6.

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J.S. Bach : Goldberg Variations BWV 988
( apex : 0927 49979 2 )
- J.S. Bach : Goldberg Variations BWV 988
Jill Crossland (pf)
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当盤入手に当たり、四方さんに深謝。apex レーベルとは、エラートやワーナー系の古い音源の廉価再発レーベルとばかり思っていたが、当盤はなぜか「新録音」と謳っている。そこからして何か不思議な端緒はあった。このジル・クロスランドは、英国の女流ピアニストである。
そもそも当盤は、以前、珍演?として四方さんからお教えいただいていた。たしかに一聴、トンデモ演奏である。まず、テンポがひどくおかしい。勢いよく走り出したかと思うと、いきなり転けるかのように落速(失速)する... ん、イネガル・ヌーボー? 快速→失速といえば、その逆パターンでP・ヴィダル(オルガン)みたいな人もいるが、まるで仮免前の車庫入れ運転のようだ(笑)。一方、最初のアリアや第 26 変奏のように、緩徐曲はひどく遅かったりする。風聞では、こんな揺れのゆえ、全部聴き通せなかった方もいるらしい...
彼女のサイトを見ても、摩訶不思議な感覚(あまりに素朴でいい!)を持たれるだろう。苦笑しながらも 2 度目に聴いた時、ふと思った。ピアニズムは明晰なのである。一般的に JSB の均衡美を重んじる聴き手からすれば、無論、これは変な演奏ではある。しかし、もしかするとこの人は単に奇矯な演奏家ではなく、実は考えに考えた挙句の録音なのかしらんと思い始めた。特に緩急テンポの対比、音響バランスなどに耳を絞っていくと、なかなか面白い発明に満ちている気がする。とにかく後半になるに従って、類例を見ない「究極のマニエリスム」が、微細なバランス感覚で紡がれている。こうして、ジル様がだんだん好きになっていったのだった。
さて、この演奏に同好の士がいるかと思い、電網を探してみたら、こんなレヴューを見つけた。やっぱり、世界のどこかには似たような人間は必ずいるものである。
5.

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Le Musiche di Bellerofonte Castaldi
( Alpha : Alpha 900 )
- Arpeggiata a mio modo
- Echo notturno
- Francese lamentevole
- Follia
- Mascherina Canzone
- Dolci miei martiri
- Capriccio detto Bischizzoso
- Quagliotta Canzone
- Chi vidde più lieto e felice di me ?
- Tasteggio soave - Sonata prima
- Grilla gagliarda
- Capriccio detto Svegliatoio
- Capriccio detto Hermaphrodito
- Steffania persuasiva
- Cecchina corrente - Sadoletta corrente
- La lettera d'Heleazaria Heb. a Tito Vespasiano
Guillemette Laurens (ms)
Le Poème Harmonique
Vincent Dumestre (dir)
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Bach - Bull - Byrd - Gibbons - Hassler - Pachelbel - Ritter - Strogers
( Alpha : Alpha 042 )
- Hassler : Fantasia
- Byrd : Corranto
- Byrd : Queens Alman
- Byrd : Ground
- Bull : Bull's Goodnight
- Gibbons : Fantasia II
- Pachelbel : Fantasia
- J.Christoph Bach : Praeludium
- Pachelbel : Toccata in G
- Ritter : Allemanda
- J.S. Bach : Fantasia BWV 1121
- J.S. Bach : Aria variata BWV 989
- J.S. Bach : Partite sopra " O Gott, du frommer Gott " BWV 767
Gustav Leonhardt (claviorganum, cem )
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アルファ・レーベルを 2 盤。カスタルディは、年末、下記の大先輩より頂戴したものである。深謝。レオンハルトは、新星堂・吉祥寺で。
ベッレロフォンテ・カスタルディ(c.1580 - 1649)なる人を聴くのは、実のところ初めてだった。モデナ近郊生まれの彼は、テオルボやギターの名手で、自由奔放、無頼の人であったらしい。イタリーやドイツを放浪し、度々筆禍や騒動を起こし、兄弟の敵討ちに手を貸してモデナを長く追放されたなど、波瀾万丈の人生だった由。生前は詩人としての方が有名だったようだが、ここには彼のテオルボやギターを主とした器楽曲と巧緻な歌曲が収められている。音楽そのものは奇天烈ということはないが、タイトリングの振るった作品が多く、歌曲も擬音がたっぷり入る〈ぼくより楽しく幸せな人を見た人はいる?〉などなかなか面白い。舞踊の要素を取り込みながら、音楽は不思議に熱い感興を持ち、時に求心力を持ちながら聴き手の肩をつかむ。
もう 1 盤は、レオンハルトによるクラヴィオルガヌムとゴットフリート・ジルバーマン復元モデルによる、イタリア鍵盤音楽のイギリスやドイツへの西漸、そして JSB への収斂をまとめたアルバム。
今さらレオンハルトでもあるまい、さらにブリツィの爆演でうんざりしたクラヴィオルガヌムのご登場ときたら、期待するのが聊か無理というもの。ところがどっこい、非常に素晴らしかった。いつの間にレオンハルトは、かくも滋味溢れ、風格のある語り手になったのだろうと唸ってしまった。全く無駄な力がないばかりか、クラヴィオルガヌムですら訥々と、しかし雄弁な立体感を醸成する。私は、特に通常オルガンで弾かれる JSB の BWV 767 の、このゴットフリートのコピーの玄妙な味わいと誠実な音の語りに惹き込まれてしまった。選曲・演奏ともによく、味わい深く飲み口の切れる純米酒をきりりと飲るような、静謐なひとときを過ごせるだろう。
4.

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J.S. Bach : Toccatas
( Erato : WPCS-11140 )
- Toccata in D major BWV 912
- Toccata in c minor BWV 911
- Toccata in g minor BWV 915
- Toccata in e minor BWV 914
- Toccata in G major BWV 916
- Toccata in f-sharp minor BWV 910
- Toccata in d minor BWV 913
Mayako Sone (cem)
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Pierre Attaingnant : Dans du Roy et Chanson
( ALM Records : ALCD-1053 )
- Prélude
- Gaillarde (Passamezzo Antico)
- Chanson " Alsowerdemont "
- Dans du Roy (T.Susato)
- Chanson " Fortune, laisse moy la vye "
- Tourdion " La Magdalena "
- Chanson (C. de. Sermisy) et Bergerette " D'ou vient cela "
- La roque - Basse dance, Recoupe, Tourdion -
- Pauenne
- Chanson (P.Moulu) " Amy, souffrés que je vous ayme "
- Gaillarde
- Prélude
- Pavane et Sauterelle " Bel fiore "
- Prélude
- La brosse - Basse dance, Recoupe, Tourdion -
- Pavane et Gaillarde
- Gaillarde (Romanesca)
- Chanson (C. de. Sermisy) " Au prés de vous "
Marie Nishiyama (Renaissance double harp)
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年末、大先輩ご夫妻が拙宅を来訪。拙作粗餐と先輩作おでんの饗宴、お持ちいただいた音盤を多々聴く。その中から、今の日本の古楽を代表する女流演奏家の 2 盤。両盤とも後日、山野楽器・吉祥寺で求める。
まずは結婚して出産したとか聞こえてきた曽根麻矢子の JSB 《トッカータ集》。ジャケットを見て、チェンバロを背にする「氷川きよし」と見紛うてしまった(御免!)。写真はともかく、彼女のアルバム中、これは最も卓れた出来ばえではないかと思う。彼女の JSB は《ゴルトベルク変奏曲》など、今までどこか優等的に綺麗にまとめようと意識して、情念の勢いが半ば殺がれかけていた感があった。
しかし、ここでの彼女に今までのような足枷はなく、持った力感を崩さずたっぷり放出しながら、時にゴリゴリするほど闊達に弾き切っている。気持ちのよいほどスピードを得、集中力による追い込みが聴きもの。下記、フリーシュ盤と BWV 912 を比べてみたが、拮抗するか、曽根に軍配をあげるほどの出来ぶりだ。
さて、毎度の彼女のエッセイ?は、精々、第三者が書くべき内容であろうと私は思う。料理人が出食後挨拶に席へ来て、こちらが聴きもしないのに、その料理どころか厨房設備の完璧さからスタッフの性格まで、裏話を得意満面に詳述するとしたら、それは折角の出皿を自らスポイルするに等しい。どうせ語ってくれるなら、今食した以外の食文化や料理全般の知見を聴きたい。
もう 1 盤は、西山まりえのルネサンス・ダブル・ハープによるピエール・アテニャンの作品集。彼女はチェンバロ以外にも、オルガネッタやゴチックハープなどを弾くが、この珍しい楽器は初めて聴いたし、また実に豊かな味わいである。何度も何度も聴いてしまった。少々無骨ながらも古雅な舞曲たちが、淡雪のように可憐な余韻をたなびかせ、気品と高雅に溢れる世界を作り出す。甘美なモノクロームの世界に、聴き手の想像力は遊ぶ。この心地よさは筆舌に尽くしがたい。オルガン以外のアテニャンを聴くのみならず、また幾ばくかでも古楽に興味があるならば、間違いなく購う価値のある 1 盤である。「耳福」の時を過ごせるだろう。
3.

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Raga Sessions
( Accord : 472 731-2 ; 3CDs )
Raga-s du Nord et du Sud
- Puriya Kalyan (Nord)
- Jansammohini (Sud)
Raga du début de la nuit
- Raga Yaman
Raga pour la saison des pluies
- Raga Mian Malhar
Hariprasad Chaurasia (fl : 1-2)
Rupak Kulkarni, Christian Ledoux (Tampuras : 1-2)
Sultan Khan (Sarangi : 3,4)
Usha Sasti, Christian Ledoux (Tampuras : 3)
Sulochana Brahaspati (vo : 4)
Amod Vardhan, Usha Sasti (Tampuras : 4)
Zakir Hussain (Tabla : 1-4)
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これは一緒に取ったものの関係で、Tower.co.uk から。
ヒンドゥスターニ(北インド)古典音楽家の中で、私が最も尊崇するひとりがスロシャナ・ブラハスパティ様である。彼女の近年の録音のうち、唯一聴けていなかった Accord の《雨期のラーガ》が、タブラのザキール・フセインもの集成として 3 枚組で、最近いきなりリリースされた。欣喜して買い求めたというわけである。
インドの雨期の情景、そして雨期に恋人と離れ暮らすことの寂しさを歌った内容だが、音楽は 3 部に分かれ、48・10・16ビートのターラ(リズム周期)に基づいたラーガが延々 60 分以上にわたり繰り広げられる。深い情感と玄妙な歌い回しがサーランギと交歓する。器楽にも喩えられる彼女の声の表現の広さと深さには魅了されっぱなしだ。なお、元盤のアコール盤もまだ探索中である。中古情報があれば、是非お教えください。
2.

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J.S. Bach : Les Suites Françaises BWV 812-817
( Zig-Zag Territoires : ZZT 020401 ; 2CDs )
- Bach : Les Suites Françaises BWV 812-817
Blandine Rannou (cem)
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Jean-Philippe Rameau : Pièces de Clavecin seul et en concerts
( Zig-Zag Territoires : ZZT 010301 ; 4CDs )
- Premier livre (1706)
- Pièces de Clavecin (1724)
- Nouvelles Suites de pièces de Clavecin (1728)
- La Dauphine (1747)
- Pièces de Clavecin en cocerts (1741)
Blandine Rannou (cem)
Varérie Balssa (fl), Catherine Girard (vn), Emmanuel Balssa (gambe)
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これらも Fnac.com より。セリーヌ嬢同様、ブランディーヌ・ランヌー様も先月聴いた JSB の《英風組曲》の出来ばえに感心して、残りのリリースを浚ってみた。
まずは《仏風組曲》。大胆なテンポの対比と豊かなマニエールというランヌーの持ち味からすれば、《英風組曲》よりは《仏風組曲》の方がより体質に適った音楽になっている。音楽の緩急をかなり明確に対比させ聴き手をどきりとさせるが、音の響きは一貫して美麗・豊満な芳香を放つ。この濃い口のイネガルに目くじらを立てなければ、同曲でもすぐれた録音のひとつと私なら勘定したいところである。
ところがたっぷり期待していたラモーの全集は、ランヌー様は意外に大人しい。大人しいというより、JSB で奏効したアクの強さがここではむしろ雑に聞こえてしまうのだ。演奏姿勢は、JSB と一貫して同じなのであるが、仏国ものではイネガルがありきたりに吸収されてしまうため、より響きの調合法へ耳が自然にいくからなのかもしれない。例えば、私がラモーを聴く際に試金石とする「3 つの手」も、均衡美はさしてすぐれたものがない。全体的にはそこそこいい味わいなのだが、どうも伸びやかさに欠けるのである。また「コンセール」も何やら生彩のない演奏だ。なるほど、彼女の特質は、光の加減で「歪んだ形象」から放つ微妙な輝きの豊かさにあるとは言えまいか。だからこそ、ストレートな音楽ほどその玄妙な輝きが満ちてくるわけだ。
1.

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J.S. Bach : Suites de clavecin
( Harmonia Mundi : HMN 911707 )
- Prélude et fugue BWV 870
- Suite française n°5 BWV 816
- Suite BWV 818a
- Toccata BWV 912
- Suite anglaise n°3 BWV 808
Céline Frisch (cem)
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Fnac.com より。
先月、JSB の《ゴルトベルク変奏曲》を聴き、是非、別のソロアルバムを聴きたいと思っていたセリーヌ・フリーシュ。ムンディの「新しき演奏家たち」シリーズの 1 盤。この他にやはり JSB でガンバ・ソナタのオブリガードをつとめた録音もある。全体、非常に清澄・鮮明な味わいだ。仏人独特のイネガルが僅かばかり顔をのぞかせるが、むしろストレートに弾きこなした快活さが心地よい。単に流暢な演奏ではなく、思い切りの良さと繊細なニュアンスが絶妙に絡まり、弛緩することがない。装飾も気持ちよい。
セリーヌ嬢は 74 年、マルセイユ生まれ。先月、レオンハルト門下と書いたが、この中ではバーゼルのスコラ・カントールムでアンドレアス・シュタイアとジャスパー・クリステンセンに師事したとしか書かれていない。
私的には《英風組曲》と《仏風組曲》の風情を聴き比べると、彼女には是非《英風組曲》を全曲録音してもらいたいと思う。この 3 番の〈Gavotte I & II〉は非常に印象深い。また、あまり聴く機会のない BWV 818a 《組曲》の〈Fort gai〉や〈Courante〉での思い切り、《トッカータ D-dur》の爽快な振り切りなど、やはり彼女の「若さ」ゆえの遠慮なくざっくり斬り込む味わいを買いたい。
日本人を含む女流チェンパリストが矢鱈と増え、単に綺麗に響かせる優等生的な演奏の時代は終わった。自分の持てる息吹なり表現なりを直截に聴かせなければ、チェンバロ演奏は今や論外というほどの水準に達したのだ。既にピアノ並みの厳しい淘汰の時代に突入しているのかもしれない。
結局、人は音楽を通して何を味わうのかということを考えてみる。
私の場合、音楽の具象と抽象、そして聴き手側で肉化すべき感性の修辞を味わう以上に、そこに介在する「人間」そのものへの興味ではないかと思う。つまり、人間感性の営みや文化背景がそこに感じられぬ限り、音楽どころか芸術そのものを面白いとは思えないのではないかと思ったりする。
たしかに音楽の受容に国境はない。しかし、その底に横たわっている全ての要素までも無国境だと捉えるのは筋違いである。人間の知的営みはグローバルに非ず。その人が生きている地域のパラダイムの中にこそ、その人の真実がある。解釈とは、あるパラダイムを通じたひとつの叙法であり、また異種パラダイムへの理解の開陳でもある。それらを看過した受容など意味はない。当然ながら、受容側にも違うパラダイムが存在するかもしれないからである。
平成十六年正月
浮月山人識
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