4.

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J.S.Bach : Clavier Übung III
( Harmonic Classics : H/CD 9352-53 ; 2CDs )
Messe luthérienne pour orgue ( Lutheran Organ Mass )
- BWV 552-1
- BWV 669 - 682, 683a - 689
- BWV 802 - 805 (4 Duettos)
- BWV 552-2
Agnès Mellon, Andreas Scholl, Gerd Türk & Urlich Messthaler
Dominique Vellard (dir)
Kei Koïto (org : St-Nicolaas of Bovenkerk, Kampen)
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Famous Women Organists
( Wergo/ORGAN : ORG-7006-2 )
Odile Bayeux
- Arauxo : Tiento 59
Jeanne Demessieux
- Demessieux : Te Deum op. 11
Marie-Madeleine Duruflé
- Duruflé : Prélude et Fugue sur le nom d'Alain op. 7
Rolande Facinelli
- Dupré : Intermezzo ; Toccata (from 2me Symphonie op. 26)
Marie-Louise Girod-Parrot
- Goudimel : Psaume 96
- Jehan Alain : Ballade en mode phrygien
- Langlais : Pièce modale n°3
Marie-Claire Alain
- Liszt : Praeludium und Fuge über den Namen BACH
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ともに JPC から。はからずも女性風琴奏者 2 盤。
倒産した Harmonic Records は、Harmonic Classics として再生した模様。その復活?リリースとして、小糸による JSB の「ドイツオルガン・ミサ」が再発された。蘭国カンペンの Bovenkerk にあるヒンツの楽器を使用。
小糸は、特に「テンポ」の対比をはっきり行うことで、表現提起をしているように思える。まず、快速系テンポ。彼女ならではの、スタッカート多用で微妙な間を持つシャープなアーチキュレーションが素晴らしい。速いテンポの曲ほど、鋭い切れ味のある彼女の持ち味が出る。
反面、ゆったりしたテンポのものでは、聊か退屈さを隠せないところもある。だが、最後の(トリプル)フーガ BWV 552-2 では、出だしのフーガが非常にゆったり演奏されるのには面食らったが、たしかにこのがっしりと遅いテンポによって浮上する「綾」もあるとわかる。なお、フーガの前に配置された「4 つのデュエット」は、短かめのアーチキュレーションが却って神経質で煩わしく、配置を含め、説得性があるとは思えず。
また、各オルガン・コラールの後、同じコラールがアルサンブル・バンショワのメンバーらによる 4 声で歌われ、これがまた大変素晴らしく、併せて至福なり。
もうひとつは、フランスの女性オルガニストのアンソロジー。全部オリジナルかと思っていたところ、ファシネリとドゥメシュ以外は ERATO 音源の流用だった。ERATO 音源としては out of print も多い今日、リスニングの一助となる人もいるかもしれないので挙げておく。
バユーはアラウホ集として単独リリースされたもの、デュリュフレ夫人によって多数録音されている「アランの名による...」とジロ=パロの録音は、以前『パリのオルガン(Les orgue de Paris)』として ERATO からリリースされた録音に収載されているものと同一(註 4)。アランの録音は、オルレアンのサント=クロワ教会で、リスト集だったかオムニバスだったか、当楽器での単独リリースだった筈。
この中では、やはりドゥメシュの自作自演が光る(Musidisc 音源)。またバユーのアラウホもこうして聴いてみると、ノールトほどの冴えはないにしても、生命力溢れた佳演である。特に左手声部の不協和音にはゾクゾクさせられる。そして、ジロ=パロも大変剛毅なオルガニストである。
3.

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Buxtehude : Seven Sonatas op. 1
( Hyperion : CDA 67236 )
- Sonata No I in F major BuxWV 252
- Sonata No II in G major BuxWV 253
- Sonata No III in a minor BuxWV 254
- Sonata No IV in B-flat major BuxWV 255
- Sonata No V in C major BuxWV 256
- Sonata No VI in d minor BuxWV 257
- Sonata No VII in e minor BuxWV 258
CONVIVIUM
Elizabeth Wallfisch (vn), Richard Tunnicliffe (vc), Paul Nicholson (cem)
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Johan Schenk : Sonatas, Fantazia & Suite
( ASTRÉE : E 8566 )
- Schenk : Overture en sol majeur (Scherzi Musicali)
- Schenk : Sonata III en ré majeur (Le Nymphe di Rheno)
- Schenk : Sonata II en la mineur (L'écho du Danube)
- Schenk : Sonata IV en la majeur (Le Nymphe di Rheno)
- Schenk : Fantazia en sol majeur (Scherzi Musicali)
- Schenk : Sonata I en si majeur (Le Nymphe di Rheno)
- Schenk : Suite en sol mineur (Scherzi Musicali)
- August Kühnel : Herr Jesu Christ, du höchtes Gut
Capriccio Stravagante
Jay Bernard (basse de viole solo), Nima Ben David (basse de viole)
Mike Fentross (théorbe), Skip Sempé (cem & org)
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ブクスは JPC、シェンクは Berkshire Outlet から。
ブクステフーデの op.1 のソナタ集は、全曲録音も含め既に幾つかある(註 2)。当盤は技術的には大変うまいが、ここにブクスの息吹は殆ど感じられなかった。
オルガン作品に限らず、ブクステフーデの室内楽やカンタータの多くは、彼が主宰した「Abend musik (夕べの音楽)」で奏されたものだろう。その多くは、記譜からは捉えきれぬほど、窮めて即興性に満ちた内容だったように思われるフシがある。そもそも、ドイツ・バロックではあまり聴かれない和声、突如音楽の流れが途切れるありさまなど、今日においても、かなり不可解な要素に満ちているからである。
常識的には、このような音楽を記譜その儘に演奏すると、全く奇態な音楽になってしまう危惧があるだろう。そこで、多くの演奏家は「その断層をきれいに癒着させるべく統色」してしまう。しかし、それこそが今日までのブクス演奏に発生する本質的問題なのではないかと思われる。
しかし、断層の不明瞭な演奏では、却ってブクスの持つ音楽のダイナミクスが脆弱化してしまう。そもそも「奇態なものは奇態」なのだ。その奇態さに何を付与すれば、ブクスの音楽が蘇生しうるのかを考えるべきで、それこそが「演奏家の即興的本性」ではないかと信じている。はみ出たものは、はみ出る音楽性で遡及されてこそ蘇生できる。真面目専一な古楽演奏では、どうしてもそういう譜読みにはならない。特に英国びとによる古楽は、以前も述べたが、かくなるところに限界ありと私は思っている。
結局、全てとは言わないが、古楽はやはり仏国びとの方が上手(うわて)と思われる。中でもセンペ一味による録音は、以前挙げたカベソン(註 3)以来、少しずつ楽しみに聴いている。今回は、17 世紀オランダの人、ガンバの名手だったヨハン・シェンクの作品集。シェンクの音楽は全般渋すぎる。ガンバの名手といっても、マレーのような軽はずみな技巧ものではなく、サント=コロンブに近い。センペらしい、颯爽とした活力あるバックとなる作品が殆どないので、この盤ではちょっと残念。だが、生真面目に進めば多くは退屈な音楽と化してしまうところ、そうはならない。彼らはちゃんとツボは抑えているのだ。
2.

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Beethoven/Brahms : Mitropoulos
( ORFEO D'OR : C534 001B )
- Beethoven : Symphonie Nr. 2 D-dur op. 36
- Brahms : Konzert für Violine und Orchester D-dur op. 77
Zino Francescatti (vn), Winer Philharmoniker
Dimitri Mitropoulos (dir)
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Jean Françaix : Orchestral Music
( Hyperion : CDA 67323 )
- Symphony in G major (1953)
- Sérénade (1934)
- Ouverture anacréontique (1978)
- Pavane pour un Génie vivant (1987)
- Scuola di Ballo (1933)
The Ulster Orchestra
Thierry Fischer (dir)
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ともにJPC から。噂には聞いていたが、今回は梱包が粗雑でケースが砕け散っており、実に不快。
さて、はじめはミトプーの 58 年のザルツブルク・ライブ。さすがに VPO か、得意の分解ギリギリの快速までには至らぬものの、BPO と比べると、集中力・生命力は断然よろしい。ベートーフェンの 2 番は素晴らしかった。パッセージのスポルティフな跳躍、尖鋭なアゴーギグを楽々とこなす VPO にも畏れ入るが、テンポの大きな動きが音楽の断層を明らかにし、この曲自体の持つピアニスティックな要素が、直截的に唱道されている味わいが印象深い。私的には、もう幾分かでも VPO が荒れて呉れたら、もっと面白かったと思うのだが...
ブラームスのコンチェルトは、激烈にフランチェスカッティと渡り合っているものの、俊敏さを孕んだ余裕すら感じられる。指揮は即興的な動きに寄せようとしつつも、楽団が常軌へ引き戻すといった駆け引き状態だったのだろうか? しかし、それでも鋼のような推進力が全く弛まず、聴き手を飽きさせることはない。
もうひとつは、あるようであまりないフランセの管弦楽集。しかもフランスの楽団ではなく、アルスター管。例えば、やや鄙びた香りのある Pierre Verany の録音(註 1)を聴くよりも、ここではずっとシャープで軽妙に練り直されており、小気味よい、洗練された演奏である。
中でもゴルドーニに基づき、ボッケリーニの音楽を換骨奪胎したバレエ「Scuola di Ballo(バレエの教室)」は、フランセらしい綾に編まれている。 この作品はディアギレフものではないが、ストラヴィンスキー「プルチネルラ」、トマシーニ「上機嫌なご婦人達」、レスピーギの「風変わりな店」などと同一軌道上にあると言えようか。バレエの方は、レオニード・マシーンによるコメディア・デラルテ風振付だった由。
SP 時代にドラティ&ロンドン・フィルの録音があったらしいが、その後、他録音があるのか不明。「Hommage à Jean Françaix」によれば、4 手版か 2 台のピアノ版の録音があり、同じドゥガの絵のジャケットだ。
1.

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Buena Vista Social Club Presents Omara Portuondo
( Nonsuch : WPCR-19040 ; Warner Music Japan )
- La Sitiera
- He Perdido Contigo
- Donde Estabas Tu?
- Mariposita De Primavera
- Canta Lo Sentimental
- Ella Y Yo
- No Me Vayas A Enganar
- No Me Llores Mas
- Veinte Anos
- El Hombre Que Yo Ame (The Man I Love)
- Siempre En Mi Corazon
Omara Portuondo (vo) etc.
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国民艶歌プロジェクト、不定期第 3 回は、キューバの「エディット・ピアフ」こと、歌姫オマーラ・ポルチュオンド。同僚のお薦めで初めて聴く。72 歳とは思えぬ声の艶と情緒には驚いた。バックも洒落て楽しい。何より、自然体で、甘く蠱惑的なバラードが浸みてくる。彼女はブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブの紅一点とのことだが、BVSC ... ?? はてと上記 Biography を読んでみてやっと気がついた。
『Buena Vista Social Club』、ん、ライ・クーダーのアルバムだったか(未聴)! それに影響されてヴィム・ヴェンダースが映画を撮ったのだったっけ...
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