4.

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The Organ Music of Petr Eben 1
( Hyperion : CDA 67194 )
- Laudes (1964)
- Job (1987)
- Hommage à Buxtehude (1987)
Halgeir Schiager (org)
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遂にチェコのエーベンまでやってきた。面白い!
エーベンについては、これ迄も東欧ジャズ評論家?大林さんに色々ご教示いただいたが、丁度、ハイペリオンがエーベンのシリーズを出し始めたのを契機に聴くことにした。この滑らかな演奏の感触は、やや違う気もしないではないが、エーベンの静と動の対比をうまく引き出してはいる。更なる力的な差異化がほしい。
この冷ややかで難渋な世界は、実に独特なロジックを持つ。始めから大作「ヨブ」に付き合うとは思わなかったが、ランゴー「メッシス」と比べても、粘着質な腐爛的芳香を放つ物語性よりも、むしろ迷宮ながらの描写論理、無底の暗的色彩に一貫している。ブクスの超有名曲を崩していく「ブクステフーデへのオマージュ」には参った。実に厳格に崩れては散り、また木の葉の如く舞い戻っては落ちてゆく...。
3.

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resonance MEDITATION
( JVC - GLOBE ROOTS : VICG 60409 )
- Lelambantan Tabuh Telu " Gesuri "
- Lelambatan Tabuh Pat " Semarandana "
- Oleg Tamulilingan
- Sekar Gendot
- Lelambantan Tabuh Pat " Eman-eman "
Gong Geladag
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bronze BLOSSOMS
( JVC - GLOBE ROOTS : VICG 60410 )
- Lelambantan Tabuh Telu " Lokaria "
- Ajnyaswari
- Liar Samas
- Angklung
- Sumambang Jawa
Manikasanti
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監修は、懐かしの「シャンバラ通信」がリマインドされる細野晴臣。
リリイス直後に情報を得ていたが、「STEREO SOUND」での和田さんの記事を読み、買う気になった。久々に職場近所の HMV にて。楽器の音像のみならず、空気感も大変よく録られた、音場感素晴らしい優秀録音。一方は「村」としての地域楽団組織として代表的なゴング・クビヤール(ゴング・グラダグ)、もう一方は伝統的な「村」という組織を離れ、優秀な奏者によって組織された新しい楽器構成による私的な楽団(マニカサンティ)という対照も持つ 2 つの録音ということになる。
ゴング・グラダグは、古くからの楽団かつガムラン・コンクール初期の覇者でもあり、観光土産のカセットテープも随分出回っている(私も多々それらを持っているが、所詮、音は宜敷くない)が、ジャワの宮廷ガムランの方を好む私にとっては、バリ島のそれらは時に技だけに走り過ぎ、音楽としてのエクスタシスを看過している気もする。その点この録音では、スピードやソリッドな切れ味よりも、ゴング・クビヤールという合奏形態の、実に奥深い立体感を醸し出しているところをとりたい。
他方、マニカサンティの新規性の特徴は、通常の楽器が採用する 5 音階ではなく、7 音階の幅を取っているところにある。楽曲は勿論 5 音階或いは 4 音階なので、このうちから調性を選ぶことになる。楽器的な色合いとしては、倍音が豊かで刺激性のない音色で、4 音のスレンドロ音階を採用した第 4 曲「浄化された魂」、また第 5 曲「ジャワ風の歌」では、バリのシャープな合奏ではなく、ジャワ・ガムラン風の心地よい奏楽である。
2.

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Szell & CO : Live in TOKYO 1970
( SONY : SRCR 2539/40 ; 2CDs )
- Weber : "Oberon" Overture
- Mozart : Symphony No.40 in g minor
- Sibelius : Symphony No.2 in D major
- Berlioz : Marche hongroise
Cleveland Orchestra
George Szell (dir)
[ May 22, 1970 : Bunka Kaikan Hall, Tokyo, Japan ]
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9/20 発売なのだが、19日晩には解禁されていた。このセル&クリーブランドの東京ライブは、 NHK 音源からのマスタリングである。シベリウスの 2 番のみ、クリーブランドでの「 75 周年アニバーサリイ」箱にも入っていたが、最近、日本のブートレグ R で東京ライブは全部既に出ていた。
音の傾向はともかく、驚くほど鮮明な音とダイナミック・レンジの広さで、有難い限りだ。この日のメインは何と云ってもモーツァルトの 40 番にあった。しかし、あの数々の疑問を残す (註) 名録音と比べると、残念ながらアゴーギクの緩さ、フレージングの切り込みの甘さが感じられた。4 楽章の魔の転調部分は鬼気迫る勁靱さから少々乖離している...。それでもこのクリアさは見事なものであろう。
しかし問題もある。折角のこのような見事な記念アルバムであるにも拘わらず、SONY CLASSICAL の装丁の陳腐さ、投げ込みの内容の薄さに辟易させられたことである。来日公演プログラムであるとか、セルの来日写真など、もっと数多くの彼等の来日エピソード、特に公演に接した人の声などで多面的に構成された分厚きブックレットを期待した私は、これだけで十分落胆した。斯くなる企画は音だけ良ければよいというものに非ず。アーカイブが相俟って初めて、意義深いリリースとなるのだ。折角の好企画も、これでは画竜点睛を欠く。
(註) 疑問とは、演奏上ではなくテイク或いはマスターの問題である。
1.

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Shilkloper : HOLNOLOGY
( TRITON : DICC 26061 )
- He Descended from The Heaven
- Talking to Myself
- New Jerusalem Way
- Virgin Ocean
- Ostinato
- Through an Electric Mirror
- Tales for Alexandra
Arkady Shilkloper ( hr )
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この「 HOLNOLOGY 」は実に面白い 1 枚。このシルクローペルは、ボリショイやモスクワ・フィルのホルンとして在籍した人で、やがてジャズへと転身した由。「 HOLNOLOGY 」でのシルクローペルは、ジャズというより、ワールドとジャズの混淆的世界から、楽器表現能力の拡張を目指した或る種のフリー的世界、ということができるだろうか。
音楽を幅広く知悉しているといった感あり。1 曲目のタイトルは、デミウルゴスが下界に転落してくる三流グノーシス小説みたいな題名だが(笑)、ボレロやノルウェーの森の断片も聞こえてくる。また、モンゴルのホーミー風の味わいなど出てきて面白いが、こういうのは昔、バウマンがナチュラルラル・ホルンでやっていた、ロングトーンに声を重ねる倍唱みたいな奏法を思い出し、懐かしくなった。
とにかくホルンの表現的多元性からクラシカルを逸脱するという考えもしなかった発想に、脳天から食らった感じ。ピアノのアルペリンらとのセッションも録音があるので、いずれ聴いてみたい。それらはここでわかる。先月、此処で TRITON のカプスチンを取り上げたが、奇しくも同じ場で TRITON のロシアン・ジヤズを取り上げてしまった。ただ、カプスチンよりはシルクローペルの方が全然面白い。
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