ」が「シドニイ」だらうと聞いた所、其の人の答が好いのです。何でも北太平洋に在る島の名と覺えていたので、少し南へ寄り過ぎたばかり、と云ふのも一つ話です。
紅葉山人 『新あぶら柄杓』
小澤のプーランク盤。単なるカプリング替えとタカを括っていたら、「田園合奏」が入っていた。しかもライブと書かれている。「田園合奏」は録音しないと思っていただけに吃驚。妙なカプリングでオルガン協奏曲を出していたお陰で、溢れてしまっていたのだろう。ピノックがユニックなストップの使用で、曲の精彩を盛り上げている。小澤のバックもライブのせいか、珍しくテンポの激しい変化が見られるが、ストレートで快活。しかしいい加減にこの曲、同レーベルアーチスト同士の無理な組み合わせをやめにできないものだろうか...
以下 2 盤は、思い出の懐かし盤。CD で久闊を叙した。
まず、フレモー盤。フレモーは、本当に素晴らしい指揮者と思う。活き活きとしたスピード感溢れる音楽表現、歯切れよいアーチキュレーション、的確なバランス、きびきびしたリズムと爽快なダイナミクス。タイトにびしりと締めていくが、窮屈感など微塵もない。一方で、宗教曲にも深い手腕を示し、ベルリオーズやフォーレのレクイエムもまた思い出深い。そのフレモーによるマスネの「ル・シッド」は名演で、ずつとボニングで「代用」(失礼)してきた私としては、改めて賞賛を贈りたい演奏である。ボニングも素晴らしいが、畳みこむようなパッションはフレモー盤の比ではない。特にマドリレーヌ( 6 曲目)後半のクレシェンド・アチェレ以降の躍動感など、もうこれ以上でもこれ以下でもない。ベルリオーズの「鬼火のメヌエット」も、リズムの生命力が素晴らしい。ところでフレモーの CD 化は、バーミンガム市響サイトのディスコグラフィで確認したところ、かなり出ていたようだが、ほとんどが廃盤か品切れとなっている。
もうひとつは、アブラヴァネル&ユタ響のサティ。アブラヴァネルと言えば、最近はマーラーやシベリウスまで録音しているが、私はこのサティしか思い泛かばないくらい印象が濃い。これは掛け値なしに楽しい。これを初めて聴いた当時は、「5つのしかめ面」しか覚えていなかったが、それが「シドニイ」であった。雑然を雑然の儘に聴かせる、それがよいのである。「パラード」の縁日や見世物的な遊戯空間で、サティの根の部分(祝祭喜劇を基に持つコメディア・デラルテ的宇宙)が素直に自然に出現する。これは、オーリアコンブ&パリ音楽院管盤の演奏とは、やや違うように感じられる(否、これもまた「シドニイ」かも)。また、チャップリン初期の伴奏によく使われたという「びっくり箱」も、身振り手振りが伝わってくるような楽しさで一杯。
[附記 : 990822]
アブラヴァネルのサティを「名盤」「名演」などという心算は毛頭ない。単にサティの表象にぴたりとあう点だけが肝要なのだ。また「雑然を雑然の儘に聴かせる」とは、下手という意味でもない。下手であれば、サティの皮肉は死ぬ。逆に、小綺麗なサティは、見世物的生命力を殺ぐ。アブラヴァネル盤が絶妙の具合いに解決できたのは、単なる偶有的結果論であろうが、うまい演奏が全て名盤ではない、ひとつの証左ではないか。
[附記 : 020421]
私が挙げてきた音盤に関しては、少々珍妙な演奏に惹かれることも多いのである。むしろ私自身が考えるところの作品の面白さを喝破できる表象のあるなら、多少の演奏技術の瑕疵は問わずとも惹かれる。だから、これが音的や技術的に全て「高邁な通人のお耳」に合うかと言えば、そんな保証はほとんどない。
例えば、昔はよく松宮@斉諧生さんに奥座敷などで随分揶揄されたものだが(笑)、古典音楽の果てから果てまで知り尽くした氏の求めるような、管弦楽の質が高く味わい深いもの、演奏家の芸術性とその開花の歴程など、そうした高邁な精神には我が趣向は及ばないのである。フリー・ジャズを聴いて、技術の素晴らしさを褒め称える人はいないように、私はもともと演奏技巧や音楽的マニエリスムの豊穣を愛でる以上に、演奏者個性と作品個性をいずれかでも、明確に強烈に浮き彫りにするバイアスの掛かった演奏の方を好み、面白いと思う質である。そうした歪なもの−バロック的な在り方にこそ強く惹かれてしまう。
演奏的マニエリスムの美味礼賛者にはなれないために、決して音楽批評などしているわけではないと私が言い続けている理由もそこにある。但し、この頃の文章は、どちらかというとそこへの疑問を感じながらも、半可通を被って懸命に書いている気もするが...
7.

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Mussorgsky : St.John's Night on the Bare Mountain
( Sony Classical : SK62034 )
- St.John's Night on the Bare Mountain
- Excepts from " Khovanshchina "
- Scherzo in B-flat Major
- Intermezzo symphonique in modo classico
- Festive March from " Mlada "
Anatoli Kotcherga (bs-br), Marianna Tarasova (ms)
Rundfunkchor Berlin, Südtiroler Kinderchor
Berliner Philharmoniker
Claudio Abbado (dir)
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Kubelik : Artist Profile
( EMI : 5 68223 2 ; 2CDs )
- Brahmus : Hungarian Dances Nos. 17 - 21
- Borodin : Symphony No.2 in b minor
- Tchaikovsky : Symphony No. 4 in F minor op. 36
- Martinu : Les Fresques de Pietro della Francesca
- Janácek : Taras Bulba
- Bartók : Concerto for Orchestra
Wiener Philharmoniker [2,3]
Royal Philharmonic Orchestra [1,4,5,6]
Rafael Kubelik (dir)
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Respighi : Symphonic Poems
( NAXOS : 8.550539 )
- Roman Festival
- Fountains of Rome
- Pines of Rome
Royal Philharmonic Orchestra
Enriquie Bátiz (dir)
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... 眼前の動作を表すのに動作を表す動詞を単純現在形のままで用いるのは、単純現在形の用法としては、例外的なものである。−中略− そのことばを発するか発しないうちに、それによって表される動作自体も終わっているという状況に限られることに留意する必要がある。したがって、実況中継に進行形が用いられると、動作が一瞬止まったような、あるいは、スローモーションを見ているような、感じがでる。
安井稔 『英文法総覧』56
音盤屋もマメに通うと、前に見た時の棚の構成をゲシュタルトとして記憶していて、その違いをすぐに見分けることで、新入荷がすぐさまわかるようになる。こういう知覚はかつてオルガンや古楽の棚だけだったのだが...
まず、アバドのムソルグスキー。この人の研究熱心なことは頭は下がるが、ムソルグスキー「だけ」はその成果が現れていて面白い(尤もヤナーチェクを混同させないで欲しい)。DGG から出た原典版「はげ山」も峻烈な響きだったが、この「聖ヨハネのはげ山の一夜」も珍しいだけでなく、随所に見せ場が光る。しかし、逆にライブの方がさらに荒れて重厚な響きが堪能できたかもしれない。
次いで、クーベリック。50/60 年代の EMI ソースによるもの。CSO 離任後、バイエルン放送響就任までのクーベリックには名盤がないと言われるが、DECCA での VPO ものは慥かに面白くないもの揃いだ。VPO との録音でマシな口は、ボロディンの 2 番くらいだろうか。チャイコフスキーも、CSO との 4 番と比べれば、さほど面白くはない。この中では、ロイヤル・フィルとの録音の方が断然良い。特にバルトークのオケコンが出色、BSO 盤に拮抗する。基本構造は BSO と同じでも、こちらはさらに研ぎ澄まされた音感覚が冴え、その点では BSO 盤を凌駕すらしている。「タラス・ブーリバ」もバイエルン盤より面白い。
最後はバティスの「ローマ三部作」。工藤氏にご教示いただいた。NAXOS の中でも人気が高いらしいが、首肯できる、パワーに横溢した快演であるが、単なるパワーだけではなく、普段聴きとりにくい音がしっかり強意されている(「祭」の五十年祭はじめの低弦、「松」のアッピア街道はじめの弦の動きなど)など、芸達者ぶりも見せる。また、鋭いアタックとデフォルメもここでは結構心地いいし、とてもロイヤル・フィルとは思えない踏ん張りが凄い。しかし、レスピーギの世界とは、古典的造詣に満ち、透明感と彩度の高い色彩感溢れるものだと思うものの、ここではヒナステラばりの展開。まぁ、おなじラテンの血でも持って行き方には相当の違いがあるものだと、逆に感心した。
[附記 : 990822/020421]
バティスも Tower や BBS あたりで、ケーゲルに嗣ぐ「爆裂指揮者」として扱われている。慥かにその要素がなくもないが、爆裂だから面白いとはいかなる謂いか?
彼等の言う爆裂とは、精々「万国共通語彙を自国語で話す」程度の内容に過ぎない。だが、それは方法論の誤謬とは次元の全く異なるものであって、その意味をわからない方が本当は愚かな半可通である。
音楽に於いても、「音楽は国際共通理解」の名の下、regionalism を無闇と粋だの洒脱だの「文化」にすり替えて鼻高々に説明する日本人の方が余程莫迦である。
6.

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Igor Markevitch : Classical Symphony etc.
( TESTAMENT : SBT 1107 )
- Prokofiev : Symphony No. 1 " Classical " op. 25
- Stravinsky : Valde from Suite No. 2
- Tchaikovsky : " Casse-noisette (Nutcracker) " Suite op. 71a
- Tchaikovsky : " Swan Lake " Suite op. 20
- Tchaikovsky : Fantasy overture " Romeo and Juliet "
Philharmonia Orchestra
Igor Markevitch (dir)
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Igor Markevitch : Homage to Diaghilev
( TESTAMENT : SBT 1105 )
- Weber (Berlioz) : Invitation to the Dance
- Chopin (Douglas) : Mazurka from " Les Sylphides "
- Debbusy : Prélude à l'après-midi d'un faune
- Dukas : L'apprenti sorcier
- Falla : " El sombrero de tres picos " Suite
- Scarlatti (Tommasini) : The Good-humoured Ladies
- Ravel : "Daphnis et Chloë" Suite No.2
Philharmonia Orchestra
Igor Markevitch (dir)
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Igor Markevitch : Homage to Diaghilev
( TESTAMENT : SBT 1060 )
- Bartók : Dance Suite
- Ravel : La valse
- Satie : Parade
- Busoni : Tanzwalzer
- Liadov : Kikimora op. 63
- Chabrier : Fête Polonaise from " Le Roi malgré lui " Act II
- Liszt : Mephisto Waltz
Philharmonia Orchestra
Igor Markevitch (dir)
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Stravinsky * Prokofiev : Igor Markevitch
( EMI : CZS 7 62647 2 ; 2CDs )
- Stravinsky : Le Sacre du Printemps
- Stravinsky : Dance russe, Chez Petrouchka, La Fête Populaire from " Petrouchka "
- Stravinsky : Divertimento
- Stravinsky : Pulcinella Suite
- Prokofiev : " L'Amour des trois oranges " op. 33 bis
- Prokofiev : Suite Scythe ( Ala & Lolli ) op. 20
- Prokofiev : " Le Pas d'Acier (The Steel Step) " Suite op. 41
Philharmonia Orchestra [ 1,2,3,7 ]
Orchestre National de la Radiodiffusion Française [ 4,5,6 ]
Igor Markevitch (dir)
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... 人は一定時間ぶっとおしで幸福でいられるが、歓びは言わば、知覚可能な最短の時間における意志の発動のうちに自己のすべてを取り集めるのだということは知っておかねばならない。
V. ジャンケレヴィチ 『アンリ・ベルクソン』
これらは松宮氏@斉諧生音盤志より知り得たものである。
正直、この時代のマルケヴィチがこんなに素晴らしいとは思わなかった。音の跳躍する生の息吹、鮮烈な音色効果、無駄のないタイトな表現など、音楽の持つ生命感を分解ぎりぎりまで引き出した名演ばかり。特にプロコフィエフの「古典」は名演である。またチャイコフスキーの「胡桃割り人形」では、例えば、トレパックの爽快溌剌たる躍動を筆頭に、瑞々しい響きが、この曲の面白さをたっぷり引き出している。
次いでスカルラッティのクラヴィア作品をトマシーニが編曲した「 The Good-humoured Ladies(愉悦的御婦人達)」は痛快無比。冴えに冴えたマルケヴィチの指揮に、フィルハーモニア管が驚くばかりの演奏を展開する。ファリャの「三角帽子」組曲も、闊達な音の躍動に瞠目。ラヴェルの「ダフニス」第 2 組曲と「ラ・ヴァルス」はのちにオルケストル・ナショナルとも録音しており、録音を入手して比較してみたが、全然こちら(フィルハーモニア盤)の方が素晴らしい(註)。
これくらい無駄と隙のない演奏もなかなかないだろう。そして、ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」からの 3 章がまた聴きものだ。「春の祭典」は、TESTAMENT から 51 年録音と 59 年録音のカプリングも出ているが、EMI 盤には 59 年ものが入っている。どちらの演奏も、機能的に完全主義を貫いた演奏とは違うものの、ダイナミクスと鮮烈な感覚に溢れる名演。フィルハーモニア管との一連の録音は、マルケヴィチ最盛期の偉業であったと言うべきだろう。
(註)
松宮氏よりご指摘いただく。これは " The Orchid Series " ORCD 11036 という盤なのだが、レコ芸のQ&Aページでも取り沙汰されたらしく、実はマルティノンの EMI 盤のコピーの由。
[附記 : 990822]
上記 4 盤の原型 LP 「Homage to Diaghilev」については、松宮氏が LP-CD のマトリクスを作成しているので、参考にされたし。なお、マルケヴィチの凄さは勿論、この時期のフィルハーモニア管の水準は非常に高かった。カラヤンやクレムペラーのみに非ず。アーヴィングやクルツなどの録音を聴いても、その実力は紛れもなく高いものであった。
5.

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Villa-Lobos : Bachianas Brasileiras etc.
( Hyperion : CDA66257 )
- Bachianas Brasileiras No. 1
- Suite for voice and violin
- Preludes and Fugues from Bach's '48' for an orchestra of cellos
- Prelude No. 8 BWV853
- Fugue No. 1 BWV846
- Prelude No. 22 BWV867
- Fugue No. 5 BWV874
- Bachianas Brasileiras No. 5
Jill Gomez (sp), Peter Manning (vn)
The Pleeth Cello Octet
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Yesterday / Classics meet Pops
( Warner Classics : WPCS-45307 )
- J.S.Bach : 3 Pieces from " The Art of Fugue " BWV1080
- Villa-Lobos : Bachianas Brasileiras No. 1
- Villa-Lobos : Bachianas Brasileiras No. 5
- Bernstein : Maria from " West Side Story "
- St.Louis Blues
- Gospel Train
- Yesterday
Arleen Auger (sp)
Die 12 Cellisten der Berliner Philharmoniker
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Cello Ensemble Saito vol. 1
( PHILIPS : PHCP-332 )
- J.S.Bach : Chaconne from " Partita No. 2 " BWV 1004
- Rossini : " Il barbiere di Seviglia " Overture
- Klengel : Hymnus op. 57
- Tchaikonsky : 1st Movement from " Serenade for strings " op. 48
- Françaix : Aubade
Cello Ensemble Saito (23 members)
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Cellicatissimo
( Koch-Schwann : 3-1152-2 )
- D'Hervelois : Suite for 3 cellos *
- Saint-Saëns : The Swan *
- Rimsky-Korsakov : Serenade *
- Gretchaninov : Nocturne *
- Offenbach : Les Larmes de Jacqueline *
- Faurè : Après un rêve *
- Françaix : Nocturne
- Stravinsky : Tango
- Hiller : Ohrwurm Quartett
- Hiller : Klapperschlangen-Tango
- Hiller : Schildkröten-Boogie
- Benjamin : Jamaican Rumba
- Anderson : Fiddle-Faddle
- Weiner : Teddybär-Waltzer
* = arr. by Wener Thomas-Mifune
Philharmonische Cellisten Köln (6 members)
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思い出すとどうしようもなく聴きたくなる曲というものがある。9 月に入り、ヴィラ=ロボスの「ブラジル風バッハ」第 1 番を無性に聴きたくなった。谷中さんのサイトにある「 Oh! That Cello! (スーパーチェロ軍団 in Japan )」を訪れたせいである。こういうディスクも久々に聴くと、どうしてどうして、なかなかいい! それにまぁ、所詮、薀蓄抜きで楽しむための音盤である。したり顔で長々と書いても wet blanket になるだけだ。
中でも、ヴィラ=ロボスだけの The Pleeth Cello Octet 盤が面白い。JSB の「Wohltemperierte Klavier」のチェロ・アンサンブル用編曲が何曲か収録されている。初耳ながら、いやはや、この発明はお見事! しかし、「ブラジル風バッハ」第 1・5 番では、ベルリン・フィルの 12 人軍団盤の方がやはりうまい。BPO 軍団には、フンク、クレンゲル、フランセの入った録音もあるので、いずれ聴いてみたい。とりあえず、クレンゲルとフランセはチェロ・アンサンブル・サイトウで賄う。一息たりとも乱れぬ合奏力はさすがだが、もう少し人数は少なくともいいように思う。最後に挙げた Philharmonische Cellisten Köln 盤は編曲ものばかりだが、単純にチェロ軍団を楽しむにはいいかもしれない。
4.

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J. Martinon conducts French
( BMG/RCA : BVCC-8893/94 ; 2CDs )
- Bizet : Symphonie C major
- Bizet : L'Arlésienne Suite No. 1
- Bizet : L'Arlésienne Suite No. 2
- Ravel : Alborada del Gracioso
- Massenet : Meditation from "Thaïs"
- Ravel : Rapsodie Espagnole
- Ravel : "Ma Mère l'Oye" Suite
- Ravel : Introduction & Allegro
- Ravel : "Daphnis et Chloé" Suite No. 2
- Roussel : "Bacchus et Ariane" Suite No. 2
Chicago Symphony Orchestra
Jean Martinon (dir)
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しばらく放置して、積み上げた盤の底に沈んでいたこの盤を見つける。聴きはじめたら、はまってしまった。特にラヴェルが素晴らしく、後のパリ管との全集を内容的に既に凌駕している。或る意味では、この録音、彼のアクメー(最盛期)の記録なのではないか。
マルティノンが CSO に在籍したのは、1963-69 年、丁度ライナーとショルティの間にあたる。彼が CSO に招聘される前は、客演指揮者として厚遇されたが、いざ音楽監督として就任して以来、保守的なシカゴの評論家から評価されていない(その点、クーベリックとほぼ同様)。しかし、彼が CSO と RCA に遺した、ヴァレーズ、マルタン「7 つの管楽器と打楽器、弦楽のための協奏曲」、ニールセンの交響曲第 4 番などの録音は忘れがたい逸品である(自作の交響曲もあった筈)。
演奏だが、CSO の水準の高さは言うまでもない。ビゼーの交響曲は、弦楽群の滑らかで弾力に富んだ質感もよいが、こちらは DGG のフランス国立放送管盤での透明感と躍動感を買いたい。また「アルル」第 2 組曲のファランドールのコーダなど、一気呵成のアチェレランドは凄いものだ。
特筆すべきは、やはりラヴェル。CSO の強靱な響きを保持しながらも、繊細・巧緻なバランスとパースペクティブ、ダイナミクスの広大さ、整理の行き届いたフレージングなどなど... とりわけ「スペイン狂詩曲」と「序奏とアレグロ」は佳演。また「ダフニス」の第 2 組曲も、仏国に戻ったマルティノンには捉えがたい開放的な力がある。そのパワーを存分に披瀝したのがルーセルで、これも後のオルケストル・ナショナル盤が味気なく感じてしまう。とにかくどれも駄演がない。
[附記 : 020420]
仏国に戻ってからのマルティノンは、私的には、大変整理の行き届いた音楽づくりだが、フランスの楽団(パリ管やフランス国立管)との録音の割に、木管ソロなどの質感に物足りなさを感じていた。
しかも録音の所為でもあろうか、潤いに欠け、乾いた音の質感が印象深い(その点、ブールの録音と近しいものを感じたりする)。だが、その後復刻した CSO 時代の録音も含めると、後年の聊かストイックな響きに比べ、この頃は管弦楽の響きそのものを抑制せず、縦横無尽なダイナミクスと積極的な表現意欲に満ちている。とはいえ、一方では VPO との「悲愴」のように詰まらない録音もあるから、相性の良さもあるのだろう。
3.

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J.S. Bach : Brandenburg Concertos
( MDG : 311 0746-2 ; 2CDs )
- Brandenburg Concertos No. 1-6 BWV 1046-1051
Camerata of the 18th Century
Konrad Hünteler (dir)
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J.S. Bach : Brandenburg Concertos
( SONY Classical : SB2K 62472 ; 2CDs )
- J.S.Bach : Brandenburg Concertos No. 1-6 BWV 1046-1051
- Duke Johann Ernst : Concerto in G major
- Vivaldi : Concerto in D major « Grosso Mougul » op. 7
- Vivaldi : Concerto for two violins and cello in d minor op. 3-11
- Vivaldi : Concerto for two violins in a minor op. 3-8
The Brandenburg Collegium
Anthony Newman (dir, cem)
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「よくなるといひしもいまはたがはれてくやしかりけり出湯のかへるさ」「きくきかぬ出湯はさてをけほとゝぎす」
一方軒玄英 『湯倉温泉紀行』
ブランデンブルグ協奏曲の古楽演奏の嚆矢は、ヴェンツィンガー盤(1955 年リリース)で、以下、ホーレンシュタイン盤、アルノンクール盤と綿々と続く。この曲の録音が「猫も杓子も」的に古楽ばかりになったのは、ホグウッド盤あたりが分水嶺ではないかと考えている。現代楽器による室内合奏や中〜大管弦楽による録音が懐かしくなるほど、最近は古楽ばかり。慥かに、この曲の原演奏形態を考えると、協奏曲というよりは、室内合奏なのだし、その点では古楽がより相応しい。が、それはあくまで割り切った考えである。 例えば、最近出たイル・ジャルディーノ・アルモニコの録音は滅法楽しいけれど、むしろインタープレイそのものの楽しさだろう。単に音楽学の成果発表のような古楽演奏はなくなりつつあるが、一傾向に偏頗進行でよいのか、叢雲の如くその疑念が頭に翳る。
そういう中で、新しい「古楽の」ブランデンブルク協奏曲を聴く。ひとつは 18 世紀カメラータ。全般速いテンポで、かなりごつごつしながらも機動力ある演奏である。5 番はオッフのカデンツに期待したが、目鼻のない弾き流しに落胆。また、5 番はコープマン盤でグッドマンの華麗な装飾に心ときめいたが、あれ以来、ソロ・ヴァイオリンに動かされるものがない。うまいのだがクスマウルのソロも同じ。全般的に初期の 18 世紀オーケストラ・メンバの頃のインタープレイの妙味がここにはなく、そのかわりきっちりしたフォルムと羽目を外さぬ躍動感を得たということか。
もう 1 枚は「また」ニューマン盤。彼は既に 70 年代に仲間達とブランデンブルクを全曲録音しており、2 度目ということになる。尤も、前録音はソリストもリピエーノもひどい不躾な音で、訳の分からぬ演奏だった記憶がある。ニューマンは新盤では、通奏低音も弾かず、殆ど指揮者に徹しているという大きな違いはあるが、こちらもインタープレイの点では楽しさ一杯。至る所にニューマン好みの装飾がふんだんに施される。特に 4 番のローテンバーグのヴァイオリン・ソロは面白いし、下降音形にチェンバロをちょっと添えるなどユニック。5 番のカデンツはニューマンで、やはりさすが。以前のコンコルドみたいな演奏から、かなり即興性の味わいが出た。同梱されているヴィヴァルディのコンチェルトが、カルミニョーラ張りの味わいがある。
[附記 : 020420]
何だかんだ書きながらも、この数年、ブランデンブルグ協奏曲が聴きたくなった場合に引っ張り出す音盤は、18 世紀カメラータ盤とコッホ盤くらいである。また、ニューマンの録音に関して。私は単純に SONY Classical からのリリースを疑問視していなかったのだが、実はこの録音は、Newport Classics が原盤である(Newport Classics : NPD85545/2)。新旧盤の演奏者クレジットをまとめておいた。
2.

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Franck : Poème symphonique
( CHANDOS : CHAN 9342 )
- Poème symphonique « Le Chasseuer Maudit »
- Poème symphonique « Psyché » (full version)
BBC National Orchestra of Weles
BBC Welsh Chorus
Tada'aki Otaka (dir)
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偶々、この尾高& BBC ウェルズ響によるフランクの交響詩集を見つけた。それだけでは購入しなかっただろうが、この「Psyché」が 3 部構成のフル・バージョンだったため、迷わず購入した。以前から愛聴していたバレンボイム盤など、通例は合唱部分と第 3 部全部を省いたオケだけの版で演奏されるようである。
尾高盤の解説よりバレンボイム盤の解説の方が詳しかったのだが、第 2 部の「エロスの庭」と続く合唱については、肉感的・官能的表意か否か、議論の的になっているようである(下記参照)。
フランクの筆頭弟子ダンディによると、この解釈は「精神的・基督教的愛の寓意と考えるべし」と主張しているそうだが、各盤とも解説子はそうは思えぬ旨述べている。私はアプレイウスの『黄金のろば』の有名な「プシケーとクピドの物語」に題材を得たのかと思ってきたが、出所は解説では明らかではない。だが、プシュケとエロスという主題の寓意自体、非キリスト教出自のものだけに、キリスト教的愛というアレゴリーに落ち着けるものとは慥かに思いにくい。
ただ、このフルバージョン版は濃厚な作品で、部分的に「トリスタン」的色調も想起できる。その意味では、大先達としてベートーヴェン崇拝だったフランクにしては、らしからぬ気色を持つ作品ではある。尾高の指揮はあざとさがない分、色合いがやや淡白で多少物足りなさもあるが、却ってその方がいいかもしれない。
Psyché
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Amour! Source de toute vie!
Dieu jeune et fort aux traits vainqueurs!
Salut, ô puissance bénie,
Salut, ô doux tyran des curs!
Tu remplis tout d'une sainte allégressse,
Tes pas fécondent les sillons.
La terre maternelle enfante avec ivresse
Quand sur elle dascend l'ineffable caresse
Du grand ciel, son époux, inondé de rayons.
O blanche sur des lys, plus douce que l'aurore
Et plus belle que la beauté
Ne sens-tu pas un doux désir éclore
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Dans ton sein agité?
Ecoute au loin les invisibles lyres
Soupirer doucement dans l'air harmonieux!
Il va venir, l'époux mysterieux,
Dnas ton sein virginal,
Verser de saints délires.
Vois pour toi s'entr'ouvrir les portes du palais.
Mais, Psyché, souviens-toi
Que tu ne dois jamais
De ton mystique amant connaître le visage.
Obéis sans comprendre
Au destin toujours sage.
Psyché, Rapelle-toi!
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Vierne : Symphonie et Poème
( Timpani : 1C1036 )
- Symphonie en la mineur op. 24
- Poème pour piano & orchestre op. 50
François Kerdoncuff (pf)
Orchestre Philharmonique de Liège
Pierre Bartholomée (dir)
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もうひとつ。最近、ヴィエルヌのオルガン以外の作品に注力しているティムパニ・レーベルから、ヴィイエルヌの交響曲がリリースされた。フォーレに捧げられたものらしいが、未出版の由。1908 年、ヴイエルヌ 38 歳の作品だから、若書きというほどではないが、筆力はかなり脆弱。色調はフランク風、しかし交響曲としては稚拙な構想と内容であり、冗長な展開に飽く。オーケストレーションもバスが効き過ぎ、中声部の質感が見事に貧弱(特に管)。むしろ、交響詩の方が似つかわしい。その点でトゥルヌミールの交響曲といい勝負には違いない。
さて、この指揮者バートロメだが、トゥルヌミールの交響曲でもお馴染みだ。部分部分はよくても、全般の緻密さに欠け、曲のアラが却ってむき出しになってしまった。しかし、演奏のよしあしだけで根本的に解決する問題ではない。ピアノとオケのための「詩曲」は美しい作品だが、どうもインスパイアされるものが乏しい。
1.

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French Oboe Concertos
( CPO : 999 193-2 )
- Françaix : L'Horloge de Flore (1959)
- Honegger : Concerto da Camera (1948)
- Ibert : Symphonie concertante (1948/49)
Lajos Lencsés (ob)
Radio Symphonie Orchester Stuttgart
Uri Segal (dir)
Südwestdeutsches Kammerorchester Pforzheim
Vladislav Czarnecki (dir)
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de Lancie : R. Strauss, Françaix, Ibert, Satie
( BMG : 7989-2-RG )
- R. Strauss : Oboe Concerto
- Françaix : L'Horloge de Flore
- Satie (Debussy) : Gymnopédie No.1
- Ibert : Symphonie concertante
John de Lancie (ob)
Chamber Orchester, Max Wilcox (dir)
London Symphony Orchestra, André Previn (dir)
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... 見たまえ、これらの花を。まったく女のようだ。じつにきれいで、みずみずしくて、いつまでも眺めあきない。それでいて、彼女たちの美しさを、全部は、けっして見ていないのだ。
カレル・チャペック 『園芸家12ヶ月』
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| 3:00 a.m. ... | Galant de jour (poisonberry) |
| 5:00 a.m. ... | Cupidone bleue (blue catananche, native to southern France) |
| 10:00 a.m. ... | Cierge à grandes fleurs (torch thistle) |
Noon ... | Nyctanthe du Malabar (Malabar jasmine) |
| 5:00 p.m. ... | Belle-de-nuit (belladonna, or deadly nightshade) |
| 7:00 p.m. ... | Géranuim triste (mourning geranium) |
| 9:00 p.m. ... | Silène noctiflore (night-flowering catchfly) |
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フランセの「花時計( L'Horloge de Flore )」。愛らしく純真だが少しく艶っぽくもある小品群の精華。この作品を聴くと、楽しく心くすぐられてしまう... 題名を単純に考えると、「ああ土肥温泉にでかいのがありますな」などと思い起こしてしまうが、ちと違う。これにはなんとリンネ( Carl von Linné )が関与するのだ。リンネが花の咲く時間に基づいて分類した「花時計」にインスパイアされたものという。少しくリンネについて調べてみたが、この話については残念ながらわからなかった。どなたか、ご高学の士に教えを乞いたいものである。
なぜ「花時計」かというと、de Lancie のアルパムを聴きたくて購入したところ、「花時計」が入っていたのである。この作品は、de Lancie と深い関係があり、61 年 de Lancie とオーマンディ&フィラデルフィア管(デ・ランシィはここの主席だった)で初演されている。そこで「花時計」に他のアルバムはないかと物色したところ、cpo からこれまた素晴らしいアルバムが見つかった。これはフランセ・ファンならずとも、是非おすすめしたい。
作品の不思議な香り、愉悦感はこちらの方が素敵だ。しかもこの cpo 盤には、オネゲルの「Concerto da Camera」も収録されているのが嬉しい。オネゲルらしいシリアスな楽想も不協和音とともに時々顔をのぞかせるが、至って心地よく愉しい。ともにカプリングされているイベールの「サンフォニィ・コンチェルタンテ」は、de Lancie、cpo 盤ともに大して面白くなかった。やや晦渋・鈍重な理窟っぽさがあり、有名なフルート協奏曲のような素晴らしさに欠ける。
[附記 : 980816]
セロ弾きの安富さんから「花時計」についてのコメントを頂戴しました。本当にありがとうございました。折角ですので、ここに安富さんからのメールを以って、先の話を追記させていただくことにします。
小生もフランセの「花時計」を愛好する者です。リンネについて、些少記憶に御座います。ご存じの通りリンネは分類学者・植物学者でありますが、植物は種類によって開花時刻が異なることから、一日の各時刻に開花する種を取り合わせて植えることによって、「花時計」を作ることができる、と考えたようです。時計を模した円形花壇を扇状に区切り植物を植える、とまで構想したが、生育が一様ではないことから、無論実現の可能性は低く、結局構想の域を出なかった、と聞いております(実際に作って失敗したのかも知れません)。
以上、朧気な記憶で、文献等も思い出せませんが、円形の花壇と、開花時刻を記したリトグラフを覚えております。現代教養文庫か荒俣本ではないかと思います。
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