Wagakokoro no Ressentiment / 2002. 10 : ケーゲル小特集


1.



WEITBLICK : SSS0022-25

Kegel conducts Haydn, Brahms
( WEITBLICK : SSS0022-25 )
  1. Haydn : Sinfonie Nr.81 G-dur (1986.09.30)
  2. Brahms : Sinfonie Nr.1 c-moll op. 68 (1973.03.27)
Rundfunk-Sinfonieorchester Leipzig
Herbert Kegel (dir)


WEITBLICK : SSS0023-2

Kegel conducts Stravinsky
( WEITBLICK : SSS0023-2 )
  1. Scénes de ballet (1986.09.30)
  2. " L'Oiseau de feu " Suite [ver.1919] (1969.04.01)
  3. Le Sacre du printemps [ver.1913] (1977.04.19)
Rundfunk-Sinfonieorchester Leipzig
Herbert Kegel (dir)


WEITBLICK : SSS0024-2

Kegel conducts Janáček & Dvořák
( WEITBLICK : SSS0024-2 )
  1. Janáček : Sinfonietta op. 60 (1972.09.29)
  2. Dvořák : Sinfonie Nr.9 e-moll op. 95 (1967.11.14)
Rundfunk-Sinfonieorchester Leipzig
Herbert Kegel (dir)



夏前から残された自己課題があったのである。長らく放置していた WEITBLICK によるケーゲル・シリーズが、夏に 2 盤追加されたのを機に繙くことにした。この 3 盤は塔音盤店・新宿で買ったもの。

ケーゲル再評価気運高まる近年、彼のライブ(或いは放送録音)が続々と江湖に送り出されている。(ともに潰れたらしい)PILZ や ODE Classics からリリースされたブルックナーやブラームスなど、スタジオ録音のレペルトワールに見当たらない部分の補填という意味では熱烈歓迎だったのだが、期待の割に演奏そのものはあまり特筆すべきものを感じなかったのも事実で、恐らく、多くの人がそう感じたに違いない。
ケーゲルのライブは、彼の持ち味である磨かれた音の美しさ、密度濃い浪漫、怜悧な表情、音塊の炸裂などの点でも、思った以上に詰めが甘く感じられたのだ。ODE のブラームのセットなども、いいところまでケーゲリスムが立ち現れるものの、あと一息、デモーニッシュともいえる表現魔術までは踏破できず、聴き手としてはそれが大変忸怩たる思いであった(とはいえ、こんなライブを聴ければ幸福ではあるのだが...)。

この WEITBLICK エディションも、そういう意味では、過度の期待は向けていなかったのだが、期待以上と成程ものと 2 通りに分かれてしまった。期待以上はストラヴィンスキーとバルトーク、あとは成程ものという感じ。私はこの 5 盤全般を通じ、ライブながら、ケーゲルの醸し出す音の豊穣さと透徹した耽美のさまを痛感した。

まず、ハイドンとブラームス。ハイドンでは闊達な愉悦がよいが、ケーゲルが独逸古典で時に見せる不可解なアーチキュレーションの七変化は何故かなく、比較的ストレート。ブラームスは 61年録音の ODE と較べても格段の変化は見えないが、たっぷり堂々たる音楽の歩みが好ましい。また、2 楽章や 3 楽章の一部で、弦の響きの美しさに呆然とさせられる。ここでは文字通りの「耽美」と言えるかもしれない。
次にストラヴィンスキー。音色のパレットが多彩とは思えないが、「火の鳥」での透きとおる怜悧さ、「春の祭典」での音塊炸裂は、多少ケーゲルらしさを感じるが、いつもどおりの強靱な昇華には至らない。第 1 部前半など独特なポエムを感じたりもするが、第 2 部でやっとノリが出てくる。弦の音は、冷たい清水を掌に掬う感触を彷彿させるが、スタジオ録音のような徹底した冷ややかさまで至らず、温みすら持ったその不思議な感触が大変心地よい。一方、管をもう少し叩き上げれば... という気もするが。
ヤナーチェクとドゥヴォルジャックの管弦楽作品については、ケーゲルのスタジオ録音にはない領域ながら、あまり面白く感じられなかった。前者は雑過ぎる。後者は保守的な演奏からは幾分離れた良さもあるが、ケーゲルとしての美点はそれほど感じられなかった。



WEITBLICK : SSS0025-2

Kegel conducts Bartók
( WEITBLICK : SSS0025-2 )
  1. Cantata profana (1972.09.29)
  2. Konzoert für Orchester (1971.03.16)
Eberhard Büchner (tn), Günter Leib (br)
Rundfunkchor Leipzig (Horst Neumann : einstudierung)
Rundfunk-Sinfonieorchester Leipzig
Herbert Kegel (dir)


WEITBLICK : SSS0026-2

Kegel conducts Mozart
( WEITBLICK : SSS0026-2 )
  1. Konzert für Klavier und Orchester Nr. 22 Es-dur KV. 482 (1967.11.14)
  2. Sinfonie Nr. 40 g-moll KV. 550 (1987.06.02)
Eric Heidsieck (pf)
Rundfunk-Sinfonieorchester Leipzig
Herbert Kegel (dir)



この 2 盤は HMV で購入。
私的には、このバルトークが現在までの一連の WEITBLICK リリースの中で一番気に入った。ケーゲルなら無機的なほど怜悧なバルトークを期待できるだろうが、むしろここでは情念的な耽美を感じたのである。「Cantata profana」は絶品。コーラスもうまいが、適度に暴力的に絞り上げながらも、稠密な音層が妖しげにすら響く。ライブでこの水準が聴けるなら快哉もの。また「管弦楽のための協奏曲」は、やはり管に不満はあるものの、強引にパワードライブせず、叙情的ですらある。磨き上げられた音たちが豊かに響きあう。カンタータ以上に妖艶な音色と勁い響きが交錯し、恐らく 3 楽章がこれほど密度の高い美しさで語られることは、ライブならばなおさら少ないのではなかろうか。

モーツァルト。ここに聴けるハイドシェックは彼のよき時代の瑞々しさがある。40 番は PILZ にも遺されているが、あまりにも直線的で肩透かしを食らうような PILZ 盤に較べ、ここではマニエリステッィクな面白さに変化している。私的にはもっとデモーニッシュな強靱さを期待していただけに、素直に喜べなかった。3 楽章のトリオではテンポを落とし、朗々と甘美なセンチメンタリスムに一転するのは喫驚。また、4 楽章展開部の突然のリタルダント、音価を矢鱈と長めに取るアーチキュレーションなど、奇矯な解釈とすら言えるだろう。ケーゲルの晩年に通底する解釈なのか或いは即興的なものだったのかわからぬが、彼はこの作品に対して素直に共感するものがなかったのかもしれない。

結局、スタジオ録音聴きの蓄積を軸に、これらを含めた数々のライブ録音から言えるのは、ケーゲルのライブは、60 年代では、直線的で瞬発力の高く、上下に振幅の激しい音楽性だったに対し、80 年代になると感興と想像力が豊かに織り込まれ、或る意味で彼独特のマニエリスムが素直に立ち現れている。70 年代は、まさに 60 年代と 80 年代の間の過渡的な様相を示す。
彼の音楽語法は、慥かに、80年代ではもはや古生物同様の遺伝子すら残存している。しかし、深い耽美を伴い、強靱な意志に引き込まれた響きの勁さが、非常に古朴ながら、逆転的に新しい音楽を醸し出せているところに彼の魅力があったのかもしれない。



Berlin Classics : 0094772BC
Kegel conducts Bizet
( Berlin Classics : 0094772BC )
  1. " L'Arlésienne " Suite No. 1
  2. " Jeux d'enfants " Petite suite d'orchestre op. 22
  3. " Carmen "
  4. " L'Arlésienne " Suite No. 2
Dresdner Philharmonie
Herbert Kegel (dir)



こちらは、最近、CD 復刻した BC のビゼーである。私は(某神田の中古屋で高い値段で買った) LP で聴いていたが、多分、この録音の CD 化は初めてではないかと思う。ケーゲルのドレスデン・フィル時代の録音は、タイトで瞬発力の高いライプチヒ放送響よりも総じて音響的に豊かで磨きがかかったものであるが、この録音を聴くと、改めてそれを強く実感する。
「アルルの女」は抜けきった爽快な響きというよりは、彫りの深さを伴った瑞々しい響きという感じだが、ファランドールのように極端なアーチキュレーションの対比も面白いし、カルメンの溌剌ぶりもよい。私的には「子供の遊び」が最もよい。こんなに意匠を持った音楽に聴けるのは他にないような気もする。





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