3.

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Elgar : In the South etc.
( ASV : CD DCA 619 )
- In the South "Alassio" op. 50
- Coronation March op. 65
- Meditation from The Light of Life op. 29
- Froissart Overture op. 19
Royal Philharmonic Orchestra
Yondani Butt (dir)
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Lalo : Symphony in g etc.
( ASV : CD DCA 709 )
- Symphony in G minor
- " Le Roi d'Ys " Overture
- Scherzo for Orchestra in d minor
- Norwegian Rhapsody for Orchestra
Royal Philharmonic Orchestra
Yondani Butt (dir)
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音楽のことを書くには、使っている再生装置をいずれきちんと明示する必要があるように思い始める。
引越しの際に入れた EV Georgian を見限り、同じ EV の Aristcrat(但し、昔に出た同名の安っぽい方ではなく、93 年リリースされた N/DYM 1mt 搭載の方である)に代える。なかなか EV 党から離脱できない。ついでに、ずっと探していた ML の 23.5 L も発見、調達。お気楽に鳴るラッパを、強靱に統御するアンプで鳴らすのが好み(だから本当は FM が欲しいのだが)。クラシカルを多く聴く割に、まずジャズやボーカルがうまく鳴るべくシステムにしたがる。当然、そこで古典もうまく鳴らす必然性が生じ、いじる楽しみが続く按配となる。
暫くその儘で聴いてから、アコースティック・リバイブの RE-9 をかました。低周波ノイズがすっきり消え、音の見通しは格段に良くなったが、シャーシにアースしている 23.5 L が特に激変。パワーはその儘に、ぼってり太い筆致から、線画的なエッジで音を艶やかに描き始めた。その変化に吃驚。まだ稍々高域が神経質ゆえ、あとはゆくゆくケーブル系の交換で音を詰めるべく方向となる。いずれは Aristcrat に 15インチのサブウーハ 2 発ずつを加え、マルチで鳴らす計画。
さて、そういう折も折。大林師匠にお誘いいただき、Onofrio 先生にお初目。工房、否、ご自宅にお邪魔した。Onofrio 先生が開発を進めてきたスピーカを是非聴きたいと、私が以前から大林さんにお願いしていたからである。師匠主宰の「管風琴音盤百選」の共編選者も務めておられる。
とにかく「目から鱗」的素晴らしい体験だった。就中、音の実体感が見事。SQでは、弦を強くはじく音や pizz. など、実音と同じ程のアクースチック・エナジーである。ピアノもタッチ案配が完全に理解できてしまう、まさに鏡のような再生。特に同一楽器の声部の重なりで個音の輪郭がにじまぬため、普段聴き取れない左手の微細なタッチの強弱などが明確に聞こえるのである。更には録音ソースの粗をも剔り出してしまう。マルチマイク時代のソース(偶々、シルヴェストリの「新世界」だったが)を聴くと、如何に無茶にいじり回して音場感を台無しにしていたのか、よくわかった。普通の装置では、どういじっても、こういう具合には聞こえない筈だ。
さて Onofrio 先生、音楽を嗅ぎ分ける能力も卓越しており、当然、なかなかの蒐集ぶり。この装置を耳にし乍ら、音盤をとっかえひっかえ、かなり聴いた。古い時代の録音も見事な再生ぶりだが、特にクロール・オペラ時代のクレムペラーの SP 録音(archiphon の CD )の情報量の多さには度肝を抜かれた。陶然と聴き惚れてしまった(ウェーバーの「オイリアンテ」序曲)。この時代のクレムペラーの狂気と紙一重とも云える力性には驚嘆するのみ。粗末な装置でこれを聴いても、この録音の真の面白さはわからないだろう。
そのうち、先生オススメの音盤で、特に印象に残ったのがヨンダニ・ブット(バット)なる指揮者の ASV の一連の録音である。ブットはマカオ出身、中国系移民らしい。米国で音楽を学んだが化学の Ph.D もお持ちで、論文多数の由。現在は英国在住。聴かせていただいたものでは、グラズノフの交響曲第 3 番、エルガーとラロが素晴らしかった。で、本日早速買いに馳せた次第。グラズノフだけ見当たらず、それは後日。
まず結論。このエルガーは白眉だ。これ程にパワー全開にして青臭さがなく、伸びやかで、また小憎らしいくらい甘美な哀愁の揺蕩うエルガーは聴いたことがない。エルガーの神髄は、この演奏で十分引き出されている。中でも「In the South」は素晴らしい出来映えである。我々が音楽に生を与えられるのは、まさにこうした演奏を聴くことからだと思えた。
また、ラロの録音もよい。馥郁とした情緒に於いては、百戦の巨匠達に較べれば物足りなさもあろうが、聴き終えてみて不満など全くなかった。特にこのノルウェイ・ラプソディにはすっかりのぼせてしまった。こぼれても惜しくない程に豊かな感性の勢いが、余すことなく音楽に宿ったとでも言おうか...。
しかし自宅システムでは、上述スピーカのヒアリング時のような、音のエナジーの色彩的飛沫がなかなか出切らない。特にマッシヴな音に陰翳や微細な奥行きが乗らず、まだまだ平板。Hi-Fi スピーカのエナジー感程度では、再現し切れない何かがある。それでも、この 2 盤では、全開の力と瑞々しさを体験できた。
どうしたところで、聴き手の再生装置の違い、設置環境の違いで、聴ける音楽の表現や表情までがらりと変わってしまうということを、つくづく再考させられた次第。まずは他人のリコメンド盤が理解できない場合は、他人の耳を虚仮にする前に、ご自分の再生装置の限界まで調整してみるべきだと申し上げておきます。
なお、Onofrio 先生宅で聴いた数々の音の記憶を、家で比較再現すべく努力のみならず、面白いものも多々あったので、また音盤を多数買う羽目になりそう。それは翌月。
それにしても、Onofrio 先生の絵のコレクション、素晴らしかったな。(^^)
2.

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Jörg Demus plays César Franck
( PLATZ : PLCC-549 ; JP )
- Prelude, Choral, Fugue
- Prelude, Fugue, Variation
- Prelude, Aria, Finale
and 19 pieces
Jörg Demus (pf)
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上司の自宅建築祝に参じる土曜日、行きがけに吉祥寺 Disc Union にて。
フランクのピアノ作品をここまで纏めたアルバムを知らないので、つい買ってみた。中古盤。
デムスがフランクとは少々想像し難いが、本人、ライナー緒言にて意欲的な書きっぷりである。彼曰く、フランクのピアノ作品はほぼ 35 曲あるそうで、まっとうな研究と校訂を待つとのこと。「ほぼ」というのは、恐らく、ハルモニウム代替可を含むのではないかと思われる。ここではそのうち 22 曲を収める。
しかし、有名な冒頭 2 曲とラストの大曲「前奏曲、アリアと終曲」以外は、殆ど 2−3 分程度の小品ばかりである。またデムスが推す程、小品群は魅惑的な香りに富むとも言い難い。況してそれを魅惑的にする術もデムスにはなさそうだ。有名な「前奏曲、フーガと変奏曲」も、フランクのオルガン作品の殆どの演奏と同様、人口に膾炙したありきたりな味わいに過ぎぬ。ヴェデルニコフの同曲の端正な佇まいを思えば、殆どの演奏は聴き手に充足感を与えるものはないのかもしれない。しかし、作品自体もさして良いとも思わぬが...。
録音は、「前奏曲、アリアと終曲」が 70 年の他は全て 85 年とあるが、随分粗末な録音かマスタリングだ。生命線たる中域がだんご状態でべったり曇り、どの再生機器で聴いても、すっきり分離しなかった。お陰で、有名な冒頭 2 曲あたりも、ますます靄掛かった鈍重な音色感になっている。これではひどすぎる。
1.

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Howells : Psalm-Pleludes & Rhapsodies
( Hyperion : CDA66394 )
- 3 Psalm-Pleludes Set 1, op. 32
- 3 Rhapsodies, op. 17
- 3 Psalm-Pleludes Set 2
Christopher Deanley ( org : St. Paul Cathedral, London )
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Messiaen, Poulenc, Daniel-Lesur : Chorwerke
( Deutsche Schallplatten : DS 1003-2 )
- Messiaen : Cinq Rechants
- Daniel-Lesur : Le Cantique des Cantiques
- Poulenc : Figure Humaine
RIAS-Kammerchor
Marcus Creed ( dir )
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所謂「ニッパチ」である。此処でいう意味は、世間様での含意と違い、音盤を対象にしたお話ということである。この間、私自身は何かと仕事で慌ただしかった上に、飲み(乍ら)聴きすることが多かったので、クラシカルよりは歌やジャズの方が悦(たの)しめる。カリ・ブレムネスやマイーザなどをよく聴く。
さて、Berkshire Outlet での拾いもの。前月にかかる買物乍ら、今月で勘定した。
1枚目は、ハウエルズの Psalm-Plelude 集と Rhapsody 集。英国オルガンと音楽の美しさに覚醒してから、殊にホイットロックを好んで聴いてきた。いよいよハウエルズの細部へと至らむと欲す。この曲集は音楽の心地よい包容感、抑制されながらもラストにかけて迸る壮麗な和声など、傑れた作品である。これらは、苦ることのない、本当に美しい作品である。
もうひとつ。以前、奥座敷で俎上にあげたクリードと RIAS 室内合唱団のプーランクだが、フィギュル・ユメーヌを録音したこのコンビの初期盤を見つけたので、早速聴いてみた。やはり緻密かつ凛とした表現。既に宗教作品集(HM)で評者各位が誉めちぎっているとおり、見事な出来映えである。但し、特殊な環境下での世俗曲であり、宗教作品に見られた抜けるような透明度が、ここでは音楽に込められた激昂を実に冷ややかに圧縮している。プーランクの合唱作品を聴く上では、この2盤は外せぬものになろう。
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